14.任務完了です!!

「咲……」


 トオルはクラスで孤立する咲の元へ行き小さく声をかけた。

 天才美少女とその幼馴染み。

 様々な噂がここ数日で飛び交うようになったふたりの接触にクラス中が注目する。



「私、私……」


 何が一体どうなってしまったのか理解できない。

 仲の良かった香織ですら、最近はカースト上位の女の子達に誘われ一緒にご飯を食べている。これまでの人生で経験のない疎外感。孤立。

『トオル君だけいればいい』と思っていた咲だが、その初めて経験する辛い現実に心がすり減ってしまっていた。



「咲っ!!」


 クラス中からの冷たい視線に耐えきれなくなった咲が泣きそうな顔をして教室から出て行く。急ぎ追いかけようとしたトオルの前に、数名の女子が立ちはだかる。



「何だよ!」


 大きな声で言うトオルに、そのカースト上位の女が腕を組みながら言う。



「ねえ、話しようよ。北川」


「俺は今それどころじゃ……」


 そう言いかけたトオルの目に、その女子たちの間からひとりの女の子が出てくるのが映った。黒髪のポニーテール。文化祭で一緒に劇を行った一宮有希であった。カーストの女が言う。


「有希がさ、北川と話がしたいってよ」


 教室の出入り口は完全に彼女らによって塞がれてしまっていることにトオルは気付いた。



 結局その日、咲は体調不良を理由に早退した。

 教室の後ろ、咲のいなくなった席を時々振り返って見つめるトオル。一緒に居てあげたい。トオルはただそう思った。



(咲、咲に会いたい!!)


 学校が終わると、トオルは一直線に家へと向かった。カーストの女達が何やらわめいていたが、そんなことはどうでもいい。早く咲に会いたい。ただただトオルはそれだけを思っていた。




「咲っ!!」


 トオルは自分の家の入り口付近に隠れるようにして立っている咲に気付いて声をかけた。


「トオル君……」


 冬の夕方。

 冷たい風が吹きつけ、もう既に日は傾き東の空は薄暗くなってきている。



「ごめんなさい……」


「咲、俺……」


 何かを言おうとしたトオルの顔を咲が頭を上げて見つめる。



(涙……)


 トオルは目を真っ赤にして自分をじっと見つめる咲に自然と言葉を飲み込んだ。咲が涙を流しながら言う。



「私がね、私が悪いの。私がトオル君のね、悪口を……」


 咲は自分が行った『トオル孤立作戦』について素直に話した。

 悪口を掲示板やメールに書いて送ったこと。それによってトオルが孤立し、私が助けてあげることなど。トオルが言う。



「なぜ、そんなことを……」


 少し前、自分に向けられていた悪意ある視線にはもちろん気付いていた。その理由は分からないし、正直困惑していた。まさかその原因が咲だったとは夢にも思わなかった。



「うわーん、ごめんね、ごめんね……」


 泣き出す咲。ひとり立ち、両腕で涙を拭いながら言う。


「トオル君が大好きで、誰にも取られたくなくって、ひとりにして、私が優しくしてあげれば、ずっとずっと、私だけを好きになって……、ううっ……」


 まるで子供の様に泣きながら正直にそのすべてを話す咲。



「私が間違ってたの。そんなやり方、私が間違って……、うえーん!!!」


「さ、咲……」


 トオルは自分の知らない所で起きていた様々な出来事に頭が混乱する。ただ最も混乱している目の前の女の子を何とかしようと思い、手を差し出そうとする。



「こんな女、大嫌いだよね。ごめんね、ごめんね……」


 咲はそう言うと目を押さえながら走って自分の家へと消えて行った。



「咲……」


 トオルは冷たい風の中、ひとり彼女の大きな屋敷を見つめた。





 それから二日ほど、咲は学校を休んだ。

 理由は体調不良とのことだが、精神的に参ってしまっているのはトオルには手に取るように分かった。毎日咲の家の前に行き様子をうかがう。メールやメッセージは数え切れないほど送ったが返答はなし。既読にもならない。


 そして三日目の朝、教室で座っていたトオルの目にようやくその人物の姿が映った。



(咲……)


 青白い顔をした咲がひとり、久しぶりに教室に現れた。

 まるで腫れ物を触るかのように距離を取るクラスメート。ある者は指を差して何やら話し、ある者は小声でくすくすと笑い始める。咲は教室の後ろをゆっくりと歩きながら自分の席へと向かう。



 ガタン!!


