4.「私以外の子の下着は、見ないでね」
(トオル君……)
咲は学校へ行く途中、トオルから右斜め後ろをゆっくりと歩いていた。自分の恋心に気付いてしまった咲。何としてでもクリスマスまでに彼を落として最高の聖夜を過ごしたい。咲が考える。
(『ぶりっこ大作戦』失敗したわ。何がいけなかったのかしら。トオル君はぶりっこには興味ない? いいわ、だったら次の『抱き着き作戦』を決行するのみ!!!)
「トオル君……、きゃっ!!」
咲はトオルに近付こうとして、わざと転びそうになる。
「え?」
ドン!!
「痛ったーーーいっ!!!」
咲は無理やり足をもつれさせようとして、本当に転んでしまった。しかもトオルからまだ離れていたので、結果彼も助けられず咲はひとり派手に転んだ。トオルが振り返って咲のところへ行き声を掛ける。
「お、おい。大丈夫か!?」
心配するトオル。
咲は擦りむいた膝が痛かったけど、それ以上にある事に気付いて青くなった。
「えっ、携帯……」
転んだ時にポケットから落ちた携帯電話。
地面に落ち、見事に画面にひびが入ってしまっている。
「うそ、やだ、何これ……」
咲はことごとく作戦が上手く行かず失敗に終わる自分を呪った。トオルが言う。
「まあ、仕方ないだろ。割れちまったのは。まあ、でもヒビもまだ小さいし、まだ使えるぞ。それより……」
トオルは擦りむいて血が滲んでいる咲の膝を見て言った。
「痛いだろ? ちょっと動くなよ……」
(えっ!?)
トオルはしゃがんで咲の膝に手を添えると、傷口を口に含んだ。
(えっ、え、え……、なに、やだ、恥ずかしいけど、温かくて、くすぐったい……)
トオルは傷口を舌で軽く舐めてから、持っていたハンカチで優しく当てる。咲が顔を赤くして言う。
「ね、ねえ、何をやって……」
トオルが答える。
「何って、消毒じゃん。子供の頃しょっちゅうやってたろ?」
思い出す子供の頃の記憶。
確かにお転婆だった咲はよくトオルと外に遊びに行き、こうやって転んではお互い傷を舐め合ったりもした。
(でもでもでもでも、それって『子供の頃』の話じゃん!! い、今やったら、それって、ああ、なんか変な気分になって来ちゃった……)
咲は『トオルに舌で舐められている』という事実を頭で理解しただけで、その言葉に酔い始める。トオルが言う。
「さ、行くぞ。絆創膏は学校の保健室でも貰えるし」
そう言って手を差し出すトオル。
「う、うん。ありがと……」
咲も感謝の気持ちと共に差し出した手を握り締める。
(ん?)
そして再び気付くトオルの『下にさがった目線』。
「きゃあ!!」
咲が再びスカートを両手で押さえる。そしてむっとして言う。
「ま、また見たでしょ!!!」
トオルが呆れた顔で言う。
「しょうがねえだろ。お前が勝手に倒れたんで、また見えちゃったんだよ」
「だ、だからって女の子の下着を見ていいってことには……」
トオルがため息とともに言う。
「あのなぁ、男ってのは女の下着が見たい生き物なんだ。だからその辺は理解してくれ。故意じゃないんだし」
「……」
咲は差し出された手を黙って握り返した。
(『トオル君攻略作戦』にもあったわ。『下着チラ見せ作戦』、私、無意識のうちにこの作戦も同時決行していたの!? す、すごいわ、私っ!!!)
咲は急に笑顔になってトオルに言う。
「トオル君」
「何だよ」
「私以外の子の下着は、見ないでね」
「え?」
そう言ってくすっと笑って少し前を歩き出した咲を、トオルはドキっとしながら見つめた。
「じゃあ午前中にやった小テストを返すぞ」
午後、咲のクラスの担任が午前中に行った数学と現国のテストを皆に返し始める。次々と呼ばれるクラスメートの名前。それを見て皆きゃっきゃっと騒いでいる。
「宮崎」
「はい」
咲は名前を呼ばれテストを受け取る。席に戻った咲がテストを見つめる。
(数学20点……)
20点満点だから問題なし。
しかし現国の回答用紙を見て固まった。
(えっ、12点……?)
同じく20点満点の小テスト。その『12点』と言う見たこともない数字に唖然とする。毎回ほぼ満点を取っていた咲にとってこれは前代未聞のこと。すぐに問いを確認する。
(ええっと、『その時なぜ主人公は男の子に恋をしたのですか。簡潔に書きなさい』か……)
文章題の問い。咲はその後の自分の書いた回答を読み直し顔を真っ赤にした。
『私も知らないうちに好きになってしまって。クリスマスは一緒に過ごしたいし。とにかく好きと気付いたの!! 好き好き好き!!!』
(な、なによ、これ……)
回答用紙には大きく×が付けられた後に、小さく『?』が添えられている。天才の咲が書いた答え。担任も必死にその意味を理解しようとした痕が見られる。
「わ、私、何をやっているのかしら……、恥ずかしい……」
咲が初めての悪いテストの結果よりも、無意識にトオルのことばかりを考えている自分が恥ずかしかった。そして見つめる彼の背中。こんなにいつも近くにいるのになぜか遠く感じてしまうその背中。咲が思い直す。
(いけないわ、こんなんじゃ!! どんどん仕掛けるわよ!! さて、次の作戦は……)
そう思いながら咲は、今朝靴入れの中に入っていたラブレターを鞄の中で開く。
(今時ラブレターなんて古風ねえ。それより汚い字。読めやしないわ……、と言うより、差出人の名前が書いてないじゃん!! 馬鹿なの、この送り主!?)
咲は鞄の中のその悲しい恋文を見つめながらため息をつく。そして直ぐに教室後ろに行き、貼られてある授業で書いた皆の論文をひとつひとつ確認し始める。
(ええっと、多分これね。筆跡合致率97%、差出人は……)
咲はその横に書かれているその人物の名前を見つめる。
(
咲は香織の元に戻って小さな声で尋ねる。
「ねえ、香織。静谷ってどの人?」
友達とトオル以外全く人に興味がない咲。香織が少し呆れた顔で答える。
「え? 静谷君? あれよ、あそこに座っている金髪の人」
咲が香りが指差す方へ視線を向ける。そこにはサラサラの金色の髪をかき上げながらこちらを向いてウィンクする男子学生がいた。
「ありがと」
咲はそう香織にお礼を告げるとすっと席を立ちあがり、その静谷と言う男の元へ歩き出す。
「咲?」
不思議そうな顔をする香織をよそに、咲は静谷の元へ行き小さく言った。
「今日の午後16時37分、正門で待っているわ」
それだけ言うとすぐに自分の席に戻る。香織が先に顔を近づけ小さな声で尋ねる。
「ねえねえ、何かあったの? 彼と」
咲は首を振って答える。
「うーん、まあこれからちょっとね」
咲は次の作戦決行の準備に取り掛かった。
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