第21話
「お父さん!お母さん!」
幼い子供が、家を出る前の両親に駆け寄った。二人は笑顔で抱きしめ、持ち上げた。
「今日も神さまに会いにいくの?」
子供の問いかけに、二人は優しく微笑んだ。
「そうよ、神様にお礼を言いに行くのよ」
「お前も一緒にいくんだぞ」
子供は嬉しそうに笑った。
両親と手を繋ぎ、教会に向かう。大きな十字架が掲げられる聖堂で、子供は両手を重ねて小さく言った。
「神さま、今日もしあわせを、ありがとうございます」
両親も同じように手を重ねて祈っていた。
これが、当たり前の生活だった。両親と楽しく暮らし、幸せを、神への感謝の祈りを捧げ続けていた。
子供が6歳になる頃、両親は熱心な信者として、教会から推薦を受けて神に献身した。
そして、神の名の元に悪魔を祓う聖職者となった。
今日も両親は、出かけていく。子供は留守番だった。
「今日も遅い?」
「ごめんね、大丈夫よ、すぐに帰ってくるから」
「いい子に待っていなさい」
「……うん、わかった」
扉が閉められる。一人、家に残された子供は、両親がよく読む聖書を開いた。
朗読をし、神への理解を深めるために、純粋に学んでいた。
しかし、彼女が8歳の少女となる頃、両親は突然、旅立った。
悪魔崇拝者に殺されたのだ。
教会で両親の葬儀が行われた。彼女は、もう笑顔を見せなかった。
悪魔崇拝者を、許してはいけない。その思いだけが、支えとなった。
それから彼女は、聖職者になるために努力を重ねた。
悪魔や、悪魔崇拝者への対処、神への崇拝。全て欠かさず、行ってきた。
そうして、幼かった彼女は、立派な聖職者へと成長していった。
教会の食堂で本を読んでいると、誰かが顔を覗き込んできた。
褐色肌に白い髪色をした少女だ。彼女は笑顔で挨拶をしてきた。
「お前か? 最年少で一番優秀な聖職者って」
「……誰?」
「あたしは、トルソ! 今日聖職者になったばっかなんだ! お前は?」
手を差し伸べられる。彼女は、躊躇いながらトルソと名乗った少女の手を取った。
「私は、アルマ」
それから、二人は、何をするのも一緒だった。
組んで悪魔を祓いに行ったり、一緒に神の事を学んだり、賛美歌を歌ったり。
トルソは、アルマにとって、新たな心の拠り所となっていった。
――や
自分達が15になる頃。トルソと別々の任務を受けることになった。
トルソは東へ。自分は西へ向かった。
笑顔で別れ、また夕食の時にと挨拶をした。
今日も、いつもと変わらない日を送るだろうと、思っていた。
ところが、帰ってきた時、教会は騒ぎとなっていた。
トルソが、悪魔に呪いを与えられたのだ。
彼女は苦しそうに目を押さえながら呻き声を上げていた。
アルマは、トルソを支えようと手を伸ばしたが、祭司がそれを止めた。
「触れてはいけない。君も呪われてしまう」
祭司のトルソを見る目は、汚物を見るようなものだった。
祭司はトルソを指差し、告げた。
「お前は、ここにいてはいけない。神の名を汚す者だ」
信じられなかった。何でそんなことを、と叫ぶ前に、彼女が連れていかれる。伸ばそうとした手も、他の聖職者達に止められる。
「だめよ、祭司様の言葉は絶対よ」
「私達まで呪われてしまう」
「なんて悍ましい……早く」
『処刑しなくては』
アルマの耳に入る、全ての声が、毒のように痛みを伴って響いた。
その日の夜、アルマは誰にも気づかれないように外へ出た。
そして、トルソのいる牢獄の窓辺へと近づいた。
静かに声をかける。
「トルソ」
気付いたトルソが顔を覗かせた。
その目は、手当すらしてくれないのか、痛々しい痕が丸見えだった。
「大丈夫か?」
「アルマ、あたしはここから逃げる」
「えっ?」
トルソの言葉に、目を見開く。
悲しくも決意の籠った顔で、彼女は言う。
「このままじゃ、あたしは殺される。そんなのごめんだ」
「トルソ……うん、わかったよ」
「止めないのか?」
「止められないよ……死んでほしくないから」
「ありがとう、アルマ。アルマが部屋に戻ったら、脱走するからさ。元気に過ごせよ」
「トルソも……」
別れの挨拶をする。このまま彼女と会えなくなるのが、とても苦しかった。
それでも、彼女が死ぬよりかはマシだと思ってしまった。
アルマは、自室へ戻った。そして、爆発音が響く。慌てふためく人々の声を聞きながら、アルマは祈った。
「神よ、どうか、私の友人をお守りください……」
トルソの無事を、ただ祈り続けた。
――やめ
それから、一年が経った。16歳の時、司祭にある仕事を託された。
「悪魔崇拝者が悪だくみをしている。それを阻止し、神への冒涜を止めさせなさい」
その命令にアルマは、はい、と返事をした。
向かった場所は、古びた教会だった。
――やめろ
扉を勢いよく開けると、目を疑うような光景だった。
悪魔崇拝者らしき者達と、神へ献身を果たした聖職者達が、何かを生み出していた。
悪魔崇拝者が呪文を、聖職者が祝詞を唱え、その中心には――
――やめろ!
