異世界林檎と因果律の双子

ひより那

第1章 異世界転移!?

第1話 異世界転移?

 観客のいないコロシアム。辺りは静まり帰っていた。

 鉄格子越しに見える景色は信じられないものだった。


 一緒に旅をした三人……。ふたりは息絶え既に生気は無い。


「ウィル……アバンチ……なぜ……」


 一緒に旅をした三人……。ひとりは亡骸に向かって大きく笑っていた。


「メーン……なんで仲間を……」

 

 それに……あの優しかった幼馴染がなぜ……なぜこんなことになっているんだ!!。 

 雫の刀から滴り落ちる赤い液体……。一滴一滴と垂れるごとに頭がおかしくなる。


「教祖様、これが現実ですわ」


 一人の女性が歩いてきた。


 なぜ君が……

 今まで……一体何をしてきたんだ。

 光輝や結衣を助けるってのは……なんで雫がこんなことになっているんだ!。


 行く手を遮る邪魔な鉄格子を叩き、頭を掻きむしることしか出来ない。


「教祖様には退場していただきましょう。これまでのことを思い出せなくなったあなたが異世界ビシュミラーに堕ちたらどんな人生を歩むんでしょう。そしていつか私の元へ辿り着くのを楽しみにしていますわ…………」

 

 …………眠い。 〇。〇。


 急激に襲われる眠気……抗うことが出来ない。力が抜けていく……鉄格子を握る手が……ズリズリと下に落ちて…… 。〇。〇。〇。〇



 ◇ ◆ ◇


「ん……んー」


 眩しい……。はぁ、このぬくぬくしたベッド……気持ちいい。


「あっ! 学校!! って、今日は休みだったっけ……」


 肌を優しく包む布団が心地よい。どこからともなく漂ってくる美味しそうな匂いが鼻腔を刺激し心を奪う。


 普段とは違った日常に心が慌て布団を跳ね上げた。


「どこだ……ここ」


 知らない場所、知らない部屋。この感じはラノベの挿絵で見たきた風景だった。


 ──もしかして。


「異世界転移したのか!」


 最近、多くのラノベを読みふけり、ずっと行ってみたいと思っていた憧れの場所。


「あれ?なんで急にラノベなんか読み始めたんだっけ」


 ぼんやりとしか頭に浮かばない。誰かと友達になるためだったような気だけはするけど……。


「うーん、思い出せん」


 喉元まで出てくる。が、それ以上の記憶を引っ張り出すことが出来なかった。


『ギエーギエー』


 頭から聞こえた鳴き声。頭を触ると鋭いトゲが突き刺さり痛みと共に手を引いてしまった。

 動き回る何か。すばしっこく顔を走り首を走って手に降りてきた小さな生き物。


「ハ……ハリネズミ?」

 

 思わず目鼻口、穴という穴が大きく見開いた。


「異世界転移のおまけにペットまで付けてくれるなんて……もしかして神様に与えられた生物なんじゃ……それならきっと凄い能力があるんだろう」


 パタパタと近づいてくる足音。部屋に入ってきたのは女性だった。


「目が覚めましたか。家の前に倒れてたあなたを運んだんですよ」


 ──やっぱり異世界か。


 転移した先で女性に拾われるなんて良くあるパターン。どんな女性が助けてくれたんだろう。


「ミ……ミヅキ」


 初対面の女性。なぜだか頭にこの名が浮かんだ。


「ミ……ミヅキ……ミヅキなのか」


 女性は驚いた顔をした。


「確かに私はミヅキですけど……あなたは私の知り合いですか?」


 答えなんて出てこない。この顔この仕草に愛しさと懐かしさを感じた。いくら記憶の糸を探っても知り合いという言葉が導き出せなかった。


「ごめん、知り合いだと思ったんだけど……思い出せないや」


 ミヅキは手を口に当てて「変ですねー」と笑った。その笑顔に釣られて笑ってしまう、ふたりは柔らかな笑顔をぶつかりあった。


「お腹空いていませんか? 朝食が出来たところなので一緒に食べましょう」


 向かい合っての食事。ご飯に味噌汁、焼き魚に煮物、良くある朝ごはん。当たり前の日常が心に沁み入る。


「美味しい!」

 

