第3話 ハナちゃん

 目的地はジンから南にのびた街道を大きく外れた広大な森。そこに群れを作って生息しているウルフレッドが討伐対象である。


「ウルフレッドとかいう魔物が人を襲うの?」


 ラノベやゲームで良くある設定。俗にいうお遣いクエストとでも言うのだろうか。 


「魔物ですか? 昔は居たみたいですが今は絶滅したって聞いてます。達成報告にはウルフレッドの毛が必要です。しなやかさと柔らかさを備えた最高の糸になるんですよ」


 ホントだ。確かに小さく書いてある。どうやら素材集めが本当の依頼のようだ。

 ゲームなら初期の初期にありそうな設計。もしかしたらミヅキの右腕としてこの世界を救うために呼ばれたのかもしれない。


「そうなんだ。てっきり人々を襲う魔物を倒してくれって依頼かと思った」

「それは心配ないです。このみちを通る限りは獣が襲ってくることはありません」


 ハテナしか浮かばない……「道にそんな力が?」


「なんと答えたらよいのか分かりませんがそういうものなので……でも考えてみたら不思議ですよね」

「この黄土色の道にそんな力があるなんて……」

「あ、でも過信したらダメですよ。なんでもかんでもって訳じゃあないので」


 不思議な世界だ。道が黄土色ってだけでも現実的ではないのに獣を寄せ付けないなんて……やっぱり異世界なんだなぁ。


「それで僕は何をしたらいい? 戦いとかやったことないけど……」


 ウルフレッドから連想される獣は『狼』。目的地が近づくにつれて『狼』と対峙する恐怖が沸いてきた。


「ウルフレッドはとても素早い四足歩行の獣です。鋭い牙と爪が武器なのでくれぐれも気をつけてください。毒は持っていないので多少の傷なら問題ありません」


 い、いや……気をつけろってどうやって気をつければ良いんだ……心ではそう思っていたが、「おっけー。気をつけるよ」としか答えられなかった。


「ところで朔也さんの武器は何ですか?」


 ミヅキは胸の前に両手を持っていくと、美しいナックルが装着された。

 無意識に胸の前に手が動く。掴むように握ったが、これといって何も出てこない。


「何も出ませんね……。もしかしてパライソの実を食べてないからかしら。でも『異世界から来た』って人はパライソの実を食べていなくても精神武器を出していたし…… (ボソボソ)」


 ミヅキに悪気が無いのは分かるが責められているように感じてしまう。そんな心境が胸の前にある拳を強く、強く握りしめさせた。


「イテー!」


 思わず手を開く。指には針が突き刺さっていた。

 覗き込むミヅキ。彼女から漂うふんわりとした甘い香りに顔が熱くなってしまう。


「針ですね?」

「針だね」


 とぼけた思考を振り払い、手の平に目を向けると1センチ程の針が刺さっていた。


『ピピピッピピー』


 小さく可愛い鳴き声が頭から聞こえた。肩を素早く降りて腕を下って手の平に乗った小さなハリネズミ。

「あ、これの針と同じだ……」

 ハリネズミの背に生えている針と手に刺さっている針の形が一致していた。


「キャー、可愛い~~」


 ピーピー鳴いているハリネズミをすくい取ろうとミヅキが手を伸ばす。しかしその手はハリネズミを通り抜けけてしまう。と同時に腕を駆けがって髪の中に隠れてしまった。


「まさか僕の武器はハリネズミの針なのか……」


 手の中に残る一本の小さな針を見て愕然とする。そんなことはお構いなしにミヅキはピョンピョン跳ねて、「朔弥さん、さっきの可愛い動物は何ていうんですか? 名前は? 飼ってるんですか?」と質問攻め。


「良く分からないんだ。もしかしたらこの場所に飛ばされる時に神様からもらったペットなんじゃないかと思っているんだけど」

「神様からもらった武器って凄いですね! あっ、でも可愛そうだからあの生き物を投擲とうてきするのは止めてくださいね」


「い、いや……そんなこと考えもしなかったよ」

「じゃあ、名前を付けましょう名前。ほら、飼い主なんだからかわいい名前をつけてあげないと」


 うーん、いきなり名前って言ってもな~。ハリネズミのハリちゃん……直球すぎか。ハリとミヅキか……うーん、そうだ!『ハナミヅキ』。それなら……


「この子は、ハナちゃんだ。ハナちゃんに決めた」


 拳を天に突き上げる。頭から「ピーピー」とハナの鳴き声が響いた。


「可愛い名前ですね。ハナちゃんも喜んでいるみたい」

「でも、僕はどう戦おう。武器は何もないけど……」

「シッ」


 遠くに見えてきたウルフレッド。それは青みがかかった狼そのものだった。


「ヒッ」と後ずさってしまう。ミヅキに口を塞がれた。

 

