第17話 禁断の果実
「これは美味い」
無表情を貫いていた憲久の顔が緩んだ。
「貴方は運がいいです。まさか異世界林檎が2日続けて与えられるとは思っていませんでした」
確かにその通り……こんなにポンポン実るものなのか……。
初めて行ったエデンで会った裸の女性、食べさせられた実を思い出す。いくら考えた所で答えなんて出る訳がない。
そいえば沙羅に言ってないな……言うタイミングを脱し、いけないことをした罪悪感から言い出せていなかった。
「明智さん、異世界林檎をもうひとつ食べたらどうなるんだい」
憲久くんの発想に驚く。教祖として平常心を保つように心がけていたが、つい「よくそんな事を思いつくね」と感心してしまった。
「雨宮くん、僕のことは憲久と読んでくれ。君のことは神子様と呼びたいところだけど学校のこともあるから朔弥くんと呼ばせてもらうよ」
「憲久、今日は異世界で一緒に冒険しような」
嬉々として話す琢磨、そんな姿を見て憲久は「まだ信じた訳じゃないよ。あくまで投資したまでだ。これで本当に異世界に行けたら安い買い物だね」と顎に手を当てた。
「そういえば俺、お金払ってないけどいいのか……」
ゆっくりと後ろポケットの財布に手を伸ばす琢磨。
「良いと思うよ、こういうのは早く入った方が得をする仕組みなんだ」
憲久くんと立場が逆転しているような気がしてならない。
「この異世界教において信徒の行動は自由、ただし大いなる犯罪行為は教を潰し異世界への路は閉ざされるでしょう」と沙羅。
「それなら僕が異世界教に入っている間は監視役を引き受けよう」と憲久が立ち上がると「マジかよすげーなお前」と琢磨。
「あなたは聡明ですね。『異世界教に入っている間』ですものね。それでお願いします」
そうか……異世界教での地位を確保したわけか。もし騙されていたと思ったら脱退すればそれまで……凄いな。
「お嬢様、そろそろご自宅にお戻り下さい、今日は旦那様がお帰りになる日でございます」
部屋に入ってきたメイド、忘れていたのか慌てて沙羅は「ごめんなさい、今日は大切な用事があるので解散しましょう。朔弥、鍵をお願いします」と出ていった。
■ ■ ■ ■
沈む太陽が赤く照らす空の下、自転車に乗って帰路についた。
「沙羅……琢磨くんに憲久くんか……」
琢磨くんと憲久くんでの雑談を思い出していた。
○。○。
「俺は光輝と一緒に勇者になるんだ!」
「そうか、本当にそんな世界に行けるなら参謀になりたいものだな」
異世界に期待に胸を膨らませるふたり、話しは盛り上がりを見せお気に入りのラノベ話に移行していく。
。○。○
しっかりラノベを読んでふたりの話しに入っていかないと!
『今の状況がラノベだったら主人公は沙羅かな』なんて思いながら立ち漕ぎをして一気にスピードを上げた。
「朔弥」
風に乗って届いた声、発生源にいたのは雫だった。
「ああ、雫、珍しいね声をかけてくるなんて」
まっすぐ目を見つめてツカツカと歩いてくる。直前でその足を止めた。
「朔弥、沙羅と一緒に何か怪しいことをしているでしょ。直ぐに止めたほうがいい。なんだか分からないけど嫌な予感しかしないの」
彼女の言葉に一瞬戸惑うが力強く答えた。
「光輝と結衣を助けられるのは僕たちしかいないんだ。それまではがんばりたいんだ」
雫の勘は鋭い、昔は何度テストのヤマで助けられたことか。
「助けるって……光輝と結衣のことを知ってるの? 今、一生懸命に警察が捜査してくれてるんだから知っていることがあったら全部伝えることが友達としてできることだろ」
確かに雫の言う通り……普通の状況ならば。
光輝たちは科学では計り知れない事象に巻き込まれ、異世界林檎という未知の物体を使って助けようとしている。
無言。何を言っていいのか分からない。
雫はイライラした表情で厳しい口調になって追い詰める。
「なんとか言ったらどうなの」
幼馴染だったから面向かって話しを聞けるが、害はないと分かっていてもグレている彼女の怒声は足を震わせる。
「大丈夫、僕が絶対に光輝と結衣を助けるから」
雫の
■ ■ ■ ■
ベッドに飛び込んで真っ白な天井を見上げた。星形の蓄光ステッカーがぼんやりと緑の光を放っている。
雫の言った言葉が頭から離れない。沙羅も一生懸命に光輝と結衣を助けるために知恵を振り絞って準備をしてくれている。そして琢磨と憲久、ふたりが信者として入ってくれた。
「琢磨くんは光輝に協力して結衣を助けるって言ってたな……」
「憲久くんか……異世界林檎を複数食べると……確かにどうなるんだろう」
「初めてエデンに行った時に口に入れられたのはなんだったんだろう……」
「沙羅は一体どうやって異世界のことを知ったのだろう」
「光輝や結衣は今頃何をしているのかなー」
疑問が次から次に口をつく……。
「ふぁぁぁ色々と疲れたなぁ……」
……○。○。○。○。○。○。
あれ? ここは……エデン?。それとも夢か……どちらともつかない場所。
異世界リンゴが実る大樹が1本
『シャァァ』
白い花の木影から不気味な声を響かせて出てきたのは大蛇。
大木に絡みつきミシミシ音を立てながら木を登り枝を渡って異世界林檎の実る木を狙っている。
「あれ? さっきまで実っていなかったのに」
考えるよりも先に体が動いていた。
蛇に向かって一直線、拳を握りしめて駆け出す。必死の形相で走っていただろう……激しい雄叫びは叫んでいるのか心の声なのかも分からない。
不気味な声を❙
気づくと白い花を咲かせる木はなくなっていた……
○。○。○。○。○。○。
空……草原……揺らめく樹木。多くの葉が茂りザワザワと爽やかな音を感じる。
一歩一歩、
「エデン……」
いつもと違う感覚、爽やかな風が髪を揺らし葉を揺らし❙
ビュー──一陣の風、あまりに強い風に所々の葉が空に舞い上がって視界を奪う。
「禁断の果実……」
何故か出てきた言葉。黄金に輝く異世界林檎。これは……光輝が食べたものと同じ。
恐る恐る黄金に輝く林檎にに手を伸ばした。
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