第23話
夢を見た。
それは、子供達が遊んでいる夢だった。美しい草原で走り回る子供達。楽し気に笑いながら、花冠を手に歌っていた。
子供達は讃美歌を歌い、幸せに遊んでいた。その光景が微笑ましかった。
すると子供達は、振り返って笑顔を見せた。駆けていく先には、ガブリエルがいた。
彼は子供達を見ると、まるで母親のような微笑みで一人一人を抱きしめたり、頭を撫でたりしていた。
子供達は花冠を差し出しながら言った。
「これ、おかあさんに!」
「わたしも、つくった!」
「おかあさん! あげる!」
ガブリエルは幸せそうに笑った。
「ありがとう、可愛い子供達」
一つ一つ、頭に乗せてもらったり、受け取ったり、ガブリエルは感謝しながらその場で回った。
「大切にする」
彼の、幸せそうな笑顔は、その時初めて見たかもしれない。
「大丈夫か?」
目を開けると、ガブリエルの顔があった。
どうやら、彼の膝を枕にして眠っていたようだった。
アルマは、ゆっくりと身体を起こす。先ほどの心の乱れが嘘のように、今は穏やかだった。
「大丈夫……」
「よかった」
安心する彼に、アルマは顔を逸らした。
「心配、かけてごめん」
「いいや、サタンの力を受けて、気が触れていたんだろう。気にすることはない」
優しくそう言ってくれる彼に、アルマは顔を綻ばせた。
「なんか、夢を見たんだ」
「夢?」
「ガブ、と子供達の夢」
ガブリエルは、一瞬だけ目を見開いたが、すぐに「そうか」と小さく言った。
立ち上がる彼を見上げる。その顔はもう、優しい顔をしていた。
「アルマ、私は何があろうとお前の味方だ。だから、自分が思った通りに進みなさい」
「ガブ……」
「神が信じられないなら、それでもいい。けれど、アルマが思ったことは、嘘をついてはいけない」
手を差し伸ばされる。その手を掴んで、立ち上がる。
彼の手が、冷たい自分の手を温かく包んでくれる。
「これから、アルマはどうするつもり?」
その問いに、アルマは手を離して顔を祭壇へ向けた。もう、決まっている。
「地獄に行く。ベルが、心配だから」
「なら、私も共に行こう」
振り返ると、ガブリエルの顔も、決意に満ちていた。
「でも、ガブには危険かもしれないぞ。天使にとって地獄は、行ってはいけない場所なんじゃないのか?」
「大丈夫。恐らく……あの子が対策を考えているだろう」
あの子とは、と聞こうとした時、慌てて入って来た者がいた。
トルソだった。彼女は息を切らしてこちらを見ながら叫んだ。
「アルマ! 大変だ!!」
ただ事ではない様子に、二人は振り返る。
ベツレムに戻ると、クラウンが唖然とした様子で部屋の中に立っていた。
そこへガブリエルとアルマがやってきて、クラウンに向かって叫んだ。
「エルがいなくなったって!?」
アルマの問いに、クラウンは振り向いて頷いた。
「荒らされた形跡もない。だが、朝から何も変わっていないところを見ると……自分でどこかへ出たかもしれない」
「けど、あの子は一人で出歩くような子じゃない!」
「わかっている。けど、実際いないんだ」
冷静に、それでも声が震えている。
アルマは顔を歪めて部屋の中を駆けた。台所、浴室、二階の寝室、どこを探してもエルの姿はない。
「アルマ」
ガブリエルの声で我に返り、慌てて階段を駆け下りた。
彼は外へに居た。そこで、地面を見てアルマも気づく。
たくさんの足跡がある。ベツレムからも一人分の足跡が出ており、それがエルのものだろうと推測できる。しかし、その足跡は乱れていた。暴れた形跡だと言える。
「誰かが、エルを連れ去ったのか?」
アルマの問いに、ガブリエルは応えず、そのまま地面に手を翳した。そして、目を見開く。
「聖職者だ」
三人は驚く。どうしてここに、と言う前にガブリエルはすぐに立ち上がった。
「まさか、あの子を聖域都市に連れて行ったのか」
「そんな! 何のために!?」
理由を尋ねても、彼も分からず首を横に振った。しかし、その目は少し焦っているようだった。
「アルマ。時間が惜しい。私の身体を使いなさい。すぐに聖域都市に行く」
「で、でも、ガブ。そんなことしたらガブの身体が……」
「私のことはいい。急いでいかなければ。嫌な予感がする」
彼は両腕を広げる。受け入れる体制をとった。アルマはそれを見ながら、トルソとクラウンに振り返る。
「私は聖域都市に行く。トルソたちは、ここにいてくれ」
「大丈夫だ。あたしらはここにいるから」
「お前は急いで向かえ。エルを頼んだ」
二人の言葉に頷く。
そして、ガブリエルの身体に寄りかかるように身を預けた。彼の身体が羽となって散らばり、アルマの身体を包み込む。そして、白い衣を纏ったアルマは、左の背から翼を生やした。
そのまま宙へと飛び上がり、聖域都市に向かって飛んでいった。
飛び去ったアルマを見送った後、取り残されたトルソとクラウンは顔を合わせた。
「さて、ルシファーに言われた通り、やるか」
「あぁ……噂をすれば、な」
振り返る。そこには、ヒュブリスが立っていた。
彼は剣を引きずりながら、こちらに向かってきていた。その姿を見て、トルソが鼻で嗤う。
「しつけー野郎だ。いくらあたしらと戦ってもサタンは復活しねぇぞ」
「ならば、そこにいるクラウンを差し出せばいい。そいつ一人の命でサタン様の復活も叶う」
「はっ、そんなこと、させると思うか?」
トルソは、身体に力を入れる。すると、彼女の身体から黒い稲妻がバチバチと出現した。
ヒュブリスが足を止めて驚く。トルソは顔を歪めながらも、その口は笑みを浮かべていた。
「はははっ、あの悪魔の力、結構クるな! けど、これなら……!!」
トルソが足を一歩前に出し、駆け出した。
ヒュブリスは剣を前にし、振り下ろされた大剣を受け止める。ガァンッ!と強い音が響き渡った。同時に、激しい稲妻がヒュブリスの身体を包み込んだ。
「貴様、人間でありながら何故こんな」
「あの悪魔と契約したからだ! お前を足止めするように言われてんだよ!!」
ガァンッ、と剣が弾かれると、ヒュブリスは片足をついた。電撃のせいで、身体の自由が利かず、うまく動けないヒュブリスに、トルソは笑ったが、ごほ、と血を吐いた。
「チッ、これが限界か……クラウン!」
トルソは振り向いて背後にいるクラウンを見た。彼が持っていた剣が、黒く染まっている。片目が黒く染まりながら、クラウンは剣を振り回してヒュブリスに斬りかかる。ヒュブリスは剣を握る手を動かし、クラウンの肩を突き刺す。しかし、クラウンは止まらず、そのままヒュブリスの首を叩き斬った。
黒い血が溢れる。クラウンはその後、残った身体に剣を突き刺し、叫んだ。
「止まれ!!」
びくん、とヒュブリスの身体が跳ねた後、止まった。
まるで石像のように動かかなくなった彼の身体を見て、クラウンは剣を離して後ろへ下がった。
全く動かないヒュブリスを、二人は離れた場所で見た。二人の身体は満身創痍だった。
「くそ、サタンと契約しているからって、サタンの力で抑え込めって、無茶なこと言いやがる」
「でも、なんとか止まったな……お前、身体は?」
「あぁ、気持ち悪いが、なんとか……うぐっ」
ふら、と地面に倒れ込むクラウン。それに続けて、トルソも一緒に倒れた。
二人は、口から黒い血を流した。
「くそ、上位悪魔との契約って、こんなに辛いのかよ……」
「アルマ、よく契約できたな……やばい、意識が……」
力を使ったせいか、二人はそのまま意識を手放した。静まり返る中、一人だけ、姿を現した悪魔がいた。
「おいおい、あんだけの力だけで倒れるのかよ。脆いなー」
ベリアルだった。彼は倒れた二人を抱え上げた。
「ま、なんとかこいつの動きを止めることはできたからよしとしてやるか」
そう言ってベツレムの中に入ろうとしたが、ヒュブリスの身体が動いた。ベリアルは驚いて振り返ると、彼の身体が砂のように溶けたかと思えば、そのまま一つの形に戻った。元通りの姿になったヒュブリスは、身体に刺さっている剣を抜いて捨てた。
ヒュー、とベリアルは口笛を吹いた。
「動けんだ。流石あいつの呪いだな。契約者の命令もかき消すか」
「その男を、寄越せ」
ヒュブリスは剣を向ける。ベリアルは二人を抱えたままにんまりと笑った。
「可哀想な奴だな~。悪いけど、こいつは渡せねぇぞ」
「お前も、サタン様の復活を望んでいるはずではないのか?」
「そりゃそうだけどさー、でもルシファーが言ったんだよ」
悪魔の笑みを、向ける。
「あいつを復活させるのは、自分だとな。お前が蘇らせるのが気に食わねぇそうだ」
「ならば、すればいいではないか」
「お前の望み通りになるのが気に食わないんだよ。たかが人間が、悪魔の意志に沿うような真似すんな」
「矛盾している」
「ケケ、なら、お前の存在も矛盾だらけだろうが」
ケタケタ笑う悪魔に、ヒュブリスは無表情のままだったが、足元から感じ取った気配に後ろへ下がった。
バチバチ、と電流が走った。ベリアルの身体から雷が迸っている。
「お前に召喚された身だから、本来ならお前のいう事を聞くのが道理だ。だが、ルシファーが言えば全ての優先順位はルシファーの言葉になる。調子に乗るなよ人間。ここでお前を消し飛ばしてやってもいいんだぜ」
その目は、笑っていなかった。ヒュブリスは、剣を構えた。
「私はもう既に死んでいる身。何をされても、呪いでかき消される」
「おー言ったな」
どさ、と二人の身体が地面に下される。
ベリアルは、黒い翼を生やして身構えた。
「なら、人がどこまで俺の攻撃に耐えれるか、見てやろうじゃねぇか!!」
ゴッ、と雷が走った。
悪魔と死人が、戦いを繰り広げる。
聖域都市、そこは美しい都だった。人々は裕福に暮らし、神への信仰を示している。鮮やかなライトに照らされながら、人々は幸せを謳歌していた。変わらぬ生活、美しく清い心。ここには平穏がある。誰もがそう信じて疑わない。
その上空で、アルマは空を飛びながら街を見下ろしていた。誰も彼女の存在に気づいていない。アルマは、彼らの幸せそうな顔を見て、表情を曇らせた。
「私が信じていたものって、偽りだったのか……」
そう呟くと、ガブリエルの声が聞こえた。
『アルマ、神が何故、この地をそのままにしていると思う?』
その問いに、アルマは応えられなかった。いつしか、ベルが言ったように、「自分の蒔いた種を刈り取っただけ」なのだろうか。しかし、ガブリエルは言った。
『ベルが、神に望んだからだ。この地は、神の地に相応しくないと。愚か者は放っておけと』
「ベルが……?」
『あの子は、誰よりも神に信仰を持っていた天使だった。けれど、友の為に、自らを闇へ落としてしまう程に優しい子だ。この地が、神に相応しくないことを、最初から訴えていた』
ガブリエルは続けて言った。
『神は、本当に神を愛している者にしか、救いの手を差し伸ばさない。彼らは、神を信仰していても、その心には神への愛がないから、あんな恐ろしいことをしたのだろう』
「愛がない……」
『この地は、神の地じゃない。彼らの欲望の地だ。ここにいる人々は、その欲望にあやかっているだけの、哀れな住人だ』
楽し気に笑うその声が、神のお陰じゃない。それが、とても心苦しかった。
「救え、ないんだろうか」
『救えるなら、私も救いたい。けれど、彼らの心は、もう、毒されている』
そんな会話を重ねながら、二人は聖域都市の中心部へと向かった。
大教会。そこは、聖域都市の中心であり、神のおられる場所、神殿とも呼ばれている。
その教会の入り口に、アルマは降り立った。扉の前に立っていた親衛たちは、驚きの声を上げた。
「お前、アルマか!?」
「なんだ、その姿は!」
彼らの驚く声を他所に、アルマの身体からガブリエルが離れた。彼は苦し気に顔を歪めたが、すぐに真剣な顔をして立った。
彼らは、アルマの姿が変わったことに驚く。
「な、姿が変わった!?」
「一体何が……」
アルマは彼らを気にすることなく、ガブリエルと共に前に進んだ。
親衛たちは慌ててアルマの前に立ち、槍を前にだした。
「止まれ! お前はもう背教者だ! ここからの立ち入りは禁じられている!」
「それにどうやって聖域都市に入った! まさか、不法侵入か!?」
アルマは銃を構えた。親衛たちは驚く。アルマの目に、迷いはない。
「退け」
ガブリエルが手を翳した。親衛たちが倒れる。アルマは驚いた顔をしてガブリエルを見たが、彼は汗を流しながら微笑んだ。
「行こう」
「ガブ……」
「私は、お前と共にいる。神も、お前と共にある。だから、迷わずに進みなさい」
その言葉に、アルマは笑顔で頷いた。
そして、その大きな扉に手を置き、押した。ギギ、と音を立てて扉は開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます