第10話 長老の手紙

 突き刺さる周囲の目線が痛い。

 何をした訳でもないのに「マリアナちゃんをいじめるなー」という声すら聞こえそうな視線を浴びている。


 口から出てくるのは「い、いや……なんで謝る必要が……」と恐縮した言葉だけ。対してマリアナは謝り倒す。それに恐縮を返す。膠着こうちゃく状態だった。


 こんなやりとりを止めてくれたのは❙中年のマリアナの上長だった。


「マリアナくん、ここはいいから彼をギルド長の所へご案内しなさい」


 やっとこの場から離れられる。追いかけてくる視線を無視してマリアナに付いて行く。彼女は目を赤くして涙声になっていた。

 

「大変失礼しました。どうか、どうか私の失態をリリス様に内緒にしてください」

「長老ってそんなに怖い人なの?」

「お会いしたことは無いのですが、国王すら頭が上がらないという話しです。意に添わぬ者にはどんなに離れていても天罰を下すとか、指一本で国一つを滅ぼせるとかいろいろな噂をお聞きするので……」


 そんなに恐ろしい人だったのか、確かに危なかった状況を一撃で助けてくれたけど……


「そうなんだ、僕はただ長老の手紙をギルドに届けるように言われただけだから」

「ギルドに持ち込まれる手紙には必ず宛先があるんです。それが無いということはいたずらかと思っちゃって……密令の印を見落とすと厳しい懲罰がぁぁ」

 

 泣き崩れるマリアナ。


「それほどのものなんだね。もし何かあったら言ってよ。僕のせいでマリアナさんに罰を受けてほしくないし」


 マリアナは立ち止まって深くお辞儀をした。

「密令の印と関われる程の人なのに……サクヤ様ってお優しいんですね」と頬を赤らめた。



 通されたのは18畳ほどの部屋。奥に立派な作業デスク、手前には二人掛けソファーが対で置かれていた。


 片側のソファーにふたりが横並びで座っていた。マリアナに対面側に座るように促される。


「あの……朔弥といいます。何かトラブルを起こしてしまったようで申し訳有りません。マリアナさんは何も悪くないので罰を与えないでもらえませんか」


 キョトンとする男たち。


「ハッハッハ、リリス長老に手紙を託される程の者が受付員を気にするとは。いや、だからこそかな。よし、マリアナの懲罰は不問としよう。マリアナ、仕事に戻って良いぞ」


 マリアナは大きく頭を下げて「ありがとうございます。次からはきちんと注意します」と部屋を出ていった。


「良かった。でもギルド長って凄いですね。何があったか言っていないのに分かるんですね」

「ギルド長のホウモンだ。私はギルド内の事ならなんでも分かるぞ」


 軽装の男性。40歳くらいだろうか余裕ある笑みで手紙に目を落とした。


「どうせ合わせているだけだろう」


 と隣から小さく突っ込みが入った。


 ギルド長は手紙を開くと「セレン君宛だ」と隣に座る白い甲冑の女性に手渡した。


「ところで君はこの手紙の内容を見たかい?」

「いえ、ギルドに渡すように言われたので」


 セレンに手紙を手渡された。


「えっ、何も書いてないようですが……」


「ああ、特殊な方法で書かれているからな」

「彼女はセレンくんだ。この世界で最強の剣士……剣聖と呼ばれている」

「セレンだ。リリスも色々と大変だな……要件のひとつに君に剣を教えてやって欲しいと書かれているよ」


 この美しい女性が剣聖? 剣聖と言えば、カッコいいイケメン……頭に浮かぶのは❙幼馴染光輝の姿。それか渋いおじさん……❙幼馴染の父あたりだろうか。


「セレンくん、リリス長老の紹介だ、誰か適任を紹介してやってもらえないか」


 剣を教えて? 長老がそんなことを……ミヅキを守れる男になれるように協力してくれてるなんてありがたい。


『ピピピッ』


 頭から聞こえてくる鳴き声……ハナが頭の中で暴れている。


「ちょっとハナ、暴れないでくれ。今大事な話をしてるんだから」


 ハナは頭の中を駆け巡り捕まえようとする手を避けまくる。腕に移動したり手に移動したり好き放題。いつもは大人しいのにこんなに暴れるなんて初めてだ。


「その小動物はなにかな?」


 セレンの目つきが鋭くなる。ふざけていると思われそうで焦ってしまった。


「ごめんなさい、僕の頭に住み着いてしまったんです。いつもは大人しいんですけど……」


 コンッコンッ── 扉がノックされた。


「今、客人が来ていてな、後にしてもらっていいかな」


 ドア越しに「リリス長老の遣いが来たと聞きましてな、挨拶に参りました」と紳士的な声。ギルド長は「その声は……失礼しました。どうぞ中にお入りください」と慌てて立ち上がった。


 扉から入ってきたのは……


「ソウケイさん!」


 森で出会ったシャンプ第1王女の執事であった。


「長老の遣いとは……サクヤ様だったのですか。あの時はありがとうございました。まさかこんなところで会えるとは嬉しい限りです」


 深々と頭を下げるソウケイ。


「ソウケイさんは彼を知ってるのかい?」

「ええ、姫の送迎中に❙き馬1頭が魔物化しましてな。偶然飛んできた何かによって倒されたのですが、行者が怪我をして立ち往生しましてな。そこに偶然通りがかったサクヤ様が助けてくれたという訳です」


 ギルド長ホウモンは考え込んだ。


「その2つの偶然を引き起こしたのが彼であると?」

「どうでしょう、偶然は偶然であって必然ではありません」

「……魔物を君が倒したのか?」


 ホウモンさん、目線が怖いぞ。


「あんな魔物がそこいら中にいるんですか?」


 ホウモンとソウケイがアイコンタクトする。ホウモンは頷くと真剣な表情で口を開いた。


「サクヤ君、この世界に魔物はいない」

「えっ、さっきのは?」

「正確には絶滅したと考えられている。魔物が復活したなんてことが一般に知れ渡ったら大事おおごとになってしまうんだ」


 セレンは静かに立ち上がった。


「よし。この者は私が鍛えよう。ちょっと調べたいこともある。朔弥君ついてきたまえ」

「剣聖自らが教えなくても……それなら私、ソウケイが最高の剣士にしてあげますぞ」


 セレンはソウケイの言葉をスルーして歩き出す。扉に手をつくと振り返った。


「彼は普通の剣士にならない……いや、なれないと言ったほうが正しいのか」


 微かな声で天井に呟く。そのまま静かに部屋を出て行った。


「す、すいません……。セレンさんに付いていきます」


 頭をペコペコ下げて追いかけた。

 人気の少ない通りを一直線に歩いていくセレンに必死で付いていく。

 人の気配は消えどうやってここまで来たのか分からない。あ、そっちは行き止まり──


──グニャリ


 頭が捻じ曲がり平衡感覚を失って朦朧とする……次に気づいたときには小さな家の前。


「ここには結界が張られているから安心して話すといい。君が背負っているものは何だね」

「良く分かりません。気づいたらジンの街に居て……無意識にこの世界の事が口をついたりギルドカードを最初から持っていたり……まるでこの世界に来たことがあったかのようなんです」


 セレンは無言のまま考え込むと、心を見透かすような目で見つめた。


「先ずは精神武器を出してもらおうか」


 精神武器……針を出すことしか出来ない。劣等感が膨らみ目線と肩が落ちた。


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