第2章 旅立ち-回想編①-

第13話 うつつなる記憶

○。○。○。○。

 そうか……いつもの公園、いつものメンバーで話していた時からすべてが始まったんだ。

  ○。○。○。○。


 幼少期からみんなで集まっていた公園。昔と変わらぬ遊具にいつもの風景。雑談する時はこの場所に集まるのが恒例だった。


「入部早々レギュラーになったぜ」


 自信家の春風はるかぜ光輝こうき、スポーツ万能で成績優秀、正義感も強く女の子にモテモテ、神に万物を与えられた男だ。


「光輝は相変わらず凄いわね、入試もトップだったんでしょ」


 光輝を褒めるのは明智あけち 沙羅さら、いつも通りの光景だ。


「やっぱり光輝は凄いね、僕にはとても真似できないよ」


 そしていつも通り光輝の引き立て役となる。


「人と比較しちゃだめよ。朔弥は朔弥の良いところがあるんだから自信をもって」


 昔から庇ってくれるのは|出雲いずも 結衣ゆい。彼女の言葉にいつも救われる。


 結衣は誰にでも優しく良いところを褒めるタイプで沙羅は人を選ばず物事をハッキリ言うタイプである。


「結衣、ダメよー。必要なことはハッキリと言ってあげないと。その方が成長につながるんだから」


 結衣は人差し指を唇に当てながら宙空を眺めて口を開いた。 


「そうかな~、みんな良いところがあると思うんだ~」


 沙羅が「まったく結衣は優しすぎるんだから」とテントウムシ型遊具に空いた穴の縁に座った瞬間──


 ──穴という穴から黒煙が一気に噴き出した。みるみるうちに公園全体を包みこむ。


 その様相はまるでこの世の終わり。世紀末、絶望の淵に落とされたよう。

 灰黒色かいこくしょくに染まった空は、自然豊かな公園の景色を一変させた。


 非現実的な現実。さっきまで遊んでいた子供や大人は誰もいない……人の気配はここにいる4人だけ。


 結衣と沙羅は抱きついて座り込む。判断機能が麻痺、オロオロすることしかできない。


 光輝だけは頼もしくも厳しい目で周囲の変化を探っていた。


 時間にして10数秒、恐怖の時間は感覚を狂わせ10分は経ったように感じさせる。


「何かくるぞ!」


 光輝の視線に引きずられ、目線が灰黒色かいこくしょくの空へと向かう。

 