鱗を持った人型の者達がいた。
アルマを見ると、一斉に襲い掛かってきた。アルマは、銃を握って、撃った。
何度も、何度も、襲い掛かってくる者たちをすべて撃ち殺した。
その中には悪魔崇拝者や、同胞であるはずの聖職者達もいたが、構ってはいられなかった。
ひたすら撃ち続けて、やがて、全ての者が動かなくなった。
血だらけの海の上に立つ。
何故、聖職者が、と思っていると、奥の部屋から誰かが出てきた。
あの鱗を持った者の腕を掴みながら出てきたのは、聖職者だった。
アルマは、言った。
「何を、しているんだ」
聖職者は言った。
「金だ」
アルマは続けて言った。
「何で、こんなことを」
聖職者は言った。
「金のためだ」
アルマは、叫んだ。
「神への信心はどうした!?」
聖職者は、笑った。
「そんものより、金が大事だ」
絶望した。
そして聖職者は、人間ではない――けれど、泣きじゃくりながら抵抗するその子に、銃を向けた。
「すべては失敗だ。これも始末しなくては」
「あああああああ!!」
アルマは銃を向け、撃った。
聖職者が、倒れる。どしゃ、と音を立てて動かなくなった。
アルマを見て、怯えているその子に、手を伸ばす。
するとその子は、顔を歪ませ、駆け寄って、抱き着いた。
そして、大きな声で、泣き出した。
――ああ、神よ。
アルマは、神を憎んだ。
何故、このような事を許されたのか。
何故、この者達を裁いてくださらなかったのか。
何故、助けてくださらないのか。
すべての疑問をぶつけても、神は応えてくれない。
『何故かって? お前の心は、とっくに神から離れていたんだよ』
アルマは目を覚ます。
慌てて身体を起こして辺りを見回す。周りは、真っ暗だった。
「トルソ! クラウン! ベル! ガブ!」
それぞれの名を叫んでも、反響してかき消されるだけだった。
舌打ちして歩き出す。足音もかき消される暗闇の中で、あの声だけが響く。
『どうして天使に力を貸すの? お前を助けてくれなかったのに』
耳を貸すまい、と無視して前へと歩み続ける。
しかし、声は続けた。
『どうして悪魔を殺すの? お前に何かしたの?』
うるさい、と声に出したかったが、声にならなかった。
『どうして、神は友達も自分のことも助けてくれなかったの?』
ぐっと拳を握る。
追いかけてくる声を振り払うように、走り始める。
しかし声は、追いかけてくる。
『どうして、逃げるの?』
来るな、と心の中で叫ぶ。
それでも声は続ける。
『自己満足しかできてないくせに』
やめろ、と頭を振り回した。
息を切らして走っても、出口は見つからない。
声は、追い込んでくる。
『お前がすごいなんて、誰も思ってないよ』
足が縺れ、転んでしまう。
身体を起こそうにも、心が重く、起き上がる事ができなかった。
『誰もお前を愛してはいないよ』
目尻が熱くなる。
『お前の両親も、結局、愛していたのは神だけだった』
ぽたり、ぽたり、と涙が落ちる。
『神のことだけで、お前のことなんて二の次だった』
否定したくても声が出ない。頭を振る事しかできなかった。
『可哀想な子。俺なら、お前の気持ち、すごくわかるよ』
苦しい、息ができない。
『お前を助けるのは、俺しかいない』
助けて、と手を伸ばすが、誰も掴んではくれない。
『願え――サタンに。全てを奪う神を呪えと、言え』
子どものように泣きじゃくる。苦しい。悲しい。怖い。辛い。
心が、恐怖で満たされる。
『さぁ――願え』
神なんか、と言いたかった。けど、けど。
両手を握りしめて、心の中で、呼んだ。
「かみさま」
誰かに手を掴まれる。そして、強く引かれる。
暗闇の中で、彼は光輝いていた――ガブリエルが、優しい顔で、涙を流しながら手を握っていた。
「アルマ」
名を呼ばれる。そして、光に包まれた。
「アルマ! アルマッ! おい! 起きろ!!」
呼びかけられて、目を覚ます。重い瞼を動かすと、顔を歪めたトルソと、クラウンが自分を覗き込んでいた。
「アルマ…!」
「トルソ……クラウン……」
身体を起こす。トルソは、アルマの身体を強く抱き締めた。
「死んでるみたいに冷たかったから、ほんとに死んじまったのかと……!!」
「よかった……」
クラウンもほっとしたように息を吐いた。
アルマは、状況が把握できないまま、辺りを見渡した。
そこは、洞窟のような場所だった。所々に蝋燭が立てかけられているため、洞窟内は明るかった。
「私、何が……」
「あの時、あたし達全員、暗闇に呑まれたんだ」
「でもガブとベルが助けてくれて、俺達はここに出てこれたんだ」
ハッと我に返る。あの時、暗闇の中で手を伸ばしてくれたガブリエルを思い出す。
「二人は!?」
「それが……わからねぇんだ」
「ここには俺達しかいない。恐らく、あの闇はサタンの攻撃だろう」
「……じゃあ、二人はサタンの所にいるかもしれないってことか」
二人は頷いた。
アルマは立ち上がり、洞窟を見渡す。右の方から、誰かの囁く声がする。アルマは、銃を持った。
「行くか?」
「あぁ、行こう」
アルマの言葉に、二人は頷く。
洞窟内を歩き出す。アルマの足取りは、あの暗闇の中にいた時より軽やかだった。
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