第15話 ターゲット1号の熱弁
「最初のターゲットは『相田 琢磨』よ。
教室を覗き込みながらコソコソと内緒話していた。
机に座って小説を読んでいる琢磨を呼び出す心の準備……異世界教……異世界林檎……こんなことを真面目に話したら「なんだこいつ」と思われる未来しか見えない。
「ホントにやるの……?」
恐る恐る聞く不安げな言葉に「光輝や結衣を助けるんでしょ。異世界のことで語りたいと言って連れだしてきてちょうだい、後は私がうまくやるから」と
教室扉を
逃げ出したい気持ちが視線を散らし最短距離を避ける。が、どの通路を通ろうとも目的地は決まっている。
……とうとう訪ずれた異世界教の第一歩はかすれた声だった
「琢磨くん……」
視線が
「ああ、朔弥くんか。どうしたの? 光輝くんや出雲さんはどこに消えたんだろうな」
心のなかにチクリとしたものが刺さる。彼を巻き込んでしまっていいのだろうかという
罪悪感が言葉を詰まらせる。が、なりふり構ってなんかいられない。強く拳を握って心の葛藤を振り払った。
「琢磨くんに異世界のことを教えてほしいんだ。いろいろな知識を持ってそうだから……」
「まさか光輝くんたちが異世界にでもいるんじゃないかって……そんな訳ないよな。いいぜ、俺はラノベの素晴らしさを広めたいと常々思ってるからな。何がキッカケであれ興味を持ってくれたなら大歓迎だ」
1冊の本を手渡された。所々が折れ曲がって何度も見返した形跡、中央で風呂に入る男とそれを取り巻く4人の女性たちが描かれていた。
「それな、俺がラノベにハマるキッカケになった本なんだ。荒削りだけど中々良いから読んでみな」
逃げ出したい気持ちでいっぱい。「ありがとう」と本を受け取ってそさくさ教室を出た。
「良くやったわ」
沙羅にいきなり腕を掴まれると
「うまく話したじゃない。ちょっと心配だったけどこれで第1関門突破ね。学校の近くに私の家があるからそこで話しましょう」
「家? って、沙羅は良く車で迎えに来てもらっていなかった?」
「何も無いときはね……ああ、近くの家って
流石というかなんというか、高校に入ってからの付き合いだが別宅まで持っていたとは驚きだ。
「おい」
隠れて話しをしていると聞き覚えのある声に呼ばれた……この声は、
「雫!」
「影でなにコソコソ話している」
声をかけてきたのは、
中学2年生までは一緒に遊んでいたが、その頃から何となく距離ができた。グレてしまったせいもあるが、あんなに穏やかだった彼女が急変して驚いたのを覚えている。
「あら、雫さんではありませんか。なんのご用かしら」
雫のポニーテールが揺れる。
「朔弥を見かけたから声をかけただけだ。今日は付き合って欲しいところがあってな」
「あら残念ですわ、今日は友人を招いての約束があるんですの。またにしてくださるかしら」
沙羅の言葉に「そうか、それならまた後にしよう」と踵を返した。
「ごめんな雫、あとで連絡する」
言葉が届かなかったのだろうか、雫は返事もなくどこかへ行ってしまった。
■ ■ ■ ■
沙羅の別宅は柱が強調された白が基調の美しい建物で季節ごとに花壇が分けられていた。
「この家って沙羅の家だったんだ」
通学路にある1軒、前を通ると老夫婦が笑顔で雑談していたのを覚えている。
将来はあんな風に老後を過ごしたいなぁなんて高校生ながらに思った程だった。
琢磨は閑静な住宅の雰囲気にそぐわない大声で口を開く。
「明智さんの家はお金持ちだとは思ってたけどすっごくキレイな家だね」
「琢磨くん、ここは別宅だって。自分専用の家だってさ」
興奮した琢磨に引っ張られ多弁になってしまう。
「ふたりともこっちよ」
案内された部屋は24畳ほどの洋間。シックで高級感溢れる家具が並んでいる。
椅子に座った瞬間、タイミングを見計らったようにメイドが飲み物と食べ物を持って琢磨の前に置いた。
「 (沙羅、琢磨くんの前に置かれたデザート……これってもしかして……)」
返事することなく沙羅はグイッと前かがみになって口を開く。
「相田くんにとっての異世界ってどんなところかしら」
琢磨は目を見開き鼻の穴を大きくして頬を赤らめた。一瞬だけ視線が泳ぐが笑顔になって口を開いた。
「明智さんもラノベに興味があるんだ。まぁ異世界は空想の世界なんだけど夢があるよなー、異世界転移して勇者になって……ラノベを読んでいるとみんな主人公になれるんだ。西洋風の街並み、城、仲間……そしてモンスターとの戦闘…………」
腕を組んで鼻高々に話すこと既に30分は経っている。
「た、琢磨君。さすが異世界通なだけあって詳しいね」
あまりにも長い話しに辟易し、気分を害さないように言葉を選んで話の腰を折った。
口撃を気にすることなく「いやぁ、好きだからね」と右手を頭の後ろに当てて照れる琢磨、コップに手を伸ばしてジュースを一気に流し込む。
「これもいただくよ」と琢磨は、銀色に輝くフォークを鎮座する果実に勢いよく突き刺して一口で頬張った。
「ん!!」
焦ったような琢磨の言葉。ヤバイという不安が一気に膨れ上がる。
「なんだこれ……すっごく美味しい。今まで食べたことのない味……吸い込まれるようなうまさだ」
フォーク片手に興奮していた。
その言葉にホッとする。
得体のしれない食べ物を食べさせた後ろめたさ……何事も無くて良かった……。
琢磨の一挙一動に心がざわつぐ。沙羅は気にすることなく笑顔で口を開いた。
「美味しかったでしょう。私たちが作った異世界教の果実よ。それは異世界への道を作る神からの授かり物。私たちは『異世界林檎』と呼んでいるわ」
「へ?」と呆気にとらわれる琢磨。「異世界教?」「なんの遊び?」と歯切れの悪い言葉しか返ってこない。
「私たちは異世界教をどう作っていくか考えているの。相田くんが異世界に詳しいという話を聞いて参考にさせてもらいたいなぁって。ねぇ、朔弥」
「う、うん」
「でも勘違いしてほしくないの。あくまで異世界の話しを聞きたかっただけ、引き入れようとか入ってもらおうとか考えてるわけじゃないから」
沙羅は琢磨くんを入信者第1号にしようと言っていた。
……そうだよな。いきなり『入らない?』なんて言ったら怪しまれるもんな。
「異世界教?宗教?まぁ、宗教なんて怪しい集団だろ。絶対に入らないけど異世界についての話しならいくらでもしてやるぜ」
もともと興味はなかったが、あまりにも夢のある話しに感心。いつのまにかワクワク心が膨らんでいた。
沙羅はジッと琢磨君の言葉に耳を傾けている。必要なところでしっかり
マニアックな話しを
目を配りながら話していた琢磨だったが、いつのまにか顔をほころばせて言葉を沙羅にだけ向けていた。
更に数10分、長かった話しも終わりを迎えた。
「沙羅ちゃん、聞きたくなったらいつでも呼んでね」とニコニコ顔の琢磨、笑顔で帰っていった。
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