 いつの間にかウルフレッドの縄張りに入っていたようだ。


「朔弥さん、ちょうど風下で良かったです。これなら奇襲ができそう……」


 ミヅキに頭を抑えられて低い姿勢になった。気配を殺してゆっくり近寄っていくミヅキの後ろを付いていく。


「あの獣は強いの?」

「討伐依頼だとあの位が最低ランクでしょうか。わたしも強いわけじゃないので1匹づつじゃないと倒せません。朔弥さんはどんな感じなのか見ていて下さい……大丈夫そうだったら2匹目から一緒に戦いましょう」


 討伐対象のウルフレッド。戦いの火蓋が切って落とされた。



「作戦は?」

「朔弥さん、これを使うんです」


 ミヅキが取り出したのは銅色の通貨ギラ。木陰からの投擲とうてき

 うまい! 気配を悟られずに風上に投げた。


 ファサッ──。音を立てて落下したギラに反応したウルフレッドは一気に飛びかかった。寸分の狂いもなく❙獲物ギラを狙う。

 瞬間。ミヅキが地面を蹴って一気に間合いを詰めた。

 ウルフレッドは頭だけ向けるが宙空で態勢を立て直すことが出来ずミヅキの拳が顔面に炸裂!


「フレイムナックール」


 拳を中心に一瞬で燃え広がった炎によってウルフレッドが消失。ボフンと煙を出して肉と皮へと変わった。焦げた皮、香ばしい匂いを発する肉塊。


「朔弥さんやりましたー。素材は燃えちゃいましたけど……。獣に炎はダメっていうのを忘れてました」


 ペロリと舌を出すミヅキ。


「すごいな」


 木陰に隠れて草を握りしめていただけだったことが恥ずかしい。

 薄くなった恐怖心、初体験の興奮にテンションが上がる。と同時に根拠のない自信が湧いてきた。


 もしかして獣って弱いんじゃ……もしかしてひとりでも倒せちゃうんじゃないか……。


「えへへ、ありがとうございます。あと2匹、この調子で倒しちゃいましょう」


 幼馴染の刀に比べたらのろいもんだ。ミヅキみたいに拳でもいけちゃうんじゃないか……って……そういえば雫の刀なんか受けたことはない。

 危ないからダメって対峙したことも無かったはず……おかしいぞ、ふと出てくる言葉と記憶の差異はなんなんだ。


「うふふ、そんな不安そうにしなくても大丈夫ですよ。ウルフレッドは今のようにわたしが一匹づつ倒しますから。その代わり明日から特訓ですからねー」


 鬼教官のような仕草のミヅキ、ニコニコしながら「えへへー、頑張りましょう」と和ませてくれた。

 

 ガサッガサッ


 茂みをかき分け出てきたのは3匹のウルフレッド。涎を垂らしながらふたりを囲う。その目は鋭くひどく警戒していた。


「ウルフレッドを倒すと仲間が駆けつけるんでした。1匹づつだったらなんとかなるけど3匹じゃあ……そうだ! わたしが囮になるから逃げて下さい」


 彼女の言葉にカーっと頭に血がのぼる。


「そんなこと出来るわけ無いでしょ。軽はずみに受けてしまった僕の依頼せいでこんなことになってるんだよ」

 足元に落ちている太目の枝を拾い上げて構えた。


「分かりました。やるだけやってすきをみて逃げましょう」

「どこまで出来るか分からないけど僕も戦うよ」


 さっきまでの自信が嘘のように消失していた。足の震えを我慢するので精一杯。

 唯一の希望は転移の時に神様が何らかの力を与えてくれてるだろうという根拠のない要素だけ。


「ファイアーナックル」

 ミヅキの拳から放たれた火球がウルフレッドに向かった。

 素早い動きで火球は避けられる。が、脇に生えた木に着弾と同時に爆発、強い爆風がウルフレッドを吹き飛ばした。


「ミヅキ、上」


 爆発音と同時に2匹のウルフレッドがミヅキに飛びかかっていた。

 硬直状態のミヅキ。辛うじて1匹目の牙を紙一重で避けたが、もう一匹の爪がミヅキの腹をとらえた。


 片膝をつくミヅキ。腹からは真っ赤な血液が滲み出していた。




R05.11.19 修正

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