第14話 異世界林檎

「沙羅、……無事だったのか。結依は……光輝は……」


慌ててスマホを拾い上げると相手の言葉を待つこと無く叫んだ。


「慌てないで。ふたりは行方不明という扱いになってるわ……今、警察が捜査中よ」


 フリーズ、力が抜けてスマホを落とす。スマホは腹に当たって倒れ、モゴモゴとくぐもって聞こえる音を頭が認識しない。


「そ……ん……な」


 動こうという意識を脳が遮断。左右の目線は追いかけっこして焦点が合わない。何も考えられない。


 呼びかけ続ける沙羅の声に脳が反応した。

 いち早く現状いまを知りたい感情が先立ってスマホを素早く拾い上げた。


「沙羅は……沙羅はなにか知っているのか」

「キャッ……いきなり大きな声を出さないでよ。大丈夫、ふたりを助けられるわ。わたしたちの使命はしっかり聞いたわ」


 沙羅の動じない言葉にひとりで悩んでいるのが馬鹿らしくなってくる。


「君がパートナー……」

「そうよ、私と朔弥でふたりを助けましょう。明日までに構想を練っておくから放課後に私の家に来て頂戴」

 

 使命……。光輝を、結依を助けられるならなんでもやりたい。一体どんな使命なのか、何が起こっているのかモヤモヤした気持ちが眠りを妨げた。



■ ■ ■ ■


 沙羅の家はお金持ちを絵に書いたような邸宅。入り口には西洋風の大きな門、素晴らしい庭園、立派な噴水まで造られており何度見ても素晴らしい。


「相変わらずすごい家だね」

「確かに凄いとは思うけど、私の力じゃなくて両親の力だからね。まぁ入って」


 大きな玄関を抜けると赤いカーペットが奥へと続いている。多くのメイドが挨拶をする中を通り抜け湾曲した階段を登り高そうな調度品を横切って沙羅の部屋に案内された。


 沙羅の自室は20畳ほどの広さ、白い壁に色白のフローリングが美しい。シンプルにまとめられ物が少ないせいかとても広く感じる。


「そこに座って」


 大きな窓の近くに置かれたグリーンのソファー。

 なんだこの優しく包むこむクッションは……なんだこの気持ち良すぎる肌触りは……。


 何度か家の外観を見たことはあるが、クラスで人気の可愛い女の子沙羅の部屋に来ているという実感にドキドキが止まらない。


 ……いや、こんなことを考えている場合ではない。


「それで、光輝と結衣のことなんだけど」


 沙羅からは切羽詰まった感じがしない。

 友人のふたりが行方不明なんだぞ。そんな状況でゆったりなんてしていられない……現に今日は何人もの友人に事情を聞かれ先生からも呼び出された。


 沙羅はゆっくりと隣に座ると人差し指を突き出してグイッと顔を近づけた。

 ちょ、顔が近い……。


「林檎よ!」


 予想外の言葉に二の句が告げない。


「林檎……?」

「そうよ!」


 興奮気味の沙羅、普段では聞いたことのない早口で説明を始めた。


「私の使命はあなたをサポートしてお金持ちにさせること……あなたの使命はできるだけ多くの人にリンゴを配ること……そうね、異世界林檎とでも名付けましょうか」


 良く分からない……異世界林檎? お金持ち? 光輝や結衣を助けるのにどんなつながりがあるんだ。


「朔弥、そんな顔をしなくてもちゃんと説明するわ」


 沙羅は長い髪を搔き分けるとテーブルに置かれたボタンを押した。


 程なくしてメイドがお茶を運んできた。紅茶のかぐわしい香りが心を落ち着かせてくれた。


「僕には何が起こってるか全然分からないよ。突拍子もない話しだけど、あの公園での出来事を経験したら沙羅を信じるしかないね」


 緊張しているせいか頻繁にカップに手を伸ばして喉を濡らす。

 沙羅はティーポットから紅茶を注ぐと真剣な表情を向けた。


「朔弥、異世界教を作るわよ」

「異世界教? なんの冗談?」

「冗談じゃないわ。これが光輝と結衣を助ける最善の策なの」


