第6話 肉大好き少女

「太陽がてっぺんにあるからお昼ごろかな? はぁ……」


 グギュルル── 盛大に腹の虫が騒ぎ立てていた。ドラマティックに街を出てきたものの大自然から食料を調達する術なんて持ち合わせていない。


 ダンゴムシのような虫が目の前で跳ねた。


「さすがに虫は嫌だなぁ……最悪バッグから出すしかないか」


 バックの中から食べ物を出すのは遠慮したい。いつからそこに入っているのか想像もつかない。


 広がる大草原、凸凹した大地を駆け抜ける路、この上なら獣に襲わる心配もない。目を皿のように見渡して食料になりそうなものを探した。


「この匂いは……」


 波打つ細い煙が狙ったように敏感な嗅覚に直撃、油の乗った肉の焼ける香ばしい匂いに心が奪われる。


 路を外れて林の方へとフラフラと……欲に抗えず足が勝手に動いてしまう。

 いくらお腹が空いているとはいえ危機管理能力は残っている。狼などの野生動物が近くにいないか警戒だけは忘れない。


 濃くなってゆく香ばしさ、比例するように大きくなる鼻歌の音量。


「♪おっ肉、おっ肉、はやーく焼けろっ、スープ、スープ、ほねーのうまみを吸い取って~」


 軽快なリズムに乗って楽しそうに巨大な肉を見つめている女性がいた。

 ……こ、これはマンガ肉。実物を見たのは初めてだ。


 抑えられない空腹。肉の魅力に引っ張られターゲットを見つけたゾンビのようにフラフラと。


 一瞬目が合った。女性は足元の剣を掴んだ……気づいたときには剣先が喉元に突き付けられていた。


「何者だ!」


 思わず両手を挙げた。彼女は目を凝らしてグルリと見て回る。「ふぅ」と小さくため息を付くと剣をクルクルっと回して鞘に収めた。


「はぁぁー」


 大きな息を吐いてへたり込んだ。

 彼女はリズミカルな鼻歌を再開して肉の前へと座った。


「てっきり異世界教の追手かと思ったぞ。それでお主はここに何をしにきたのだ」

「お腹が空いて食料を探していたらいい匂いがして……」


 盛大にお腹の音が鳴り響く。呆れたように両手を広げる女性。


「悪いがお主に食料を恵んでやる義理はないのー……まてよ(小声)、わらわの頼みを聞いてくれたら肉をやるぞ。交換条件だ」


 願い……流石に体で払えってことはないだろう。せいぜい法外な料金をふっかけられるくらいか……。

 残高は既に30億を突破、まだまだカウンターは上がっている。


「お金……いや通貨ギラならなんとか払えますが……」

「ギラなどいらん、お主がしばらくお供としてわらわに付き合ってくれるだけで良いのだ」

「……えっと、僕はシャンプに用事があるんだけど」

「良い良い、わらわの向かうリュウコウはその先だ。付き合ってくれている間の食料は面倒をみてやろう」


 特に急いでいる訳ではない。さっきの動きといいかなり強いことは間違いない……そうだ。


「それなら一つお願いがあるんだけど……」

「ずうずうしいやつだな。まあ言ってみるのだ」

「さっきの凄い剣捌き……僕に戦いを教えて欲しいんだ」


 考え込む少女。一息つく。


「良いのだ。お主も肉を獲ればもっともっと肉を食べられるからの~。契約成立だ、そっち側に座って肉を食え」


 彼女の名前はユピア。ホイスという街に住んでいたが、異世界教に追われ逃げてきたそうだ。


「理由は分からんがわらわに縁談が舞い込んでな、断っていた父が急に受け入れるとうるさくなってな」

「縁談? 人が変わったようにってなんか不思議だね」


 何かが心に引っかかる。


「『ソウジャ様に協力してこい』とうるさくてのー。その頃からか異世界教につきまとわれるようになったのは」


 既に巨大な肉をたいらげ、次の肉が焼かれている。あの小さな体のどこに入ってるんだ。ってあれ?


「今焼いている肉ってどこから出したの? こんな巨大な肉はどこにもなかったと思うんだけど」


 あわてふためくユピア。


「しまったのだー」と声をあげ頭を抱えている。


 普通に『あった』と言われればこの世界の常識で『そういうもの』だと思えたが、あの狼狽うろたえようは絶対に秘密があるはずだ。


「いや、言いたくなければ言わなくていいよ」


 ユピアは考え込んでしまった……。


「実は……異空間収納が使えるのだ」

「異空間収納! ……って何?」


「異空間に道具ものをしまうスキルなのだ」


 宙空に浮かぶ魔法陣。この美しくも丸い形に不思議な文字、これぞ異世界の醍醐味。


「カッコいい! 虹色に光る魔法陣だ」


 思わず興奮して立ち上がってしまった。


「このことは絶対に内緒だぞ。命に関わるからな」


 どうやら異空間に物を収納することを禁止している国が多いそう。能力者は危険人物と認識されて監視対象に置かれてしまう。が、能力者は極めて珍しので言わなければバレないらしい。


「まだ誰にもバレていないんだぞ」


「何だかもったいないね。便利な能力だと思うんだけど」

「仕方ないのだ、もしお前が王様だとするだろ。当然に謁見者の手荷物検査をするわけだ。検査すれば安心して謁見できると思うだろ」

「うん」


 一瞬で喉元に刃が現れた。びっくりして後ろに転がってしまった。


「う、うわぁ」

「もう少し手を前にして剣を出していたらどうなっていたかな」


 刃が喉に突き刺さってい……た。考えるだけで恐怖。背筋せすじは氷付き震える体を押さえつける様に抱きしめる。


「そういうことだ。絶対に言うでないぞ」

「それなら胸の前で武器を出せちゃうんじゃ……」

「主は何も分かってないのぉ。精神武器は胸の前に手を持っていく予備動作があるであろう」


 そういうことか、納得した。あっ、そうだ! 長老からもらったバッグはどうしよう……手を突っ込まないと取り出せないし予備動作はあるけど……やっぱり秘密にしていたほうが安全だな。


「主の名は何という」

雨宮あまみや 朔弥さくや

「アマミヤ・サクヤ? そうかお主はチキュウ人か。それなら……サクヤ……本当にサクヤと言うのか?」


 ❙いぶかしむユピア、それよりも彼女はチキュウを知っているのか。


「ああ、サクヤだよ。それより今チキュウって言ったよね? チキュウにはどうすれば行けるの?」

「そんなのは知らん。よその世界からこの世界に紛れ込んできた者がチキュウから来たと言うての」


 なるほど。場所としてではなく異世界という概念としてあるわけか。


「サクヤ、ちょっと立って武器を構えてみろ」


 胸の前で手を握る。手の中に現れるハナの針、それをバレないように剣へと変化させた。


「おっけー」


 いらない不安が嫌になる。隠す必要なんてないのかもしれないが武器が針なんて恥ずかしい。


「なんだなんだその武器は──」


 近づいてくるユピア、伝説の武器でも出してしまったのだろうか……

「──何時代の素材で出来た武器なんだ。鉄っぽいが子供の遊び程度の加工じゃあ直ぐにダメになってしまうぞ」


 ガックシ、逆か……すごい武器じゃなくて弱すぎる武器だったのか。


「まあいい。それでいいから向こうに獣がいると思って剣を振ってみるのだ」


 厳しいの特訓が始まった。


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