 ドライアイスのようにもくもくと吹き出す黒光りするもや……全てを吸い込むような黒さに恐怖し震える。


 光輝だけは勇敢にも噴き出す靄を睨みつけていた。


 そして更なる事象に恐怖が膨らむ。


 靄から降りてくる足……そして膝、腿、腰、腹、胸とあらわになっていく姿……そして顔。黒い世界を黒い光が照らしつける。


 確実なのは……現れた人物の容姿がピエロそのものだということ。


 布をいだ模様、暗黒の世界でも分かる白塗りの顔、そしてちらりと見えるふたつ結びしたおさげ……。


 ピエロは音もなくゆっくりと下降する。

 中空で手のひらをふわりと上げると、てのひらからリンゴが生み出され、ふわふわ宙空で留まった。


「あれは……リンゴか……」


 闇夜を照らす黄金色。

 静寂に包まれたこの世界にピエロは音もなく降り立った。


『異なる世界へ……』


 甲高いとも重苦しいとも取れる声。光輝はすかさず叫んだ。


「なんのことだー」


 微動だにしないピエロの視線が光輝を抜け沙羅と結衣がいた場所へと向かう。必死にその視線を追いかける……が、


 いない……結衣と沙羅、ふたりの姿は消え失せていた。


「朔弥!」


 うずくまって頭を抱えることしか出来なかった。

 光輝に乱暴に引っ張り起こされる。なされるがまま、生まれたての仔馬のような足取り。


「おい結衣と沙羅はどうした」


 怯えることしか出来ない。


『ふたりを助けたければどちらかが『異なる世界』に来い。命を賭した世界にな』


 宙に留まる黄金色のリンゴを残したままピエロは闇の靄へと消えていった。


「一体なんだったんだろう」


 体が震えて止まらない。光輝の怒号だけが響き渡る。


「なんで……なんでお前は、結衣と沙羅を見てなかったんだ!」


 光輝は分かっていたのだろう。自分の不甲斐なさを誰かにぶつけたかっただけだということを。


「ご、ごめん……」


 体が震える、怒号を散らし周囲を見回す光輝。ふたりしかいないこの空間に可愛らしい声が響いた。


「どっちがビシュミラーに行くか決めたですの?」


 滑り台を滑ってくる少女。中学生にしか見えないその容姿は普通の可愛い女の子。


「君は今の状況を知っているのか?」


 語気を強める光輝に少女は「こわーいですの」とわざとらしく後ずさった。しかしその顔は全く怖がっていない。


「いーい、消えたふたりは『異なる世界』ビシュミラーに行ったですの。ビシュミラーに行くひとりはリンゴを食べるですの」


 満面の笑みで人差し指をふりふりドヤ顔で説明する少女。光輝はそんな少女の言葉に「訳わからないことを言って俺達に何をさせようというんだ」とファイティングポーズをとった。


 一体何が起きているんだ。腰が抜けて足が言うことを聞かない。ただただ事の成り行きを見守るしかできない。


 結依は、沙羅は……一体どこに消えてしまったんだ。


「リンゴを食べれば『異なる世界』ビシュミラーに飛べるですの。眠れるお姫さまを助ける機会なんてそうそうないわよ。んーロマンティックなシチュエーション。ほら、白馬の王子様になるチャンスですのよ」


 この女の子はいったい何を言っているんだ。アニメやゲームの世界じゃぁあるまいし……でもこの真っ暗な景色は普通じゃない。


 起き上がろうとするが足がいうことをきかない、なんとか四つん這いになって必死に声を絞り出した。


「結衣や沙羅は無事なんだよね……」

「どうかしらねー。無事だとは思うけど道化どうげはどこに飛ばしたのかしらぁ」

 少女はあっけらかんとして頬に指を当てて首を左右にフリフリ。


「ぼ、僕が彼女たちのために──」


 勇気を振り絞って出した言葉は光輝に遮られた。


「俺が行く! 朔弥なんかに彼女たちを任せられるか」

「光輝……」

「俺のほうがスポーツも知能も上だ。サクッと助け出してやる!」


 光輝は右腕を振り払うと冷たい目を向けてきた。


「どちらでもいいですの。決まったらさっさとリンゴを食べるですの」


 彼女の言葉……重い……今までに感じたことが無いほどの恐怖を植え付けてくる。蛇に睨まれた蛙とは、こんな気持ちなのだろう。


 良くわからない声の波動にすくみ上がる。光輝は駆け出して大きくジャンプすると右手で黄金色のリンゴを掴み取った。


「よく見てろよ!」


 天高くリンゴを掲げると、まばゆい光が闇を払いながら波紋のように広がっていく。

 あまりの眩しさに目を開けていられない……一体……何が……意識……が……。 遠の……く……

 

 ○。○。○。


「…………ん……んん」


 布団を跳ね上げた。


「ここは……」


 代わり映えの無いベッド、代わり映えのない机、代わり映えのない天井。気付いた時には代り映えのない自分の部屋にいた。

「夢か……、いやさっきまでの出来事は確かに記憶に残っている」


『……いーい、君の使命はパートナーに伝えておくですの』


 少女の声が直接脳内に響いた。


「パートナー?」


 ”リーン、リーン……”


 けたたましく鳴る黒電話の着信音、ディスプレイに表示されている名前は……「沙羅!」


 モヤモヤしたものが吹き飛んだ。


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