3.咲ちゃん、先人に学ぶ!!

(一睡もできなかった……)


 咲はいざ隣の幼馴染である北川トオルを攻略しようと思うと、まったくその策が思いつかない。

 ずっとそうだ。トオルの情報は溢れるほど知っている。好きな食べ物、趣味、お気に入りの映画まで。それでも分からない。近すぎる距離がかえって思考を鈍くしているのだろうか。


(やっぱりまずは私を『女』として見て貰わなきゃいけないよね……)


ベッドの中で色々と考える咲。時計を見ると起床時間を過ぎている。



「と、とにかく学校に行かなきゃ!」


 咲は眠い目をこすりながらひとりで食事を済ませ慌てて家を出る。



 ドン!!


「きゃあ!!」


 家を出た瞬間に咲は誰かとぶつかり、後ろに尻餅をつく。



「痛った~い!!」


「ごめんごめん、咲」



(え?)


 それは隣の北川トオル。

 特段用事がない時は自然と一緒に学校へ行っている。トオルは少しはにかんだ顔で倒れた咲に手を差し出して来る。咲はドキドキしながら彼を見上げた。



(なんでこんなに緊張しているの、私!? ただトオル君にぶつかっただけでしょ!!)


 咲は顔が熱くなるのを感じながら、手を差し出すトオルの手を握る。

 そして気付いた。彼の視線が自分の顔から少しに移動したことを。



「あ!」


「え? いや……」


 トオルも気付いたのかすぐに目線をずらす。咲は転んだ瞬間にずり上がったスカートから、少し見えてしまった下着を隠す。



 パン!!


 咲は差し出されていたトオルの手を強く叩く。そして大きな声で言った。



「み、見たでしょ!!」


 トオルが少し気まずそうな顔で答える。


「いや、だってしょうがないだろ。見えちゃったんだし……」


「うそ、やだっ、最低っ!!」


 咲は立ち上がりながら真っ赤な顔でトオルに言う。トオルが答える。



「仕方ないだろ。そもそもお前のパンツなんてガキの頃からよく見ていたじゃないか。って言うかお前、あの頃は俺に見せつけてからかってただろ?」


 咲は子供の頃、自分からスカートを上げてパンツを見せ、照れて恥ずかしがるトオルを見て笑っていたことを思い出す。咲が真っ赤な顔をして言う。


「そんな子供の頃の話しないでよ!! もう大人よ。大人っ!!」


「いいからどうすんだ? 一緒に学校行くのか、それともひとりで行くのか?」


 咲はむっとした顔で小さく言う。



「……一緒に行く」



「じゃあ行くぞ」


 そう言ってトオルはポケットに手を入れたまま歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 咲は地面に落ちたカバンを拾うと先に行ったトオルを追いかけた。






(ダメだわ。全然授業に集中できない……)


 トオルと同じクラスの咲。

 少し前に座る彼の背中を見ているだけでどきどきと緊張してしまう。



(し、下着を見られちゃったんだけど、何とも思わないのかな……)


 もう子供ではない。

 体は大人並に成長した高校生。トオルだって意識するはず。



(それなのになんであんなに平然としてられるのよ~!!!)


 咲はどれだけ頭を回転させようがその回答を得ることができない。自分のこととなると自慢の脳がほぼ働かなくなることにまだ気付かない咲。


(このままじゃいけないわ。とりあえず何か別の難しいことでも考えなきゃ……、あ、これがいい!!)






「……咲、ねえ、咲ったら!!」



「え?」


 名前を呼ばれて初めて咲は隣に友人の香織が立っていることに気付いた。


「香織? どうしたの授業中に?」


「え? 咲……、もうとっくに授業終わってるよ……」


「うそ!?」


 咲が周りを見間渡すとすでにみな弁当を広げて昼食をとっている。



「やだ私、何をして……」


「それ何よ……」


 香織は咲のノートにびっしりと書かれた意味不明で難解な数式を指差して言う。



「ああ、これね。この机の木目が生成される法則を見つけて数式化したの。一部見えている木目から算出して、もし伐採されずにこのまま成長したら十年後は多分こういった模様になって……」


「咲……、そんなの考えてどうするのよ……」


 香織が呆れた顔で言う。


「どうって……」


 咲自身なぜこんなことを考え出したのか分からない。


「さ、早くお昼食べようよ」


「う、うん。そうだね」


 咲はそう答えながら少し前の席で友人らと笑いながら弁当を食べるトオルの背中を見つめた。






(ダメだわ、これじゃあ。自分のこととなると全く何も思いつかない。だとするとノウハウが必要だわ。そう先人たちの知恵。じゃあ向かうは……)


 咲は授業が終わると走るように街で一番大きい書店へと向かった。



「ええっと、あったわ。これこれ」


 咲は書店の棚にあった『これで分かる!男心』『男が好きな女に見せる10の仕草』など男を攻略するためのノウハウ本、さらにラノベコーナーへ行き最新のラブコメ数十冊をかごの中に入れていく。



(よし、これで私は恋愛マスター。トオル君を攻略する方法が必ずこの中にある!!)


 咲は代金を支払い、すぐに家に帰りひとり部屋に籠って片っ端から読み始める。集中し始めると飲み食いすら忘れて没頭する咲。週末の二日間で買って来た恋愛関係の本のほぼすべてを読み切った。



(あれ、もう夜?)


 咲は窓の外が真っ暗になっていることに気付き、慌ててスマホを見る。


「え、今日って日曜日なの!? ええ、明日学校!?」


 咲の集中力は本人が思っているよりずっとすごい。急に何も食べていないことに気付きお腹が減って来た咲が、すぐに台所に行って簡単な料理をし始める。



「トオル君。明日から楽しみにしててね。しっかりと私が落としてあげる。むふふふっ……」


 咲はひとり低い声で静かに笑った。





「おっはよー、トオル君っ!!」


 翌朝、玄関で待ってくれていたトオルに咲が挨拶をする。一瞬トオルが咲を見てから言う。


「じゃあ、行こっか」



(え?)


 咲はいつもは綺麗なストレートの長髪をそのまま下ろしているのだが、今日はそれをにしている。しかもピンクのリボン。

 いつもとは違った姿を見せる。そしてちょっと可愛い声で言う。



「トオルくーん、この髪、咲に似合うかな~?」


 制服のスカートの両端を指でつまんで上げ、顔を斜め38度に傾けて半オクターブ高音で話す。これぞ、



『ぶりっこ大作戦』


 いつもは冷静沈着、頭脳明晰な咲とのギャップ。男はこの落差に弱い、はず。




「……まあ、いんじゃね。はよ行くぞ」



(ええっ!? な、なに、それだけ!? たったそれだけの反応なの!!??)


 咲は100年分の恥ずかしさを総動員して行ったこの恥ずかしき演出。それがまるで『既読スルー』のような反応だとは。



(いいや焦るな咲、決して焦るんじゃないよ、咲よ。急がば回れ、ローマの道は一日にしてならず。きっとこういった努力の積み重ねが徐々に効いてくるはず。頑張れ、咲っ!!)



「おーい、行かないのか? 先行くぞ」


 遠くでトオルがずっと立ったままの咲に声を掛ける。



「あ、行く行く。待ってよ~!!」


 咲はツインテールを揺らしながらトオルの元へと走って行った。

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