12.悪いことしちゃう?
ちゃぷん……
咲はトオルが入った湯船にひとり浸かる。
トオルからは『ごめん、お湯抜くの忘れてた』と言われたが、咲の脳裏には『なぜそんな勿体ないことをするの?』と言う疑問しかなかった。
(トオル君が浸かったお湯……)
その『トオルエキス』がしみ込んだお湯に、今自分が全裸で浸かっている。
(ああ、なにかトオル君に全身を弄られているような気持に……なって……)
咲は愛おしいトオルの残り湯を全身に感じながら恍惚の表情を浮かべる。将来一緒になればこんな幸せが毎日送られる。一緒に入ることだってできるはず。
「むふっ、むふふふふっ……」
湯船に顔を半分沈めた咲の不気味な笑い声が浴室に響く。
(咲のやつ、遅いな……)
咲に風呂を終え、リビングで寛いでいたトオルが時計を見る。軽く一時間以上はお風呂に入っている。心配になったトオルがちょっと様子を見に行こうと思って立ち上がった時、先にリビングのドアが開けられた。
「トオル君……」
お風呂上がりの咲。
ピンクのパジャマに、真っ赤な顔をしながら部屋に入って来た。
(そ、それは……)
トオルがその姿を見て息を飲んだ。
お風呂上がりで湯気が出ていそうな咲。石鹸のいい香りと、何よりいつもとは違うアップに上げられた髪が実に色っぽい。
「トオル君……」
なぜかうっとりとした表情の咲がリビングにあるソファーに腰かける。
(さ、咲……)
幼馴染みなのだが学校では絶対に見ることができない『私生活の咲』。普段見ないパジャマ姿に色っぽく上げられた髪。そしてちらりと見える胸の谷間にトオルがどきどきし始める。
「さ、咲……」
名前を口にする。
そしてようやく気が付いた。
(あれ? ちょっと顔が赤すぎないか……?)
湯上りだと考えても赤すぎる咲の顔。心配したトオルが咲の横に行き、額に手を当てる。
「ちょっとごめんな。……うん、熱いな。のぼせたか?」
トオルは真っ赤になった咲の顔に触れる。長湯ですっかり体が熱くなりすぎてしまったようだ。
「とりあえずここに横になって……、待ってろ」
トオルは咲をソファーに横に寝かすと、すぐにキッチンの方へと歩き出す。そして冷たい水をコップに注ぎ、咲の方へと戻って来る。
「はい、飲んで」
「えっ、トオル君……」
咲は頭が少しくらつくも、とても優しいトオルに胸がキュンキュンする。
ゴクゴク……
水を飲み、火照った顔を近くにあった雑誌で扇ぐ。
「大丈夫か?」
心配するトオルに咲が答える。
「うん、大丈夫。ありがと、トオル君」
咲が笑みでトオルに答える。トオルはそんな彼女を見て素直に『可愛い』と心から思った。
「もう、大丈夫か?」
しばらく時間が過ぎ、元気になった咲にトオルが尋ねる。
「うん、もう大丈夫。ごめんね、心配掛けちゃって」
咲が少し頭を下げてトオルに言う。
「いいよ、そんなこと。さ、じゃあ、そろそろ俺……」
そこまで言いかけた時、咲が大きな声でトオルに言う。
「ねえ、一緒にお菓子食べない?」
「お菓子?」
夜も更け、遅くなってしまったので帰ろうと思っていたトオルが聞き返す。
「うん、うちね、ママがスナック菓子が大好きでいっぱいあるの。ジュースもあるからさ、食べようよ!」
トオルが時計を見る。いつもなら寝てもおかしくない時間。咲が言う。
「明日休みだし、お互い今日って親がいないんでしょ? 夜更かししても平気だよ!」
少し考えたトオルが答える。
「そうだな。ちょっと悪いことしちゃうか」
「そうよ、そうよ。悪いことしちゃお!!」
咲は嬉しそうに立ち上がると、キッチンにある大量のお菓子とジュースを取りに行く。
(帰したくない。今日はトオル君を帰したくない……)
咲はトオルが帰ってしまいひとりになることを恐れた。
この広い家でひとり。暗い家の中でひとりと言うのは、今のこの幸せ過ぎる状況からは想像もしたくない事である。
「おお、すげえな!! こんなにたくさんあるのか!!」
テーブルに置かれた大量のお菓子を見てトオルが驚く。
「これ食べちゃっていいの? おばさんに怒られない?」
トオルが少し心配しながら咲に尋ねる。
「いいよ。食べちゃお!!」
きっと叱られる。
でもそんなことどうでも良かった。
(トオル君と一緒に居られるなら、私は何だって我慢できる……)
咲はグラスにふたり分のジュースを注ぐと、勢いよくスナック菓子の袋を開けた。
「きゃははっ!!」
楽しかった。
小さかった頃の話。あまり学校では話さないがクラスメートの話など。話題は尽きない。
「え、山田って江藤と付き合ってんの?」
「うん、そうなんだよ! 内緒だけどね」
咲がくっつけた友人香織と山田。ふたりはクリスマスの夜は一緒に過ごすらしい。咲が恥ずかしそうに尋ねる。
「ね、ねえ。トオル君はクリスマスは、どうするのかな……」
思い切って尋ねてみた。
咲の最大の目的、『トオルと一緒に聖夜を過ごす』の手応えを探るために。トオルが答える。
「クリスマスって別に考えてないけど、それよりお前、去年俺が『クリスマス』って言ったら聖夜について永遠と解説し始めたよな」
「あ」
咲が思い出す。
『クリスマスをトオルと過ごしたい』と思ってもいなかった昨年、確かにトオルがクリスマスのことを知りたいんだと考えた自分が、その云われや起源などを延々と説明したのを覚えている。
「あれは、その……、ごめん」
思い出し恥ずかしくなって謝る咲。
「いや、謝らなくてもいいって」
「うん……」
聞き辛くなってしまった。
『まだ機は熟していない』、咲は残り数週間後に迫ったその日に向けて、新たな作戦が必要だと感じた。
(寝ちゃった……)
朝方近くまで喋っていたふたり。
少し疲れて静かになったなと思った咲がトオルの方を見ると、ソファーにもたれ掛けるように眠っているのに気付いた。
(可愛い……)
すーすーと寝息を立てて眠るトオル。
咲は毛布を持ってきてトオルにかけると、自分はそのすぐ横に座って目を閉じた。
(幸せ。本当に幸せ。この幸せを誰にも邪魔させない。私の幸せ……)
うとうとしながら咲はあとひと一歩で落とせる幼馴染みを想いながら決意する。
(あの作戦を実行するわ。強力な作戦。ちょっとだけ痛いけど、大丈夫。私がずっと傍にいてあげるから。トオル君は私だけのものに、ね……)
そう思いながら咲の意識も自然と薄れていった。
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