第20話
「そうか、エクソシスト達が……」
ガブリエルは、アルマたちから話を聞いて沈痛な面持ちで顔を伏せた。
対し、アルマはもう不安な顔はしていなかった。
「クラウンと合流して、スラム街に向かう。奴の目的が私なら、早く行って叩いておきたい。他の犠牲者はもう出したくない」
ガブリエルはしばらく黙っていたが、静かに頷いた。
「なら、私はクラウンを探してくる。お前達は先にスラム街に向かいなさい」
「入り口付近で待てばいいか?」
「あぁ、ベルと合流して一緒に向かってくれ」
「わかった」
頷くアルマに、ガブリエルは静かに微笑んで優しく肩にそっと触れた。
「アルマ」
「ん?」
「気を付けて」
まるで親が子を見送る時のようで、アルマは目を見開いたが、すぐに頷いた。
ガブリエルはアルマから離れ、空気に溶けるように消えていった。
トルソは「心配性だなぁ」と言ったが、アルマは、肩が少し軽くなったような気がした。
その後、ベルゼブブがやってきた。ベリアルを伴って。
アルマとトルソは目を見開いて叫んだ。
「何でそいつがいるんだ!?」
「餌付けした」
「はぁ!?」
軽く言うベルゼブブに、ベリアルはニヤニヤしながら頭を掻いた。
「ベルには逆らえねぇからさぁ」
「お前、サタンの復活を望んでいる側じゃないのか?」
「望んでるけど、ベルを怒らせたら地獄でひでー目に遭うし。まぁ、一時的な契約をしたから、今だけ味方」
「な、なんだそれ……ベル、何の契約をしたんだ?」
不安そうに言うアルマに、ベルゼブブは言った。
「夜枷」
二人は固まった。ベリアルは嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
アルマは顔を真っ赤にして、トルソは信じられない顔を浮かべていた。
「な、ななな……!!」
「忠告しておくが、この男は、女も男も喰う変質者だ。お前達は絶対に気を許すな」
「待って!! 何で、そういう!? べ、ベル、それって…!!」
「ガブリエルに手を出されるよりいい」
「いやそうじゃなくて!!」
アルマはベリアルを睨んだ。ベリアルは全く気にしてない様子だった。
「お前、ベルになんつー契約を……!」
「えー、取引に出したのはベルだぞ、俺悪くねぇし」
「貴様が召喚された時点で致し方ない。お前はそういう悪魔だ」
「そういうこと」
ベリアルはベルゼブブに引っ付こうとしたが、ベルゼブブの拳に殴られて倒れる。
何でこんな男にそんなことを、と二人は信じられない目でベリアルを睨みつけていた。
結局、ベリアルという悪魔はベルゼブブに対して忠実だったので、共にスラム街の前まで来た。
スラム街の入り口は、鉄パイプと石の瓦礫で作られた門が目印だった。
そこには、先に到着していたであろうクラウンとガブリエルがいた。クラウンはアルマたちに手を上げたが、ベリアルの姿を見て顔を歪めた。
「お前……!」
「お、さっき俺から逃げた奴じゃん。なんだ、仲間だったのかよ」
ベリアルが近づこうとするのを遮るように、ガブリエルが前に立つ。
「やめなさい」
「えー、いいじゃーん」
ずっとニヤニヤしているベリアルは、そのままガブリエルを抱きしめた。また、ベルゼブブに殴られる。
こいつ、早く地獄に戻した方がいいんじゃ、と三人は顔を合わせた。
ガブリエルからベリアルを引き離して、ベルゼブブが言う。
「ベリアル、説明してもらおうか。お前を召喚した者はもう死んだのか?」
「え? んーと、一人だけ、男がいたな。悪魔崇拝者の、たぶんリーダーやってる奴だと思うぞ。俺に命令をしたくらいだからな」
ヒュブリスだ、とアルマは確信する。拳をぎゅっと握りしめる。
ベルゼブブはその様子を横目に見ながら、ベリアルにもう一度質問する。
「場所は?」
「スラム街の、鉄の教会の地下だぜ」
「そうか」
ガシ、とベルゼブブはベリアルの頭を掴んだ。
え、とベリアルは目を見開いた。彼女は、恐ろしい笑顔を浮かべていた。
「ご苦労」
「あえ、ベル?」
「地獄に帰してもいいが、まだ帰りたくはないんだな?」
ベリアルは、冷や汗を流しながら「はい」と小声で言った。頭から手を離し、溜息をついた。
「ルシファーがどこかにいるから、探しに行くといい」
「マジぃ!? じゃあ行ってくる!!」
ころっと表情を明るくさせ、ベリアルはその場から弾丸のように飛んでいった。三人は唖然としながら彼を見送ってしまったが、クラウンがベルゼブブに言った。
「い、いいのかよ! あいつ放っておいて!」
「あいつはサタンよりルシファーが好きだ。ルシファーのいう事なら何でも聞く。奴らは召喚した悪魔がどんな性格をしているか、知っておくべきだったな」
