第5話 能力の一端
振り返ることもなくひとり出口に向かって一直線に猛ダッシュ。湧き出る涙を堪え走っていた。
たった数日の出来事が長年住んだ故郷を追い出されるようで心が痛む。
唯一の
ジゲンフォーという貴重な素材で編み込まれたバッグでいくら荷物を入れてもいっぱいにならないとか言ってたけど……。
○。○。
「怪しまれるから見える場所にフェイクを入れておきなさい。別次元に入っている荷物は好きに使ってわよ。ただ……いつかは接続が切れて貴方の次元に再接続されるから注意してね」
。○。○
良く分からない説明を受けた。ノーベル賞どころではない❙
「こんな凄いものを持っている長老とは一体何者なのだろう」
「──長老は長老よ」
つぶやいた言葉に反応するように背後から声を掛けられた。
「うわぁ」
安堵を突き破る奇襲にビックリして尻餅をついた。
「イテテテ」とさすりながら立ち上がった。
「長老、急に背後から声をかけないでくださいよ」
「一つ言い忘れちゃってさ。もし
ウタハ長老……何故か知っているような気がするんだよな。
みどりがかかった姿がボンヤリと浮かぶ。
「今は余計なことを考えなくていいわ。旅をする中で色々と知るでしょう……生きていればね」
「不吉なことを言わないでくださいよ~。きっとミヅキを守れる強さを身に付けて戻って来ます」
「言うわね。それは並大抵……いや、普通じゃあ絶対に辿り着けない高みよ」
なんでだろう。今日は良く口が回る。出ていかなくてはならない寂しさが口数を多くさせているのだろうか。
「それじゃあ出発します」
「そうだ、これも持っていきな」
放られたのは上部が❙
「なんですかこれ?」
「
魔力を流す? 気を流すイメージで力をこめた。
「うわっー」
上空に巨大な火柱が吹き出した。驚きのあまり手を離してしまう。
「流し過ぎだよ。なんとなくでいいんだ」
チャッカンファイアーを拾い上げて軽く気を流し込むと、窪みから炎が放出されてゆらゆらと揺れた。
「これはライター?」
「それで焼いたり茹でたりできるだろ。『あのお方』がライターとかいうものを真似て作ったんだ。懐かしいなぁ『あのお方』と一緒だった時は楽しかったなぁ……今頃何をしてるんだろうなぁ」
頬を赤らめ手を添えている長老。
「長老?」
ニヤニヤしていた長老は一瞬でいつもの表情に戻った。
「オッ、オホン。それじゃあ行ってきな。せめて5年以内に戻ってきなよ。ミヅキだっていつまでも独り身じゃないんだからね」
え、えっと……なんて返せばいいのだろう。
「そ、それじゃあ行ってきます」
帰ってきた時に長老から「君に任せるよ」と言ってもらえるように努力しないと。
感動的な感情が7割、不安が2割。ゲームの世界に旅立つワクワク感のようなものが1割。異世界っていうくらいだから獣を倒せば経験値がもらえてレベルアップしたりして……
いろいろな感情を胸に抱えて旅立つのであった。
▽ ▼ ▽ ▼
……朔也が街を出た頃のジンでは……
「長老……」
「ああ、ミヅキか。彼は行ったよ」
涙ぐむミヅキ。
「仕方ないですね。サクヤさんはこのままここに居ていい人間じゃない」
「ミヅキちゃん、傷は大丈夫かい」
「やめて下さい長老。大好きなサクヤさんの前で嘘をついたと思うと胸が苦しいんです」
「まったく私が助けたって事にするなら先に言っておいてよ、彼が急にお礼を言ってきた時はなんのことかと思ったよまったく」
「うふふ、ごめんなさい。彼が強くなって戻ってきた時、今度は逃さないんだからー」
「ミヅキちゃんもまだまだなんだよ。せめて私の攻撃に10秒は耐えて欲しいものね」
「朔弥さん、早く強くなってわたしたちの仲間になってくださいね」
真円を描くきれいな月、こぼれおちんばかりの星空の中で長老とミヅキがこんな話しをしていることを知る由もなかった。
△ ▲ △ ▲
「獣が寄り付かない路か……この上を歩けば安心だな」
そう思っていても何の気配もない真っ暗な道を歩いていると、『僕は何をしているんだろう』という不安が沸々と生まれてくる。そんな揺れる想いを振り払うように空を見上げた。
「いやいやいや、ミヅキのために頑張って強くならないと」
両手で頬を叩く。普通に学校に通っていたらこんな思いはしないだろう。どうしても頭の片隅に光輝や結衣たちとつるんだ思い出、小さい頃に一緒に遊んだ雫との思い出が
さっきまで獣を倒してレベルアップするぞーと息巻いていた自分が何だか恥ずかしい。
「これからどうしようかなー。そういえば長老がバッグに色々と入ってるって言ってたっけ」
バッグに入れられているのは当面の食料である干し肉や傷薬。異次元に入れられた荷物を取り出すには欲しいものを意識して手を突っ込めって言ってたな。
テントが欲しいなぁと思えばテントが吸い付く。どういう仕組みかバッグの口より大きな物が取り出せる。
思わず半月形のポケットから巨大なものから小さな物まで不思議アイテムを取り出せる『耳をかじられた狸のようなロボット』が頭に浮かんだ。
出てきたテントはレトロなワンポールタイプ。中央にポールを突き立てるだけで完成した。
寝ている間に獣に襲われたりしないかな……盗賊とか出ないかな……と不安になる。しかし外からはビクともしない強固なつくり。石を投げつけようが叩こうが傷一つつかなかった。
「せっかくなら食べ物でも出てくれば良いのにー」
バッグから出てきたのは小ぶりなリンゴ。食べ物を念じたらなんでリンゴが出てきたのかは不思議だが一口
ちょっと待てよ……空腹で考えなしに食べてしまったけどいつから入っていたんだ……賞味期限は?消費期限は?……。
そんな不安を消し去るほどの甘い匂い。一気に食べきってしまった。
「う、うまい……」
空腹は最大の調味料とはいえそれを差し引いてもとんでもなく美味しい。
「明日からの食事くらいは自分でなんとかしたいな」
中央に突き立てられたポールを撫でながらいろいろと考えた。
「あのウルフレッドとか言う狼は強そうだから……鶏とか豚とか牛とかがその変を歩いていないかなぁ。川があったら魚をゲットするって手もあるな……とりあえず火があるのだけは助かるな」
想像するとできそうな気になってくる。何よりも捌かないで食肉を確保できる事実が食材確保へのハードルを下げてくれた。
「あとは武器か……」
精神武器を取り出すと出てくるのはハナの針。何度やっても同じ状況。
「異世界転移っていったら剣でしょー」
思わず叫んだ。頭から聞こえる『シャー』という鳴き声、その声色は明らかに怒っている。
──手の中で何かが広がってきた。棒のように伸びていったかと思うと剣へと変化した。
「うわぁ」
思わず剣を放り投げてしまう。突き立つポール当たって跳ね返る。鉄同士がぶつかり合って発した高音がテント内で反響して頭の中を痛めつけた。
「なんだこれ……」
転がった剣を拾い上げた。
見れば見るほどゲームの世界でありそうな鉄の剣、しっかりとした持ち心地、折り曲げても剣先を支点に足で折ろうとしてもびくともしない。
「よし!」
上がったテンションに従ってテントを飛び出して素振りを始めた。
あまりのへっぴり腰に自分でも笑ってしまう。
「熟練度1だなこりゃ……レベルは1かな」
「明日から経験値を稼いでレベルアップだー」と楽しい空想を心に叫び
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます