2.咲ちゃん、誓う!!
ちゃぷん……
その夜、咲はひとり湯船に浸かりながら香織の言葉を思い出していた。
――クリスマスは誰と過ごすの?
クリスマス。
子供の頃、夜も両親が家に居ない彼女は、トオルの家に上がり一緒にケーキを食べたりしていた。さすがにここ数年はないが、クリスマスに誰かと過ごすと言えばトオル以外考えられない。
(トオル君は、誰かとクリスマスを過ごすのかな……)
考えたこともないこと。
しかし子供の頃から隣にいたトオルが、別の女性と一緒にクリスマスを過ごす姿を想像すると心の奥が締め付けられるような気持ちになる。
(それはイヤ。そんなのはイヤ。だけど……)
だけど、トオルは家族のようなものであって、お互い異性として見たことなどない。だが他の女の子と仲良くする姿は見たくない。咲がようやく気付く。
(これって、私……、トオル君のことが好きなの……?)
考えても見なかった隣に住む幼馴染み。
余りに近すぎてそういった感情を抱くことはなかった。でもそう考えれば今までどんないい男に言い寄られても全く興味がわかなかった理由も納得いく。
(トオル君を私のものにしたい!! あなたならできるわよ、咲。そう、考えるのよ!!)
咲は湯船に顔を半分沈めながらようやく気付いた自分の気持ちを胸に、明日からの作戦を練り始めた。
「会長!! 宮崎会長!!」
「え?」
咲はぼうっとしていて名前を呼ばれたことにしばらく気付かなかった。
生徒会室。
聡明で人望高い咲は、高校で生徒会長も務めていた。副会長が少し驚いた顔で先に言う。
「珍しいですね。会長がぼうっとしているなんて」
「え、ああ、ごめんなさい。ちょっと疲れもあって……」
それは嘘ではなかった。
昨晩、初めて自分の気持ちに気付いた咲は、ほぼ寝ずに『幼なじみ攻略作戦』を考えていた。
(でも、どうして何も浮かばないのよ!!!)
他人のことや勉強なら大袈裟な話、考えなくても解決の道筋が見える咲だったが、初めて自分のことを考え何も浮かばないという信じられない現実に焦りを覚えていた。
「会長?」
「え? ああ、ごめんなさい。で、何の話でしたっけ?」
トオルのことばかり考えていた咲は生徒会で上がっている重要な議題すら全く聞いていなかった。完璧な咲の初めて見る姿。副会長が説明する。
「ええっと、ですからこの間から議題に上がっている文化祭の出し物についてです」
「ああ……」
咲はすぐに思い出した。その『どうでもいい案件』を。副会長が改めて言う。
「私達としては初めてとなる『学年の垣根を越えた協力』をテーマに、一年から三年までのグループを作って出し物を行う。そこまではいいですよね?」
皆が頷く。副会長が続ける。
「で、そのグループを男女別にするか、男女混合で行うかで生徒会の間でも意見の対立が続いているんです。で、会長はどう思いますか?」
咲が答える。
「私は基本多数決で決めればいいと思います。それぞれいいところありますし、民主的ですしね。それよりも……」
咲の言葉に皆が真剣な顔になる。
「石川先生が生徒会の出し物自体をやめにしようかと考えているそうなんです」
「ええ!?」
驚く一同。
石川教諭は学校の教頭を務め、生徒会の責任者でもある。その彼が生徒会の出し物を中止にしようとしているとは誰も知らなかった。副会長やその他の生徒が真面目な顔になって言う。
「それは知りませんでした。でも、大変なこと。会長、どうすればいいでしょうか?」
咲は『よし来た』といった顔で答える。
「そうね、とりあえず石川先生を納得させられるだけの模様し物を企画するべきじゃないかしら。『さすが生徒会だ!!』といったものをね」
頷く一同。副会長が言う。
「分かりました。ではまずはみんなが楽しめる、素晴らしい出し物を考えましょう」
「はい!!」
生徒会の皆が副会長の言葉に頷いて返事をした。
「でも知らなかったなあ。石川先生が反対していたなんて……」
生徒会の会議終了後、学校から帰宅しようとしていた咲に副会長が言った。咲が笑って言う。
「先生は反対なんてしていないよ」
「え?」
副会長が驚いた顔をする。咲が言う。
「あなたは副会長だし必死にまとめようとしていたから話すけど、石川先生はくだらない対立をしていた生徒会自体を心配していたの」
「えっ、そ、そうだったの……」
咲が続ける。
「だからね、まずは対立を無くすことを考えたわけ」
「うん……」
「対立を無くすのに一番効果的なのは何だと思う?」
「なん、だろう……?」
副会長は首を傾げて考える。
「共通の敵を作ること」
「敵?」
「そう。共通の敵を作ると対立しているどころじゃなくなるわけ。だから石川先生に敵役をお願いしたの」
「え、それって……」
咲が笑って言う。
「まあ、敵という表現が適切かどうか分からないけど、先生は快く了承してくれたわ」
副会長は驚きの目で咲を見つめた。まさかここまで事前に準備をしていたとは。咲が言う。
「あとの出し物はみんなでお願いね。生徒会が力を合わせればきっといいものができるから」
「は、はい」
もはやどうやってもこの人には勝てないと副会長は思った。
「あ、トオル君!!」
咲は自宅に着くと、偶然同じく家の前にいたトオルに気付いて声を掛けた。トオルが言う。
「よお、咲。今帰ったのか?」
生徒会の仕事で少し遅くなった咲。トオルがそんな彼女を心配してくれた。
「え、ええ。大丈夫よ」
咲はトオルを見た瞬間から脳裏にあの言葉がグルグルと回っていた。
(クリスマス、クリスマス、クリスマス!!!!)
トオルと一緒にクリスマスを過ごしたい。
結局何も作戦が思いつかなかった咲。平静を装いトオルに尋ねる。
「ね、ねえ。トオル君……」
「ん、なに?」
何気ない彼の顔が咲の心に突き刺さる。
「に、二か月後の予定ってどうなってる……?」
渾身の質問だった。
冷静になれない咲が辛うじて絞り出した言葉。
しかし残念ながらその意味は目の前の彼には届かなかった。
「二か月後? なに言ってんだよ。分かるかよ、そんなの」
当然である。
しかし咲はそうは捉えなかった。
(クリスマスの予定を、私に教えてくれない……、どうして!? もしかして誰かと約束が……)
トオルが言う。
「疲れてんじゃないか、咲。しっかり休めよ」
「あ……」
そう言って家に入って行くトオル。
咲はその背中を見ながら心に誓った。
(私、宮崎咲は全身全霊をもって北川トオルを落とします。クリスマスまでに、必ず!!)
こうして天才咲の『幼なじみ君攻略作戦』が幕を開けた。
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