「で、でもルシファーってサタンの復活を……」
「あいつにサタンの封印を解く頭はない。まぁ、マモンより処理は早く済むから、悪さをしたらすぐに地獄に送ってやる。行くぞ」
ベルゼブブは、そのままスラム街の中へと入っていく。ガブリエルは珍しく少し呆れた様子でため息をついて、ついて行く。三人は流れについていけなかったが、ここに留まっててもしょうがないと腹を括って歩みを進めた。
スラム街。そこは、悪魔に呪われた者が多く住まう場所だった。廃墟都市よりも人は多いが、その大半は悪魔の呪いを受けている者ばかりだ。人々はなかなか外に出ず、家に閉じこもった生活を送っている。外にいるのは、悪魔に憑依された人間ばかりだった。
歩いている被害者が、足音を聞いて振り返る。そこには、唖然としているアルマ達がいた。
「ここが、スラム街」
その声を聞いたのと同時に、アルマ達に襲い掛かる。一行は武器を構え、一斉に攻撃をしかけた。
銃声と、悲鳴が響く。家の中にいる人々は怯えながら身を潜めていた。
アルマは二丁拳銃で悪魔を撃ち払い、トルソは大剣で薙ぎ払う。その後ろから、クラウンが片手剣を使って一体ずつ確実に仕留めていく。その様子を見て、トルソは口笛を吹いた。
「戦えるようになったじゃねぇか!」
「くっ、実践は今回が初めてだ!」
そう言いながらも、クラウンはうまく避け、剣を振り回す。ベルゼブブとガブリエルの訓練の成果が出ていた。更にその後ろから、二人が人間達に憑りついた悪魔たちを払って進んでいた。
ガブリエルがあることに気づく。
「ここは、神の加護が一切感じられない。感知ができない」
それに対し、ベルゼブブが応える。
「呪われた地か……サタンが好みそうな地だ」
ベルゼブブは足を止めて意識を集中させる。すぐに聞こえてきたのは、笑い声だった。威圧感を伴った、少女の笑い声。
初めて、ベルゼブブの顔から冷や汗が出た。ガブリエルはその様子を見て彼女の肩に触れた。
「大丈夫か?」
「奴め、こっちを見て嗤っている」
ベルゼブブは汗を拭った。
「私の意識をかき乱してきた。奴の場所がはっきりわからん」
「……鉄の教会とベリアルは言った」
「そこを探そう」
ベルゼブブは足早に、三人の間に入った。
「鉄の教会とやらを探すぞ」
「それなら、俺、知ってるぞ」
クラウンは、左の方角を見た。
「あっちだ」
一行はそちらに向かって歩き出した。
悪魔達を払いながら進んでいると、クラウンが言っていた鉄の教会という場所にたどり着く。はぎれの鉄を繋ぎ合わせたように作られた教会は、酷くぼろく、触れれば今にも崩れそうな有様だった。
アルマ達は、教会の前に立つ。ここに、サタンとヒュブリスが、と思っていると、ガブリエルの足元が揺らぐ。それにいち早く感づいたアルマは、ガブリエルの腕を掴んで引っ張った。
その瞬間、大きな赤い蛇の頭が出現し、バグン、と音を立てて大口が閉じられた。危うく食われるところだった。
その蛇には一本角が生え、長い牙を生やしていた。翡翠の瞳が、アルマを映す。心が奪われそうになるくらい、強い力を感じた。ベルゼブブはアルマとガブリエルの前に立ち、その目に向かって手を突き出す。
ドッ、と刺さった感触はしたが、その蛇は黒い靄となって姿を消した。
シン、と静けさが戻る。クラウンとトルソは、その光景を見ている事しかできなかった。
「い、今のは」
トルソの質問に、顔を歪ませたガブリエルが答える。
「サタンの、一部だ」
二人はゾッとした。ベルゼブブは舌打ちをしながらアルマに振り返る。
「よく気付いたな」
「いや、なんか、違和感を感じて」
「……やはり、ガブリエルが見立てた通りかもしれない。お前ならサタンを暴けるかもしれん」
ベルゼブブにそう言われたものの、アルマ本人は汗を流していた。あんな、威圧感の塊を相手にしなくてはならないのか、と今更ながら恐怖心に苛まれる。手が震えてしまう。すると、ガブリエルがそっと手を握ってくれた。
顔を上げると、彼の優しい顔がそこにあった。
「ありがとう、アルマ」
「ガブ……」
「ここからは、私も力を使う。行こう」
力強い言葉に、アルマの恐怖心が和らぐ。その言葉に覚悟を決めて頷いた。
そして、全員で鉄の教会の扉を開けた。
鉄の扉は重く、ギギ、と音を立てながら開かれる。中に入ると、そこは教会というには酷く、廃れていた。
ベルゼブブが先に進む。壊れた祭壇の前に立つと、それを簡単に蹴り飛ばした。
埃を立てて転がる祭壇。その下には、隠し階段があった。トルソとクラウンが中を覗き込む。
「この下か?」
「さっさと行こうぜ」
進もうとした時だった。
「待て」
低い声が響き、全員が振り返る。
