第2話 無意識の記憶
「「ズズズッ」」
6畳ほどの和室に3人、穏やかな空気の中長老のお茶をすする音が響いていた。
目の前に置かれたお茶は日本と同じ、ふと故郷を思い出す。
「ありがとうニコ、こっちは良いから兵士たちの訓練をお願い」
ニコと呼ばれた
「はい長老、どうぞみなさん」
無表情。部屋を出たニコの大きなため息が遠くに聞こえた。
「相変わらず不愛想ね。聖人らしくしてほしいものだわ」
リリスは小さくこぼして一息、再び口を開いた。
「あなたに不思議なものを感じるわ……それを具現化するために『実』を食べてみるといいわ」
「なるほど! パライソの実ですね」
リリスの言葉にミヅキが嬉しそうに声を上げた。
「パライソの実?」
「ミヅキちゃんは珍しいヘーラーの加護を受けているの。もっと真面目に取り組めば世界だって狙えるのに」
「やめて下さいよ長老。わたしはここで平穏に暮らしたいんです」
パライソの実……どこかで聞いたことのある言葉。リアルで聞いたの……しかしいくら探っても記憶の中に無い。
「もしかしたら珍しい加護がつくかもしれないわね。ゼウスとか……シェッセルのウィルとウッドバーレンのメルギンスが有名だったわね」
ウィル? 嫌味と切なさを感じるモヤモヤした名前……異世界人に知り合いなんているわけがない。さっきから頭に浮かび既知感が気持ち悪い。
初めてのきたはずなのに無意識に引っ張り出される記憶はなんなんだ。
「そうそう。ミヅキちゃんシェッセルの
「神子は盤石じゃないんですか? 失脚するなんて考えられません」
「
「神子様の世界も色々とあるんですねー」
分からない世界。いったい何のためにこの世界に来たんだ……夢ってわけじゃあなさそうだし。
❙
「ほらほら、いつまでもこんな所にいないでさっさとギルドに行きなさい」
「そういえばまだ長老に彼を紹介していませんでした。彼は朔弥さんって言います」
「朔弥です。よろしくお願いします」
ペコリとお辞儀をする。一瞬だけ長老の表情が曇った。
「あなたの名前……まぁいいわ。必要な時になんとかしましょう」
「朔弥さん、こう見えて長老はこの国が出来るずっと前からこの容姿だったそうですよ。わたしたちよりずっとずーっと長生きなんです」
「えっと……」
街はあきらかに100年以上経っているようだった。窓から見える風景と長老の顔を見比べる。言ってやったと満足気な表情のミヅキ。
「ミーヅーキーちゃーん、今、余計なことを言ったわよね」
長老が光球を浮かび上がらせた。バチバチくるヤバいやつだ。
「ごめんなさーい」
ミヅキに手を引かれるまま長老宅を後にした。
この感覚が懐かしい。
そうだ!!
「と、言うことは僕も行方不明点…か?」
「どうしました朔也さん」
「いや……なんでもない……」
みんなの後を追うようにここに来たってことなのか……それならみんなもこの世界にきっといるはず。
待ってろよみんな。いつかみんなを探し出してみせる!
「そのためにはこの世界のことをしっかりと知らなくては」
小さく呟いた。ミヅキに引かれる手の温もり。払拭されていく不安がやる気に変換されていった。
▶ ▷ ▷ ▷ ▷
「なにー、ギルドカードを持ってるだと!!」
男は大声で叫んだ。これでもかというほど身を乗り出して……って顔が近いよ。
なぜかポケットに入っていたギルドカード。何気なく取り出したらこんな反応をされたのである。
転移した時に神様がくれた送り物なのであろうか……いろいろと考えを巡らせるとフッと頭の中にある引き出しが開かれた
「こう使うんだっけ」
テーブルに置かれていた依頼用紙にカードをかざす。
『ID:0009087396、ランク:白、討伐依頼、対象:ウルフレッド3匹』
カウンターの裏から音声が流れてきた。
「使い方までしってるのか!!」
驚きおののく店主。依頼用紙を拾い上げると、どや顔になって口を開いた。
「凄いと言えば
「ユランダ・メシアでしたっけ」
「ああ、異世界教とかなんとかって……まー俺達には関係ないけどな」
……………… (ブツブツ)
「あのー、オッケさーん? 戻ってきてくださーい」
「おお、すまんすまん。ミヅキちゃんの時もそうだったけど知らない間にギルドカードを持ってるって何だろうな。彼に至っては使い方まで知ってやがるし」
「自分でも解りません……」
本当に何でだろう……それにミヅキもカードを持ってただなんて 彼女もまた転移者なのかもしれない。
「朔弥さん、せっかく討伐依頼を受けたんですから一緒に達成しましょう」
肘を突いてくるミヅキ。依頼を受けた? そっかぁぁぁ、何も考えないでギルドカードを使ってしまったぁぁ。
「あ、あのーキャンセルは出来ませんか? いきなり討伐依頼はちょっと……」
「キャンセルは出来るがキャンセル料はかかるぞ」
所持金を確かめた……なぜか脳内で残高が分かることを知っている。やっぱり過去にこの世界へ来たことがあるのかもしれない。
一、十、百、千、万、十万、百万、千万……「えぇぇぇ!」
なんでこんなにお金を持ってるんだ。26億ギラってありえない……もしかしてここに表示されている10,000ギラが1円くらいの価値だったりするのか。
でも報酬は30,000ギラって書いてある……実質3円? 流石にないよなぁ。そもそもなんで通貨の単位がギラだってことを知っているんだ!
「あんちゃん、そんなに驚くほどのキャンセル料は取らないから安心しろ。報酬の10%だ」
キャンセル料は3,000ギラか。
桁を追うのが大変な程に残高もある。なぜだか今も増え続けている……一体どうなってるんだこれ。
「朔弥さん、来たばかりでお金もないでしょうから討伐依頼を受けましょう。わたしがやりますのでどんな感じか見ていて下さい」
ミヅキは両拳をぶつけて頑張るアピールをした。
「ミヅキちゃんパーティー登録しとくかい?」
「パーティー登録?」
「朔也さんの報酬にしたいからこのままで大丈夫です」
「あんちゃん、報酬を巡っての争いって良くあることなんだ。それを回避するためにパーティー登録ってのがあってな。登録しとくと自動的に設定したルールで分配されるんだよ」
確かに凄い機能だけどどういう仕組みなんだそれ。というか現実でこんなことができるなんてやっぱり異世界って凄い。
「ただな、素材までは分配されないからケンカするなよ。あくまで
「大丈夫です。わたしたちに限ってそんなことはありません」
「ミヅキちゃんがそう言うなら大丈夫だなっ。うん」
ニコニコするミズキにポンと叩かれた背中が心を軽くしてくれた。
R05.11.19 修正
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