 理解できなかった。沙羅の説明をただ聞いているだけしかできない。


「分かったよ。今が理解できない僕には事情を知ってる更に任せるしかないね」

「いい、啓示を踏まえて私が考えてみたの」


──

 与えられた使命と約束

 ①異世界リンゴをより多くの人に分け与える。

 ②使命を受ける者は異世界リンゴを食べてはいけない。

 ③赤ではないリンゴは確実に保管しておく。

──


「異世界林檎を食べると秘めたる能力を得て異世界へと渡るの。そんな能力者を増やすための異世界教よ」

「そんな団体って簡単に作れないんじゃ……。それに宗教ってだけで怪しまれちゃうよ」

「大丈夫。私がなんとかするから。朔弥には優秀なサポーターがついてるんだから」


 沙羅の話しは止まらない。


「いい、教祖は朔弥にお願いするわ。でもそれを公表しちゃダメ。狙われでもしたら大変だからモイセスという架空の人物をすえるわ」

「モイセス?」

「そう、そして異世界林檎を授ける神はケルビン。異世界教の教えは『異世界林檎を食べて異世界へと渡り潜在能力の解放しよう』ね」


 設定を話しを続ける沙羅。更に続く。


「その大事な異世界林檎を採るのは朔弥の仕事ね」

「僕が異世界林檎を? ……でもどうやって……」

「やり方はね……目を瞑って体の中にあるを探るの」


 言われたとおり目を瞑った。体の中を探るように意識を集中させていく……目の奥から脳内をグルリと巡らせ首から意識を降ろしていく。


 中学生の時に調べた気を巡らす方法が役に立った。


 這い回るように意識を動かしていくと、フワッと感じた爽やかな風、下腹部丹田に近づくにつれて見えてくる空……草原……揺らめく巨大な樹木。


 多くの葉が茂りザワザワと清々しい音が駆け抜ける。数十メートル先に見える樹木に向かって第一歩を踏み出した。


「あれ……なんで人が?」


 樹木の向こう側に空を見上げている人影。思わぬ出来事に進む足が速くなる。気配を消すようにゆっくりと覗き込むと裸の女性が空を眺めていた。


「うわっ」


 いきなり振り返った彼女と目が合った。思わぬ出来事にぞ《・》き《・》ではないことを伝えようと頭がフル回転、しかし弁解の言葉が何も浮かばない。

 

 ずいっ──言葉が出ないまま一歩二歩後ずさる。が、かかとを引っかけて盛大な尻もち。


 女性はニコリと微笑むと肢体をなびかせ近いてくる。

 裸体から目線をずらそうと命令する頭と焦って何も出来ない心が激突。ただただ口をパクパクすることしか出来ない。


 女性はどこからともなく何かを取り出した。が、その物体が何なのかを認識する前にしている口に放り込んでニコリ。人差し指を唇の前に立てて『シー』と笑顔のまま消えていった。


「ちょっ」


 彼女を引き留めようと手を伸ばした……それが偶然にも樹木に実る赤いリンゴを掴んでいた。

 驚きのあまり口の中にあった物体はゴクリと音をたて喉を抜けて胃へと落ちた。


 予想外の出来事の連続に「うぁぁ」と驚きの声をあげる。目を大きく見開いてしまう。

 ──そして……瞬きした瞬間、周囲の風景がワープしたように切り替わった。


「ここは……沙羅の部屋?」


 さっきの出来事は夢だったのか……ソファーに座っていた。

 にこやかな表情の沙羅、動いた目線の先には……「林檎!」


「採れたようね」


 握られている林檎、小ぶりだが引き付けられるほどに可愛い。


「これが……異世界林檎」

「それを使って光輝と結衣を助けるのよ」


 異世界教としての第一歩が始まった。ここから光輝と結衣の救出作戦が始まる。

 このことは沙羅とふたりだけの秘密。光輝と結衣を助けようと誓い合うのだった。


 ……この後どんな魔法を使ったのか、設立が難しいといわれる宗教法人を沙羅が設立させた。


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