9.なぜか作戦成功!?

「私が馬鹿だったわ。本当に馬鹿……」


 病院は日帰り入院だった咲。家に帰って来てから数日、両親は娘を気遣って休みを取ったり一緒に食事をしたりしてくれた。咲もトオルに触れ、心が元気になり自然と食欲も戻って来た。



(トオル君が好きなのに会わなきゃ私が寂しいなんて当たり前でしょ!! どうしてそんな簡単なことが分からなかったのかしら??)


『恋は盲目』とはよく言うが、咲の場合は盲目どころかそれはに近いものであった。



(さて、ご飯もいいけど、トオル君の場合勉強が心配よね……)


 先に行われた中間試験。

 トオルは幾つかの教科で赤点を取り、このままでは学期末試験も危ういとのこと。



(一緒に二年を終えて、また三年で一緒のクラスになり、そしてできれば一緒の大学に行きたい!!)


 天才で成績優秀な咲。

 なぜ彼女が一般レベル程度であるトオルと同じ高校に来たかと言えば、その理由はずばりその『北川トオル』であった。

 超進学校に推薦で行ける能力を有しながらあえて『トオルと同じ学校』を選んだ彼女。以前は大学だけは医大に行こうかと思っていたが今はどうでもいい。



 ――トオル君と同じ大学に行きたい。


 トオルと一緒にキャンパスライフを楽しみたい。咲の望みはただそれだけ。

 そんな理由で日本でも有数の優秀な頭脳がひとつ、無駄になりつつあった。やはり彼女にとって恋は『失明』なのかもしれない。





「トオル君ーーっ!!」


 再び朝の登校を一緒にするようになった咲。玄関の前で待つトオルの姿を見て笑顔で名前を呼ぶ。トオルが答える。



「おはよ、咲。行こっか」


「うん!」


 数日の休養を経てすっかり元気になった咲。食事も前よりもたくさん食べるようになった。心も『トオル』という栄養をとり文字通り心身ともに回復。歩きながら咲が言う。



「ねえ、今日さ、家で勉強しない?」


 咲は首に巻いた大きなマフラーを揺らしながら言った。トオルが答える。


「え? 勉強!? なんで」


「何でって中間の結果悪かったでしょ? 期末もあれじゃあ大変だよ」


「うん、そうだな……」


 期末で赤点が増えればそれはそれでまずい。考えるトオルに咲が言う。



「私が教えてあげるよ」


「だってお前の言うこと難しくて良く分からないし」


 トオルは歩きながら困った顔をする。



「大丈夫だよ。優しく教えてあげるから」



『勉強教えて好感度アップ作戦』


 咲が新たに発動した作戦。

 勉強を教え赤点を回避させる。トオルに感謝され好感度も上がり、更に自宅でふたりっきりの時間を過ごせ親密度もアップという完璧な作戦である。

 ちなみに今日は両親が学会に出席のためふたりとも留守。咲としては是が非でも来て貰いたかった。



「うーん、どうしよう……」


 悩むトオルに咲が追撃の言葉を投げかける。



「今日、ご飯作ってあげるから」


「え? マジで!?」


 トオルの顔が一気に明るくなる。



『胃袋掴んじゃう作戦』


 トオルの好物を熟知している咲。将来を見越しとにかく『彼女の料理無しじゃ生きられない』と思わせるぐらいトオルの胃袋を掴んでおく。


(胃袋を掴まれた男子は、必ずその女の元へ帰って来る。くくくっ……)


 トオルと会話しながら不気味な笑みを浮かべる咲。それに気付かないトオルが嬉しそうに言う。



「よし、じゃあ行くよ。学校終わってから行くな!」


「え? あ、うん! 待ってるよ」


 咲は同時にふたつの作戦を決行することで必ずトオルを落とすと心に誓う。



(もうすぐ12月。クリスマスまでそんなに時間はない……)