 トオルは勢い良く立ち上がると、真っすぐ咲を見つめながらその前に立った。




「トオル、くん……」


 消え入りそうな声。

 天才で誰もがひと目置くあの宮崎咲の面影は今はない。トオルは咲に対し直角に頭を下げて教室に響くような大きな声で言った。



「ごめん、咲っ!!!!!」



(え?)


 突然謝られた咲が驚きトオルの顔を見つめる。トオルが続ける。



「本当にすまなかった。お前を、こと!!!」


 そう言って再び頭を下げる。

 その衝撃的な言葉に、静まり返っていた教室がざわざわと騒がしくなる。意味が分からない咲が小さな声で言う。


「ト、トオル君、一体何を……」


 トオルがそれをかき消すような大声で咲に言う。



「俺、男なのに、お前に手をあげて、幼馴染みだからって変な勘違いして。殴っちまって、本当に悪かった!!!!」


 呆然とする咲にトオルが言う。



「本当に俺が馬鹿だった。謝る!! だから、だから咲、お前は悪くないんだ……」


 咲の目に涙が溜まる。トオルが言う。



「もう何も悩まなくていい。元気に、元気になってくれ!!!」


 トオルはそう言うと再び大きく頭を下げ、走って教室を出て行った。



「トオル君……」


 咲は目から涙を流し、その後姿を見つめる。



「咲……」


 友人だった香織が先の前にやって来る。


「ごめん、私、ちょっと咲のこと疑ってた。ごめんね……」


 それを皮切りに教室の雰囲気が再び変わり始める。



『宮崎咲は北川に殴られた。悪いのは北川トオル』


 もともと支持者が多かった咲。

 その明かされた事実によって、半分無理やり咲と距離を取らされていたクラスメートが彼女の元へと帰って来る。



(トオル君……)


 咲は自分の席に着き、集まってくるみんなを感じながらもその『幼馴染み』を想い涙が止まらなかった。






「トオル君っ!!」


 咲は下校途中、スマホで連絡していたトオルと合流した。

 咲に公開懺悔をしたトオル。あれから教室での風当たりは再びトオルに対して厳しくなっていたが、そんなことは全く意に介せずにトオルは過ごした。



「咲……」


 トオルは自分の方へ走ってくるその幼馴染みを見て思う。


(元気になって良かった……)


 子供のころから自分だけに見せてくれる特別な顔。嬉しそうにするトオルに咲が頭を下げて謝る。



「ごめんなさい。トオル君。私の為に……」


 頭を下げる咲。トオルが自分を庇ってあんな嘘を皆の前でついたことを理解していた。トオルが言う。


「俺は咲が元気になってくれればそれでいい。心配したんだぞ」


 そう言って笑うトオルを見て再び咲の目に涙が溜まる。トオルが言う。



「しかし、なんでお前あんなことやったんだ?」


 一緒に歩き出したふたり。咲が涙を拭いながら答える。



「だって、トオル君のことが好きで、一緒に居たくて……」


 涙を流しながら頬が赤く染まる咲。嬉しさと感謝と恥ずかしさが同居する感覚。冷たく吹く風が火照った体に当たりちょうどいい。トオルが言う。



「そんなことしなくたって、お前、俺の『彼女』だろ? 浮気なんてしないぞ」



「……は?」


 咲が立ち止まってトオルを見つめる。



(い、今なんて言った!? って言ったの??)


 泣いていて、気が動転していて聞き間違えたのかも知れないけど、確かに『彼女』と言われた気がする。咲が尋ねる。



「ねえ、私たちって付き合ってるの……?」


 不安そうに尋ねる咲にトオルが答える。


「何言ってんだよ、今更。決まってるだろ」



(う、う、うええええええええええっ!!!!!????)


 咲は顔から火が噴き出すほど驚愕する。



(ええっ!? いつからいつから付き合ってんの、私達!? そんな記憶ないんだけどおおお!!!!)