そこには、フードを被った男が一人、立っていた。アルマはそれが誰なのかすぐにわかった。
「ヒュブリス…!」
銃口を向ける。しかし、彼は臆することもなく、フードを取った。紫の髪と、勇ましい顔立ちが露になった。
「お前達には、ここで死んでもらうぞ」
マントの下から、剣が取り出される。三人が身構える中、ガブリエルとベルゼブブが驚いた顔をした。
「お前……何故」
「何故、動いている?」
二人の言葉に三人は振り返る。ヒュブリスは一歩、足を前に出した。
「驚くのも無理はなかろう。私は、死人だ」
驚愕した。しかしアルマ達の目には、生きて動ているようにしか見えなかった。
「私の魂が、見えないだろう」
「あぁ、見えない。生気すら感じられない」
「なのに何故動いている? まさか」
ベルゼブブの言葉に、ヒュブリスは頷いた。
「そう、私はサタン様の呪いによって動かされている」
ギリ、とベルゼブブの顔が歪む。ガブリエルもまた、信じられない様子で顔を横に振った。
三人は、ただ唖然とするしかなかった。
「3000年前、私は王だった」
一歩ずつ、近づいてくるヒュブリスに、アルマは銃を撃った。ヒュブリスの剣がその銃弾を弾く。
「まだ、騎士や領民が住まう土地だったこの場所は、ある時、隣国の侵略者によって滅ぼされた。私は、その時に剣で刺され、死ぬはずだった」
トルソが大剣を振り回して飛び掛かる。しかし、ヒュブリスは大剣を避け、トルソの腹に蹴りを入れて壁に叩きつけた。続けてクラウンが向かう。ヒュブリスは剣を軽やかに動かし、クラウンの剣を受け止めた。
「死ぬ寸前、私は悪魔に出会った」
ガァン、と剣が弾かれ、拳がクラウンの溝内に入る。ガハッ、と息を吐きながら彼はその場で倒れ込む。
ヒュブリスは倒れたクラウンを通り過ぎ、アルマに近づいていく。
「悪魔は、サタンと名乗った。サタンは言った。お前の望みを一つだけ叶える代わりに、自分の封印を解け、と」
アルマは銃弾を乱射する。ヒュブリスの剣は、それらすべてを叩き落した。
徐々に近づいてくるヒュブリスに、アルマは恐怖する。その目からは、何の感情も見られなかったからだ。
「そして、私は、サタンによって呪いをかけられた。長い間、サタンを蘇らせる為に、様々な方法を試した。容易い事ではなかった。封印を解く方法を探し、聖職者や他者を利用し、殺して、殺して……血の海を作った。だが、ダメだった。全てが失敗に終わった。必ず邪魔をされるからだ」
ベルゼブブとガブリエルがアルマの前に立つ。ヒュブリスは足を止め、アルマを見つめた。アルマの額から、汗が流れる。
「だから、捧げた――娘の身体、をサタン様の依り代として」
その言葉に、ガブリエルが衝撃を受ける。
「生前、私が最も愛していた我が娘の遺体だ。私の愛が重要だったらしい。私がこの世でなくしたくないものが、サタンにとって、素晴らしい生贄だったのだ」
「なんて、ことを!!」
ガブリエルの怒りの声が響く。彼が激昂したのは初めてだった。だがヒュブリスは無表情のままだった。
「私の娘とサタン様の霊は、相性がよかったのだろう。憑依したことでサタンの封印が一つ解けた。しかし、それ以降はまたうまくいかない。他の悪魔に頼もうとしても、悪魔達は自分の意志でしか動かない。だから――」
ヒュブリスの姿が一瞬で掻き消える。そして、ガブリエルの目の前にやってくる。ガブリエルは瞬時に双剣を創り、ヒュブリスの剣を受け止めた。強い金属音が響き渡る。アルマとベルゼブブが驚く。
「大天使ガブリエル、お前はミカエルの次に神に近い存在。お前をサタン様に捧げれば、また封印が解ける」
ガブリエルの腕が掴まれる。しかし、ガブリエルは怒りの顔を浮かべながら足でヒュブリスの腹を蹴り上げた。
ヒュブリスは痛みを感じないのか、微動だにしなかった。ガブリエルは、ヒュブリスに向かって言った。
「サタンに、何を望んだんだ」
「人間に死を。それだけだ」
「そのために……そのために、我が子を捧げたと言うのか!!」
教会の中に、一気に冷気が満ち、全てが凍り付く。
ベルゼブブはアルマを抱えた。立ち上がったクラウンとトルソが、氷だらけになる部屋を見た。
「何故、そんなことをしてまで……!」
「……我が子を、目の前でバラバラにされた気持ちが、お前に理解できるか?」
「ッ!!」
言葉を失う。怒りと悲しみがない交ぜになったガブリエルは、ヒュブリスの身体を突き飛ばした。彼が離れたと同時に、笑い声が響く。
『キャハハハハハッ!!』
その笑い声と共に、地面から現れた闇が部屋全体を包み込み、その場にいた者達を全て飲み込んだ。
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