5.咲ちゃん、返り討ち!?

「やぁ、咲ちゃ~ん!! ミーもちょうど来たところだよ~」


 伝えておいた時間、16時37分ちょうどに約束の正門に現れた咲に静谷しずたにが言った。金色のサラサラの髪に第二ボタンまで外したチャラい恰好の静谷。風になびく髪をかき上げながら恥じらうことなくウィンクを送る。



(キモっ!!)


 そう思いながら咲が腕を組んだまま静谷に言う。


「あなたは何もしなくていいから。そこに立っているだけでいいの。分かったかしら?」


 静谷が笑顔になって言う。



「ああ、ボクのマイハニー!! どうして君はそんなに素直になれないんだい?」


(『ボクのマイハニー』って意味ダブってんじゃん!! って言うより何この意味不明な生き物は??)


 咲はその存在すら知らなかったクラスメートを見つめてため息をつく。そして風に揺られてふらふらと動く静谷を見て咲が強く言う。



「ちょ、ちょっと動かないでよ。左後ろへあと五歩。早く動いて!!」


「ボクのマイハニー、言っている意味が分からないよ~」


 イラっと来た咲が静谷の腕を掴んで無理やり移動させる。



「ここに、ここに居て!! ああ、時間が迫ってるっ!!」


 咲はスマホの時計を見てひとり焦る。



「ワォ!! マイハニ~!! キミは何て積極的なんだい!? ボクも驚いてアラレが降りそうだよ~!!」


 意味不明なことを言う静谷に咲が言う。



「しっ!! 黙って!!」


 そして咲は校舎を出てこちらへ向かって来るその人物を見つける。



(来たわっ!!!)


 咲が突然笑みを浮かべ、静谷の腕に自分の腕を絡める。



「えっ、え!? マイハニ~!?」


 さすがの静谷もその予想外の行動に驚きを隠せない。

 そしてその人物、『北川トオル』がちらりと咲の方を見てから、彼らの横数メートルのところを通り過ぎていく。

 咲はトオルが完全に視界から消えるのを待ってから、静谷を突き放すようにして言った。



「あ、ありがとね。ハニーさん。それじゃあ」


 そう言って立ち去ろうとする咲。静谷は呆然としながら言う。



「ボ、ボクのマイハニ~!? キミは一体……」


感謝ね~、じゃあ!」


 咲はちらりと静谷を見てそう言うと、既に見えなくなったトオルを追いかけるようにして急ぐ。



「ボ、ボクのマイハニー、照れてるのかい……? ラブリーだよね~」


 静谷はそのまま小さくなって消えて行く咲を頷いて見つめた。





(『嫉妬の嵐大作戦』!! さっきトオル君は絶対こっち見たし、これで嫉妬メラメラ大炎上になるの間違いなしっ!!)


 咲はわざと他の男と仲良くする姿をトオルに見せ、自分を意識させ嫉妬させる作戦に出た。それに利用された静谷は気の毒ではあったが、彼は彼でまた意味不明な勘違いをしていた。咲が思う。



(今頃トオル君は、『くそっ、俺のおんなを、なんだ、あの男は許さねえっ!!』ってきっと嫉妬の炎に焼き尽くされているはず!! きゃっ、私、どうしよう!?)


 咲は歩きながら妄想が膨らむ。



(そう、そこで私がトオル君のところに行って『トオル君がそこまで私のことを思ってくれているなら、あんな男は忘れてあげてもいいよ』って言ってあげるの!! うふふっ、優しいよねっ、私!!)


 咲の妄想がさらに激しくなる。



(そしたら、そしたらトオル君が『ごめんよ、咲。すぐ近くにこんなに魅力的な女性がいたのに、俺、気付いてあげれなくて……、綺麗だ、咲。結婚しよう』ってなって……)



「きゃー!! どうしよう!? 私、結婚だなんて!!??」


 咲は立ち止まり、顔を真っ赤にしてひとり叫び声を上げる。周りにいた人達が突然叫び声を上げた女子高生を驚いた表情で見つめるが、もちろん咲にはそんなこと気にしない。



「ええっと、それでそのトオル君はどこに……」


 妄想ばかり膨らみ肝心のトオルの姿が見つからない咲。尾行用に用意した帽子とサングラスをつけ人通りが多くなった通りに出る。そして『咲センサー』が反応した。



(あ、いた!! トオル君!! ……え?)


 咲の視線の先には大通りを歩くトオルが、誰か別の女子高生と一緒に楽しそうに話している。同じ制服、咲は気付かれないようにふたりに近付きその女を凝視する。



(な、なぜ女と……、って、彼女どこかで見たような……、あっ、そうだわ!! 確か同じクラスの……)



 一宮いちみや有希ゆき

 それは咲とトオルと同じクラスにいる女の子。ポニーテールが良く似合う元気な女の子である。咲が怒りの形相となる。



(な、何よ、あの女!? どうしてトオル君と一緒に歩いてるの?? え、あれってまるでじゃん!!!!)


 咲は驚愕の事実を知り、怒りの形相から泣きそうな表情へと変化する。



(わ、私みたいな可愛くて、頭がよくって、気が利いて、それからスタイルも良い完璧な幼馴染がいるっているのに、どうして、どうしてよ……、許さないからっ!!!)


 嫉妬の炎を巻き上げながら咲がひとり家に帰って行く。



 一方のトオルは一宮有希と一緒に通りにある書店に入って行く。有希が言う。


「ごめんね、北川君。付いて来て貰って」


「ああ、いいよ。それより……、あ、これだね」


 トオルは書棚にあった一冊の外国の本を手にして有希に渡す。それは海外の有名作家が書いた童話。本を手にした有希が嬉しそうに言う。



「ああ、これこれ。良かった見つかって。これで文化祭の出し物も上手く行きそう」


 ふたりは文化祭に出す出し物の参考となる本を探しに来ていた。有希はシナリオ担当である。



「ありがとう、北川君。ね、ねえ。これから時間ある? 良かったら少し付き合って欲しいんだけどなあ」


 少し恥ずかしそうに言う有希にトオルが言った。



「ごめんね。ちょっと今日があって。本を買ったらこのまま帰るわ」


「え、ああ、そうなんだ……。じゃあ、また今度ね……」


 有希は少し寂しそうにトオルに言った。





(許さない許さない、絶対に許さないんだから!! トオルのバカヤロー!!!!)


 咲はひとり誰も居ない家に帰りベッドの上に倒れながら心の中で叫ぶ。



「馬鹿、馬鹿、トオル君の馬鹿……」


 そして最後は小さく力ない声で、少し涙を流しながら言った。

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