 聖夜を大好きなトオルと一緒に過ごす。

 咲は新たな作戦を実行するとともに『トオル陥落』に向け準備を整えた。






「ただいま……」


 学校を終えひとり家に戻った咲。

 両親は今日から数日間、学会に出席のため不在である。昔から慣れたこととは言え広い家に誰も迎えてくれる人がいないというのはやはり寂しい。



「あ、模試の結果」


 郵便受けに先月受けた全国模試の結果が届いていた。

 毎回一桁の順位。ただ今回は模試を受けたという記憶すらあまりない。それほどあの頃は弱っており、病院でトオルに抱き着いて泣いたことしか覚えていない。



「123位……、無駄に数字だけは綺麗に並んでいるわね……」


 これでも全国模試なら素晴らしき結果であったが、咲にとってはショックな数字であった。



(私、トオル君がいないと本当にダメな女になるのね……)


『トオル断ち』を行っていたあの頃。心身ともに最悪の状態であった。



(こんなんで勉強なんて教えられるのかな……、でも、一緒に居たい! 頑張らなきゃ!!)


 十分優秀過ぎる咲であったが、やはり少なからず模試の結果に心を痛めていた。




 ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴らされた。



(あ、トオル君だわ!!)


 咲はトオルが好きすぎて、チャイムの鳴らし方で彼だと判断できる能力を身につけていた。咲がルンルンで玄関へ迎えに行く。



「いらっしゃーい!」


「よお、悪いな」


 トオルは勝手知れた咲の家に上がる。子供の頃から慣れた家。久し振りに来る咲の家の懐かしい匂いがトオルの鼻に香る。咲が言う。



「さあ、しっかり勉強しようね」


「あ、ああ。頼むわ……」


 トオルは頭をぼりぼりと掻きながら応接室へ入る。




「でね、ここがプラスになるからこっちが変わって……」


 広い咲の家の応接室。程よく聞いた暖房。大きな来客用のソファーに並んで座るふたり。

 トオルは真横で一生懸命教える咲の甘い香りで頭がぼうっとしていた。さらさらの髪。彼女が動くたびに揺れる髪。トオルは咲のを感じて内心どきどきしていた。



「……聞いてるの? トオル君」


 あまり返事がないトオルに咲が強めに尋ねる。


「あ、ああ。聞いてるよ……」


 気の抜けた返事。咲が溜息をついて言う。



「ちゃんと勉強しようよ! 赤点回避しなきゃ!!」


「うん……」


 咲はかなり嚙み砕いて教えてくれていた。以前の彼女とは違い分かりやすい説明。それは感じながらも、トオルは隣に座っている咲に『女』の方を強く感じてしまい勉強に集中できない。トオルがぼそっと言う。



「なあ、咲」


「なに?」


 シャープを持ったまま下からトオルを覗き込むように見つめる咲。



「なんかお前、女らしくなったよな……」



(えっ!?)


 固まる咲。

 同時に全身からじわっと滲み出る汗。脳が瞬時に回転する。



(女らしくなった!? な、なぜ? 今はただ勉強を教えて『感謝される作戦』だったはず。なぜそこで『女らしく』とかになるの……??)


 咲はどれだけ脳をフル回転させても『勉強を教える』が『女らしく』に繋がらない。



「な、なによ。急に……」


 ようやく振り絞れたセリフ。苦し紛れの言葉。トオルが答える。



「なにってまあ、幼馴染みで近くにいてあまり気付かなかったんだけど、まあ……、そう思ったんだよ……」


 気のせいかトオルの頬も赤く染まっている。

 それを見た咲の心は絶頂へと登り詰める。



(全く分からないけど、いいわ、いいわいいわ!!! トオル君が私を女として意識している!!!)


 咲は嬉しさで震え、内心ガッツポーズを取る。



(よし、もうちょっとこのまま勉強を続けて、それから夕飯の作戦に行くわ!! トオル君、もう逃がさないわよ!!!)


 咲はなぜか突然上手く行った作戦に興奮しながら、もうひとつの『胃袋掴んじゃう作戦』のイメージトレーニングを始めた。

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