第18話 ターゲット1号(相田琢磨)の力

 体がギシギシする。


「眠っちゃったんだ」


 カーテンから差し込んでくる光が眩しい。反射的に目を覆った。

 衣服は昨日のまま、寝落ちしてしまったようだ。


「イタタタ、体中が痛いや」


 凝りをほぐそうと肩甲骨を回す。時計の針はまだ6時前を差していた。


「時間に余裕があるの……そうだ支部にでも寄ってみよう」


 むずむずする鼻を右手でこすろうと……って何かが握られている。羽のように軽い黄金色に輝くリンゴだった。


「あ゛~~~」


 異世界林檎と違ったなんともいえない肌触り。気持ちいい。

 思わず天に掲げた………………。


「一体何をやっているんだ僕は……………………!」


「そうだスマホ」


 床に転がっているスマホを拾い上げ沙羅の連絡先をタップ。


「おはよう朔弥、今日は随分と早いわね」


 時計の針は6時00分、『早すぎたかも』と思ったが沙羅の優しい「おはよう」に些細な不安は消え去った。


「り……りんご……黄金色のリンゴが……黄金のリンゴが採れたんだ」


 ……時が止まったような無言、静寂に耐えられなくなって「沙羅……?」と小さく呟いた。きっと『黄金色の林檎が採れた』と聞いて戸惑っているのだろう。


「そのリンゴ、直ぐに支部へ持ってきてくれる? 私も準備して直ぐ向かうから」


 電話は切れていた。


 黄金のリンゴをタオルで包む。リュックの奥に突っ込む。フェイクを置いて隠す。意味はないことは分かっているが厳重に保管すれば安心できる。


「行くぞ!」


 階段を一気に駆け下りた。


「こんな早くからどこいくのー」


 母の声、余裕のなさから言葉が出てこなかった。そのまま自転車の乗って強くペダルを踏みこんだ。


 ──あれ? どうやってここまで来たんだっけ。

 

 必死に自転車を漕いだ記憶だけしかなかった。


「おはよう朔也。凄いわね黄金の林檎なんて」


 あまりの速さに驚いた。電話を切って直ぐに出発したのに流石はお金持ちだ。


「朔弥、朝食はまだでしょ。ルーセットに作らせておいたわ」


 リビングには食欲をそそる料理が所狭しと並べられていた。

 いつも対応してくれるメイドはルーセットさんって言うのか……名前を聞いたのは初めてだな。


「ありがとう。やっぱりうちとは比較にならない料理だ」


 遠慮も忘れていつもの席に座る。「いただきます」と手を伸ばした。


「毎日ここで食べても良いんですよ。むしろ住んでしまっても構いません」


 沙羅のいらずらな笑顔。本気とも冗談ともとれる表情。


「い……いや、大丈夫だよ」


 急な提案に出てくる遠慮。手がブンブンと振られ体は後ずさった。


「ふふふ、いつでも住んでいいんだからね」と沙羅は椅子に座ると「それで林檎を見せてもらっていいかしら」と手を伸ばす。


 隠すようにしまった林檎を取り出して沙羅に手渡した。


「ああ、これが禁断の果実……」


 うっとりする沙羅。


 禁断の果実……この果実を見て『禁断の果実』だと思った。もしかしてこの不思議な事象に関わる人間はなんらかの知識が無意識下に生まれているのかもしれない。


 沙羅がベルを鳴らすとメイドルーセットは黄金色の林檎を持って奥の部屋へと消えた。


「果実は支部の金庫に保管しておきます。いつかきっと必要な時が来るでしょう。さぁ朝食を召し上がったら学校に行きましょう」


 実にうまい料理。ひとつひとつが素晴らしい。朝食は食べないのだが美味しい料理に手が止まらなかった。



■ ■ ■ ■


 それからいつも通りの日常が流れた。

──

 異世界教の噂は広がり教徒が増え知名度が一気に上がった。同級生から高校全体へと広がり近隣の学生たちにまで浸透、青い小鳥の呟きSNSへ書き込まれると爆発的に噂が広がった。

 大人の入信希望者も増え、教徒はゆうに数百人を越える大所帯にまでなった。

 雫からは何度も異世界教を止めるように言われ、琢磨の紹介で来た憲久の仲間たちは手のひらを返したように異世界林檎をを求めてくる。

 いまさら異世界林檎を求めた所で奉納金をほとんど準備出来ない高校生にとってそうそう自分の番が回ってくることはなかった。

──


 琢磨くんとふたりで帰っていた時にふたりの男が立ち塞がった。憲久くんが入信した時に一緒に話しを聞いた友人『AとB』が怖い表情を向けてきた。


「おい、俺達のことを最初に誘ったんだろ、だったら優先して異世界林檎を寄越せよな」


 高圧的な態度。


「何言ってやがる、あの時に断ったのはお前たちだ」


 異世界教の神子として名前が売れてくると絡まれることが増えてきた。それを琢磨くんが守ってくれている。


「俺たちラノベ仲間だっただろ。昔から語り合ってきた俺達とまた語り合いたいだろ」

「順番を待っている人たちがいるんだ。どうやってもダメなものはダメだ」


 軽くあしらう琢磨。


「お前たちのように脅してくる奴なんか異世界教にいらないんだよ。奉納金は諦めてさっさと脱退したらどうだ」


 彼らがキレた。


高校生Aは空手、高校生Bこいつは剣道をやってるのは知ってるだろ」


 凄む高校生A。ファイティングポーズをとるが琢磨は動じない。それどころか手のひらを前に突き出して顔を傾け、揃えた指先をクイッと動かして挑発した。


「これで戦えるな。明智さんにスキルを使った暴力は振るうなってうるさく言われてるからな……正当防衛だ」 


 高校生Aは握りしめた拳を放った。怯むこと無く飛んでくる拳を琢磨は軽く掴む。


 瞬間──


「いてー」


 掴まれた拳を一生懸命に引き抜こうともがく高校生A、その顔は苦痛に歪んでいる。


「これに懲りたら異世界教徒として奉納に❙はげむんだな」


 高校生Aの拳を開放することなく言い放つ琢磨。苦悶に喘ぐ高校生Aに説教を続けた。


「ヤメロー」


 高校生B、竹刀を抜き出し走った。竹刀の間合いに入ったところで力強く踏み込んで一太刀。


 バキッ──


 迷うことなく左腕でガードする琢磨。竹刀の剣先は回転しながら弧を描いて地面に転がった。


 バッキーン──


 吹き抜ける風と共に高校生Bの持つ竹刀が粉砕した。

 琢磨は高校生Aを開放した。高校生Bにぶつかり共にその場にへたり込んだ。


「憲久め余計なことしやがって」


 呟く琢磨。ゆっくりと竹刀の剣先を拾い上げると高校生Bに放った。


「「そ、そんな……」」


 怯える高校生A・B。


「本気で異世界教徒になりたいんだったら姑息なことなんかしてないで必死になることだな」

 

 呆然。


「行こうぜ大将」


 肩をポンと叩かれた。

 琢磨くんの強さ、憲久くんの関与を示唆する呟き……一体何に関わっているのだろう。湧き出る焦燥感。


「琢磨くんすごいね。今のは一体何なのか支部で教えてよ」


 平静を装って言える最大限の言葉。

 力強い拳を前に突き出して「いいぜ、朔弥くんのおかげでこの力を手に入れられたんだからな」と自信満々だった。


 琢磨はスマホを取り出すと、doconeドコネを開く。


「憲久にも支部に来るように言っておいたぜ」


 メッセージアプリをこちらに向けてドヤ顔になる琢磨。直ぐに返事がきたのか「おっ」と声を上げて話しを続けた。

 

「すぐ来るって言うから支部に向かおう」


 サムズアップした指を大きく動かした。

 一体何が起こっているんだ。少しでも多くの情報を聞き出そうと支部に向かって足を踏み出した。


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