第4話 無意識から出た技、重い一言

「うぐっ」

 片膝を付いて腹を抑えるミヅキ。真っ赤な血液が滲んでいた。


 頭はパニック。ミヅキを治療しないと……いやいや先ずは狼を追い払わないと……早くしないと死んじゃう……。


『グルルルル』


 爆風で叩きつけられていたウルフレッド。体をブルっと震わせ❙土埃つちぼこりをまき散らす。ターゲットに狙いを定めると躊躇なくミヅキへ飛びかかった。


 避ける術の無いミヅキ、腹を押さえたまま動けない。


 出来ることは……出来ることはないのか……刹那、記憶の引き出しを開けまくり最適解を探し出す。まるでスローモーションの世界を生きているように。


『グギャァァ』


 ドサリと地面に落ちたウルフレッド、腹に小さな風穴空けて絶命した。右手が硬貨ギラはじいていた。


「フリックバレット……か」


 手に馴染むこの感覚。記憶の片隅にあった『遠くの物を取る手段』『攻撃手段』という引き出しを見つけた。

 しかし口をついた『フリックバレット』というものがなんなのか分からない。いや、今はそんなことを気にしている余裕はない。


「さ、朔弥……逃げて」


 うずくまって倒れているミヅキ。出血が増えている。

 こちらの事情などお構いなしにジワリジワリと近寄ってくるウルフレッド。

 必死だった。無意味なのは百も承知。ミヅキの前で大の字に立ち塞がった。


「ミヅキ、ごめんな」

  

 ドッカーン──巨大な爆発音が響いた。追いかけるように木々をざわめかせ飛び立つ鳥の音が耳に入る。


 2匹のウルフレッドは粉砕していた。破片ひとつ残らないほどに。


 え、あれ? 一体何が……


「朔弥さん、次が来ますからその前にこの場から離れましょう」


 腹を抑えてはいるが走れるミヅキの容体に安堵、命からがら森を出ることができた。


「はぁ、はぁ、黄土色の路ここまで来れば大丈夫よ」

「無事で良かった。たくさん血を流していたから……本当に無事でよかった」


 守れなかった悔しさ。無力な僕が情けない。

 

「長老に助けられたわね」


 腹をさするミヅキ、既に出血は治まっていた。


「さっきの爆発?」

「ええ。さすが長老の魔法よ……これで依頼も達成できたし帰りましょう」


 言葉が出てこない。静寂の時間と共にジンへと戻った。

 様々な感情が入り混じる。美しく豊かな自然も目に入らない。異世界と言う期待に胸を膨らませていた行きとは見える景色がまったく違う。


 見かねたのかミヅキはそっと手をつないだ。


「朔弥さん、わたし長老へのお礼と傷薬を買いに行ってくるから先にギルドで討伐報告をしておいてください」


 笑顔でミヅキは走り出した。張りつめた空気が幾分か抜けだす……ただただ彼女の姿が見えなくなるまで後姿を見つめていた。


「大丈夫そうかな……」


 ギルドに向かおうとしたその時だった。


「サクヤと言ったかしら、ちょっとこっちへ来てちょうだい」


 声をかけてきたのは❙リリス《長老》。


「はい。あっ、さっきはありがとうございます……おかげで助かりました」


 深々と頭を下げた。


「えっと……とにかくついてきなさい」


 言われるがままついていく。人気のないところに向かっている……。

 普段なら長老とはいえこんな可愛い子に声に呼び止められたらドキドキしてしまうが今はそんな心の余裕はない。ただただ胸にくすぶる不安に抗うだけ。


「君、この街を出なさい」

 