「こ、告白とかしたっけ……? 私!?」


 全く覚えがない咲がトオルに尋ねる。トオルが恥ずかしそうに答える。



「告白って言うか、幼稚園の頃、『好きな男女はお付き合いする』って話になって、『じゃあ付き合おうか』って言ったじゃねえか」



「は?」


 咲が固まる。


(な、何それ!? じゃあ、ずっと、ずーーーっと、そんな小さい頃から付き合っていたの? 私達!?)


 初めて知る驚愕の事実に咲が唖然とする。トオルが残念そうな顔で言う。



「何だお前、忘れてたのか? もしかしてとは思ったけど、やっぱりそうか」


「そうだったの……?」


「そうだよ。クリスマスだって一緒に過ごしたいと思って話振っても、変なうんちくばっかだし」


 咲が赤面する。まさか自分からクリスマスの誘いを断るようなことしていたとは。咲が思う。



(ちょっと待って。ということは、これまで頑張って来た『幼馴染み攻略作戦』って、全部無意味だったってこと!?)


 トオルを落とすために頑張って来た作戦、実は最初から落ちていたとは天才の咲ですら想像もできなかった。咲が改めて尋ねる。



「私って、トオル君の彼女、なの?」


 トオルが答える。


「そうだよ。咲は俺の彼女。嫌か?」


 咲が首を横にブンブンと振る。



「私、なんかすごい勘違いをしていて……、本当にいいの? 私で」


 トオルが咲を見つめて言う。



「咲は最高の彼女だよ。可愛いし、お茶目だし、髪型変えた時は俺どきどきして真っすぐ見られなかったし、時々おっちょこちょいだけどそれも可愛いし、そう思ったら急に色っぽくなったりしてさ……」



(なんだ……)


「それに頭よくて勉強も教えてくれるだろ? ああ、そう言えばあの時、静谷と腕組んでいたろ、俺、本当に混乱しちゃって、訳分からなくって。でも、俺の股間触って慌てる咲見たり、美味しい飯作ってくれる咲を見るとやっぱ安心してさ。だからお前が倒れたって聞いたときは俺、本当に心臓が止まるかと思うほどびっくりして、病院へ行って……」



(なんだ、なんだ……)


 咲はトオルの話を聞きながらボロボロと涙を流す。



(私の作戦、全部、効いてたんじゃん……)


 トオルを落とすために頑張った作戦。

 無反応だと悲しんでいた咲だったが、実はそのすべてがしっかりと彼に届いていた。咲が涙を拭きながら尋ねる。



「トオル君、本当に私でいいの……?」


 トオルは先の両肩に手を置いて答える。


「お前意外に誰がいる? 俺はお前しか知らないし、これから知るつもりもない」



「トオル君……」


 咲はトオルに抱き着き、そして言った。



「大好きだよ、トオル君!! 本当に大好き、大好きだよぉ!!!」


「うん、ありがとう。咲」


 トオルは咲を抱きしめながら彼女の頭を優しく撫でる。



「今年のクリスマスは一緒に過ごそうな」



「!!」


 咲はトオルの顔を見つめ、固まる。そして溢れ出る涙。



「うん、うん、一緒だよ。クリスマスは一緒だよぉ」


 再びトオルの胸に顔を埋め涙する。トオルが咲を抱きしめながら言う。



「大好きだよ、咲」


「うん、私も、大好き……」


 冷たい風を吹き返すほど熱くなった咲とトオルが、強く強く抱きしめ合った。






 聖夜の夜。

 ふたりで食事に行く約束をしたこの日。

 咲は駅前で暗くなった空を見上げていた。茶色のコートに大きなマフラー。黒い長めの革靴は少し大人を意識したもの。


(夢が叶ったわ……)


 トオルと一緒に聖夜を過ごす。

 その咲の目的は無事叶うこととなった。



(あ、トオル君っ!!)


 約束の時間より少し前、トオルが咲を見つけて笑顔でやって来る。咲が思う。



(私は天才美少女の咲ちゃんよ! 立てた作戦は必ず全部実行するわ。だからそう、まだ唯一実行していない作戦、あのラブコメ採用率80%【※咲調べ】を超えるあの作戦。それを成功させてトオル君をメロメロにするんだから!!)


 咲は唯一実行できず失敗に終わった『例の作戦』を完璧に決めてやろうと、笑顔でやって来るトオルを見つめた。

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天才咲ちゃんは、幼馴染君を攻略したい!! サイトウ純蒼 @junso32

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