 箸が止まらない。ミヅキは両頬杖をついてニコニコしながら眺めていた。


「わたしもあなたのことを知っている気がしてきました。心の奥深くにあるこの温かい感じ……サクヤ……さん?」


 知らない二人がお互いに名前を当てる。驚きしかない。興奮してテーブルを叩いて立ち上がった。


「うん、そうだよ。僕は朔弥って言うんだ。お互いの名前を言い当てるなんて知らない所で出会ってるのかもしれないね」


 なんだか嬉しい。前世で恋人として過ごし来世で将来を誓い合ったふたりが現世で再会したようだ。


「そう……とても辛い場所であなたが温もりをくれた。そんな気がするの」


 話しによると、ミヅキも気がついたらこの場所に倒れていた。長老の好意でこの家に住むことを許されたんだとか……。もしかしたら彼女も転移者なのかも。


「じゃあ長老に滞在させてもらえる許可をお願いしてみようかな」

「それなら朔弥さんもここに住んだらどうでしょう……やっぱり女の一人暮らしって色々と心配で……」


 うつむいて頬を赤らめるミヅキ、可愛らしい笑顔に照れてしまう。 


 お誘いが嬉しい。この世界に来たばかりで不安が大きい。帰れないならこの世界のことをもっと知りたい。

 何よりこんなに可愛い娘と一緒に住めるなんて……異世界であればこそだ。


「ありがとう。それなら僕も何か仕事をしないとね」


 高校生には突然の境遇に仕事をしようだなんて思わないだろう。これがラノベ脳に冒された思考回路なのかもしれない。


「それならギルドに行ってみてはどうかしら。わたしもちょっとした依頼なら頼まれるんですよ。でも、畑で食べ物を育てているほうが好きなんですけどね」


 ミヅキの家は街外れの自然に囲まれた木造住宅が立ち並ぶ一角にあった。

 遠くに見える市街地はラノベで見る異世界を彷彿させるヨーロピアンな町並み。ワクワクする気持ちを抑えつつ雑談をしながら長老の家に向かった。


 道中、ミヅキはこの世界のことをいろいろ教えてくれた。


──

 この場所はバスリング王国という島の最南端に位置する都市ジン。

 この街に住む長老は世界に4つある聖堂のひとつ、マタイ聖堂の神子みこで、世界の災厄を救った伝説の英雄パーティーを担った一人。世界を滅ぼすほどの力をもつ彼女たちは戦に関わらない『戦わずの誓い』を立てているという。

──


「あそこが長老の家です」


 30メートルはあるだろうか、神殿の柱を大きくしたような円柱状の建物が奥に見える。その建物の手前にある木造住宅の平屋。


 ……あの神殿、どこかで見たことがあるような……。うーん……いや、アニメかなんかで見ただけだろう。


「ミヅキちゃんいらっしゃい。あら? その人は誰かしら」


 建物から出てきたのは金色のロングヘアーなキレイな女性。150センチ程度しかない身長と顔立ちは成人しているように見えない……ほんとうに長老なのか?


「君ねぇ、顔に出てるわよ。こんな姿じゃあ長老になっちゃいけないかしら」


 手の平から浮かび上がる光球。ビリビリくる波動……本能がこれはヤバいと警報を鳴らしまくる。


「長老、この人はわたしの家の前で倒れてたんです。やっと目を覚ましたので挨拶にきました。できれば一緒に住もうかと思っているのですが……」

「ふふふ、冗談よ。わざわざ挨拶とは殊勝ね。って、あなた……何か特別な力を持っているわね」

「え、僕がですか?」


 異世界転移といえば最強の能力を得られるのがお約束。きっと内に秘めた凄い能力が眠っているのだろう。


「あまり人と親密になりたがらないミヅキちゃんを惹き付けるなんて凄い能力だわ。ふふふ、一緒に住むのは構わないわ、好きにしなさい」


 特別な能力ってそういうことかぁ……てっきり強大な力でも眠っているのを見抜いたのかと思ったのに。


 一気に肩の力が抜けた。


 転移早々可愛い女の子と出会い一緒に住むことになるという幸運。そんな幸先のいいスタートを切った異世界生活が始まったのだった。




2023.11.18 修正

2023.09.30 公開

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