 長老から出たのは信じられない言葉。思わず耳を疑ってしまう。


 衝撃……思わず「はい?」と聞き返してしまった。


「この街を出なさいって言ったの。教えておくけどミヅキちゃんはウタハの聖人だったのよ」

「聖人ですか」 ──何のことだか分からない。が、聞き返せない。


「記憶を無くしてここにたどり着いたということはよっぽどのことがあったのでしょう。そんなミヅキには平穏をあげたいの」


 長老の言っていることは分かる。この気持ちはどうする……ミヅキの気持ちは……いや、この気持ちなんてどうでもいい。ミヅキが幸せに暮らせるなら……でも一緒にいたほうが……いやミヅキを見てきた長老が言うならそうなんだろう。


「はい……」

「ミヅキちゃんは頑張っちゃうからね、君とどんな繋がりがあるのかは知らないけど君のために無理しちゃうのね、さっき大きな怪我をしたでしょう。気丈にふるまってはいるけど死んでいてもおかしくない傷よ」


 ミヅキの怪我……あの状況で長老が助けてくれなかったら……思い返すだけで震えが止まらない。


「わ、分かりました。今夜ここを発ちます」

「物分りが良くて助かるよ。この街ジンの北にシャンプって街があるからそこのギルドにこれを渡すといいわ」


 1通の手紙を渡された。


「助けてくれてありがとうございました。色々な経験を積んで長老のように強くなって戻ってきます」


 深くお辞儀をした。


「朔弥さーん、ちょうろーう」


 手をフリフリ走ってくるミヅキ。


「ミヅキちゃん、彼に呼び止められてね、ちょうど礼を言われてたところだ」

「長老、ありがとうございました。二度とこんなことが無いように朔弥と特訓してこの街の平和を守ります。ねっ朔弥も一緒に頑張ろう」


 力強くガッツポーズするミヅキ。


「う、うん」

「ほらほら元気元気、そんな小さい声じゃ特訓に耐えられないぞー」


 にこやかなミヅキの笑顔に罪悪感しか無い。


「ミヅキちゃん、街のことは兵士たちに任せて好きなことをしていいのよ」

「わたしは憧れの長老のような強さを身に着けてこの街を守りたいんです」


 ミヅキの笑顔が眩しかった。



■ ■ ■


 空を見上げると月が真上から優しく周囲を照らしている、澄んだ空気、零れんばかりの星空の元を見上げ、受け取った報酬で何か出来ないか考えながら家路についた。


「無事に帰れて良かった。ミヅキも無事で本当に良かったよ」

「そうですね。街を離れれば人を襲う獣が沢山います。そういう恐怖からこの街の人々を救うためにもっと強くならなきゃ。一緒に強くなりましょうね」


「……そうだね。僕ももっと強くならなくちゃ」


 今夜街を出る決意が恐怖と不安に占拠されていく。


「大丈夫よ。先ずはウルフレッドと1対1で勝てること、一緒にがんばりましょう」


 一緒に居られないというモヤモヤ。後ろめたさから『一緒』というキーワードから早く離れたいという気持ちでいっぱいになる。


「そういえば、倒したウルフレッドの体ってどこにいったの?……なんか肉が燃えていただけに見えたんだけど」


 考え始めるミヅキ。ポンと手を叩く。


「もしかしたら朔也さんの世界と違うのかもしれません。倒した獣は欲しいと思っている素材に変化するんです……うーん、核を持っているとでも言うんでしょうか……霧散して再構築されるとか……ごめんなさい。わたしも詳しくは分からないんです」


 獣を倒すと素材が手に入る……まるでゲームの世界。まぁ旅の途中で食料を確保するときに肉をさばかなくて良いって考えるとありがたいのか。


「そうだ! 今日は依頼達成のお祝いをしようよ。何もしていない僕が報酬をもらっちゃったからね、何かお祝いっぽいものを買ってくるよ」


 そさくさと立ち上がって家を出た。大した荷物も無いのでバッグひとつで外へ向かう……「いてっ」、何もないところでつまずいてしまった。いくら平穏を装っていても心は大きくざわついている。


「大丈夫ですか? あまり買いすぎると明日の特訓に響きますので注意してくださいね」


 彼女の言葉に後ろ髪を引かれる。こみ上げる感情を抑えながら街の外へと走った。


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