天才咲ちゃんは、幼馴染君を攻略したい!!

サイトウ純蒼

1.天才美少女咲ちゃん

 美少女の宮崎みやざきさきは、天才だった。


 高校の始業式が始まり配られる真新しい教科書。咲が始めにすることは、まずこの教科書を数日かけてじっくり読み込む。あとは日々の授業と、試験前に教科書を読み直すだけでほぼ学年一位が取れる。

 

 親も父母ともに国立大の医師。仕事が忙しく家を空けることが多かったが、子供の頃から家事まで完璧にできた咲には何の問題もなかった。



 またよくモテた。


「宮崎さん、僕と付き合ってください!!」


「ごめんなさい。今はそう言うこと考えられないの……」


 小学校の頃から毎週のように告白や男に言い寄られ、そのすべてを断って来た。理由は単に『面倒』とか『興味ないから』から。






「咲、また振ったの??」


 高校二年になった宮崎咲。

 さすがにこの年齢になると男達の間でも咲と自分じゃ『身分不相応』と自覚するようで、以前のように毎週のような告白はなくなった。

 それでも他の女子からすれば『告られてばっか』と思われるぐらい男にモテた。



「うん、興味ないから」


 今日振ったのは学年がひとつ上のサッカー部のキャプテン。サラサラの髪のイケメンで、校内に多くの女性ファンを持つ。



「咲は恋愛に興味ないのかな?」


「そんなことないよ~、キュンキュンする恋とかしたい!」


「そうなのぉ~、意外~!!」


 友人の江藤えとう香織かおりが少し驚いた表情で答えつつも、『あれだけ振って置いて恋したい』とかやはり天才は理解できないと改めて思った。

 そんな咲だが女友達は多かった。

 モテることを自慢など決してしないし、逆に恋愛相談に乗って的確なアドバイスを送るなど好かれるタイプであった。




「あ、トオル君。今帰り? 一緒に帰ろうよ」


「お、咲。いいよ」


 そんな彼女に対して唯一にできる男子高生がいる。北川きたがわトオル、咲の幼なじみだ。



「来週試験だよな……、また赤点だったらどうしよう」


「私が勉強教えてあげるよ。トオル君がそうしてって言うならば」


「いいよ。お前の言ってること難しすぎて良く分からないし」



 家が隣のふたり。

 子供の頃から両親が家を空けがちだった咲は、よくトオルの家に上がって遊んだりご飯を食べさせて貰ったりしていた。言わばふたりは同い年の兄弟、家族のような関係であった。



「そ、そうなの……、トオル君がそうなら私は別にいいんだけど……」


 咲は少し寂しそうな顔で答えた。






「ねえ、咲」


「なに、香織?」


 咲は放課後、友人の香織からある相談を受けた。香織が言う。



「絶対に黙っててほしいんだけどさ、いい?」


「いいよ、なに?」


 夕暮れの教室。香織は周りに誰も居ないことを確認してから小さな声で咲に言った。



「私ね、山田君のことが好きなの。どうしたらいいかな……」


 恋愛相談。

 頭脳明晰な咲は、心情や心理分析もまた同様に得意であった。これまでに手掛けてきたカップルも多い。とにかく頭の回転の良さ、鋭さ、洞察力、何をとっても一流であった。咲が尋ねる。



「そうなの? で、山田君とはよく話したりするの?」


「ううん……」


 香織が少し悲しそうに首を振る。同じクラスの山田は目立たない地味な男の子。性格は悪くなさそうだが、この話が出るまで咲の頭にはほとんど記憶がなかった人物。咲が頷いて言う。



「明日の夕方まで時間ちょうだい。いいかな?」


 少し驚いた顔の香織が答える。


「う、うん。いいけど、何するの……?」


「それは明日決めるから」


 咲は自信あふれる笑顔でそれに応えた。




 翌日の放課後。不安そうな顔をした香織が咲の元へとやって来る。周りに人がいないことを確認してから小さな声で尋ねる。


「ねえ、咲。昨日の件だけど……」


 そう話す香織の顔はもう真っ赤である。今日何があるのだろうかと眠れなかったのか、一日中眠そうにしていたのを咲は知っている。



「うん、だいぶ方向性は決まったよ」


「方向性?」


 意味の分からない香りが首を傾げて聞き返す。咲が言う。



「昨日ね、あれから私が声を掛けられるだけ色んな人に声を掛けたの。山田君についての情報を」


「え!?」


 驚く香織。



「もちろん香織の名前は出していないし、絶対内緒でってことで」


 頭脳明晰、品行方正の咲。

 一部の友人たちは咲を何かの教祖のように崇めていたし、恩があった者、助けられた者、その他彼女の協力者は数えきれないほどいる。彼女から『お願い!』と言って頼まれれば彼らは全力でその期待に応えようとする。咲が言う。



「恋愛は駆け引き。情報ときっかけ」


「う、うん……」


 意味が良く分からない香織が小さく返事をする。咲が香織の手を引っ張って教室の外へと歩き出す。



「ちょ、ちょっと咲。どこへ行くの!?」


「いいから。付いて来て。大切な場所!!」


 そう言って笑顔で友人を連れ出す咲。

 学校の帰り道、咲が香織を連れて行ったのはショッピングセンターの中にある大きな書店であった。香織が尋ねる。



「本屋さん? 本を買うの?」


「そうよ。ええっと、あ、これこれ」


 咲はそう言ってラノベコーナーにあるマイナーなファンタジーの本を数冊手にする。



「香織。山田君ね、このラノベが大好きなの」


「え?」


 普段、少女コミック程度しか読まない香織。ファンタジーなど読んだことがない。咲が言う。



「共通の趣味を持つって事はすっごく大きいことよ。これ全巻、買いなさい」


「え?」


 同じタイトルだけで十冊以上ある。戸惑う香織に咲が言う。



「同じ趣味があれば会話も弾む。山田君ね、これまで彼女いたことないんだって」


「そ、そうなの?」


 香織が嬉しそうな顔をする。



「そう。だから女の子と話すことだってきっと慣れていないと思うの。でも、この本の話ならきっとすっごくできると思うよ」


「そ、そうよね」


 咲は更に棚にあったそのラノベのキャラの消しゴムを手にして言う。



「これも買って」


「消しゴム?」


「うん。それで明日、これを何気なく山田君の席の近くの落とすの。……あとは分かるよね?」


 香織が笑顔になって言う。


「分かった! 私、頑張るね!!」


「うん!」


 咲もそれに笑顔で答える。




 翌日の昼食、満面の笑みで咲のところへやって来た香織が言う。


「やったよ、やったよ、咲!! 上手く行ったよ!!」


 咲は授業合間に消しゴムを落として山田との会話に持ち込んだ彼女をずっと見ていた。その後も得意そうに話をする山田を見て作戦は上手く行ったと微笑んで見ていた。香織が言う。



「今日ね、帰りに一緒に本屋さんへ行くことになったの! まだあの小説よく知らないんだけど、色々教えてくれるって!!」


「そうなの! 良かったね」


 初日で凄い進展だなと咲は苦笑する。香織がうっとりとした顔で言う。



「このままできれば付き合って、今年のクリスマスこそ彼氏と一緒に過ごしたいな」


(クリスマス……)


 まだ二か月も先の話だ。香織が咲に尋ねる。




「ねえ、咲」


「なに?」



「咲はかと過ごすの? クリスマス」



(え?)


 そんな予定はない。相手もいない。

 ただ咲の心には隣に住む幼馴染みの顔が浮かんでいた。

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