第44話 夜、暇?

「開けるよ?」

「待って! …今、寝起き。パジャマ、だし、髪、ボサボサ………それより、な、なんで先輩、いる?」


ドア越しに聞こえてくる声は確かに美冬ちゃんの声だ。

てっきり美冬ちゃんも俺が来るかもしれないことを知ってると思い込んでいたが、全然そんなことないらしい。


「帰り道未来ちゃんと会ってカクカクシカジカあって、何故か来ることになった」

「そ、そう、なんだ」

「お姉ちゃん、話すならきょーくん入れてあげれば?」

「待って…っあ、先輩、すぐ帰っちゃう?…」

「美冬ちゃんがいて欲しいって言うならバイトギリギリまでここにいるよ」

「じゃあ10分…5分だけ、待って。着替え…あと、ちょっと髪直す」


数分間、未来ちゃんと話しながら待っているとゆっくり扉が開いた。


「ほ、ほんとに本物の先輩……お、おまたせ…しました」

「紛うことなき、本物の俺だ」


寝癖が少しついている髪、息が少し上がっていて顔もほんのり赤い。


「入って。なんにもないけど…あっ、えとっ、お茶持ってくる」

「それなら私が持ってくる。お姉ちゃんはきょーくんと

話してて」

「わかった…じゃあ、先輩、適当に座って」


部屋に入ると、まず目に入ったのは本。小説、漫画、ラノベ等色々とある。勉強机の上には新品に近い教科書、

少しだけ汚れているノートが置いてある。ベッドの脇と部屋の中心辺りにある小さめの机の上にも本が積まれている。美冬ちゃんはベッドに座り、俺はとりあえず机付近の床に座った。


「美冬ちゃんの部屋めっちゃ本あるな」

「うん…本、好き。先輩も、読む?」

「俺は漫画なら読むかな。小説とかはあんま読まないな」

「そうなんだ…前、私の事いっぱい聞いてくれた、から、先輩のこと、色々聞きたい」

「なんでも聞いてくれていいぞ」

「うん、聞く」


なんだか嬉しそうな美冬ちゃん。顔が初めてあった時より明るい。


「先輩、学校だとどんなふう?」

「別に今と変わらん。美冬ちゃんと話してる時と同じ」

「学校、楽しい?」

「学校が楽しいというより、友達と会って話せるのが楽しいかな。もちろん、美冬ちゃんも友達だから、会って話せたら楽しい」

「…友達。先輩、は、私の友達でいてくれる? 私のこと、嫌いにならない?」

「当たり前だろ。美冬ちゃん、いい子だから嫌いになる方が難しいと思う」

「…そっか。先輩、ありがと……」


何故か少し泣きそうになっている美冬ちゃん。過去になにかあったのだろうか…


「美冬ちゃんが悩んでる時とか困ってる時、俺で良かったら協力するし、絶対嫌いにならない」

「…うん、……せんぱい」

「泣くなよ。せっかくのかわいい顔が台無しだ」

「だって…うれしい」

「お茶持ってきた…お姉ちゃん、泣いてる?」


未来ちゃんが戻ってきた。お盆の上にはコップとお茶とお菓子、それをゆっくりと机に置いた。小さな体で頑張って運んできたらしい。


「な、泣いてない…目にゴミ入った」

「ほんと?」

「ほんと…泣いてない」


未来ちゃんから顔を隠し、急いで目元を擦った。


「きょーくん、お姉ちゃんなんで泣いてるの?」


お姉ちゃんとして、妹に泣き顔を見せたくない。という意思を感じた。


「美冬ちゃんは泣いてないよ。それより、運んできてくれてありがとう、未来ちゃん」

「どういたしまして♪ えへへ、きょーくんに褒められた」


ニコリと笑う未来ちゃん、相変わらずかわいらしい。未来ちゃんは俺の隣に座った。


「きょーくん、お姉ちゃん褒めてあげて」

「…っ! な、何言ってる、の?」

「お姉ちゃんね、きょーくんがいない時も外出てがんばってたんだよ。それと、きょーくんに迷惑になっちゃダメって電話も我慢してた」


そういえばさっき未来ちゃんと話してる時褒めて欲しいみたいなこと言ってたな…


「…そ、そんなに頑張ってない。普通の人、から、したら、普通の、こと…私が、できないだけ。未来の方が頑張ってる。学校、行ってるし、私より話すのも上手」

「そんなことないよ。お姉ちゃんは頑張ってるもん」


未来ちゃんは俺の耳元に近づくと小声で囁いた。


「きょーくん、お姉ちゃん褒めてあげてね。私、下に行くから。お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、私がいるとお姉ちゃんになろうとするから」

「未来ちゃんは大人だな…」


行動力もあって、対応が大人。小学高低学年とは思えない。そんでもってお姉ちゃん思いの良い妹だ。


「私、宿題あるから下いくね」

「うん、頑張って」


未来ちゃんは部屋から出ていった。当たり前だが、美冬ちゃんと二人きりだ。


「…先輩、無理に褒めなくて、いい、から。褒められるようなこと、ない…」

「確かに、俺はまだ美冬ちゃんにあったばっかりで美冬ちゃんのことあんまり知らないからな」

「…うん」


声のトーンが一つ落ちた気がする。ほんとうは褒めて欲しいけど、恥ずかしがってるみたいだ。


「でも、美冬ちゃんが頑張ってることは分かる。さっき、未来ちゃんに泣いてるところ見られないように、妹には泣いてるところ見せたくないって思ったんだろ?学校に行けるように外に出たり俺と話したりしてて、未来ちゃんの前でもお姉ちゃんとして頑張ってる。だから褒める! 偉い、頑張ってる、かっこいい、かわいい(?)、ご褒美欲しかったらあげちゃう!」


ちょっとソワソワし始めた。あからさまに嬉しそうだ。


「…ありがとう」

「隣、座っていい?」

「うん…」


美冬ちゃんの隣に座ると、美冬ちゃんは俺の方を見た。


「どうした? 俺の顔になんかついてるか?」

「…」


美冬ちゃん首を横に振った。


「隣にいる…」

「おう、いるぞ」

「ありがとう…」


俺の思っている以上に、俺は美冬ちゃんに好かれてるみたいだ。


「…先輩、安心する」

「緊張とかはしない?」

「全然しない。先輩、落ち着く」

「そっか」

「うん…」


下を向いて少し黙り込んだと思ったら、口を開いた。


「…先輩、お願いが、ある」

「なんだ?」

「もし、私が、学校、行けたら…先輩と一緒にお出かけしたい。一緒に、ご飯食べて、お店とか行きたい…」


つまりデートして欲しいってことだな。よし、美冬ちゃん、俺のこと好きだな(?)。


「いい?」

「いいに決まってるだろ」

「…私、頑張る。すぐは、無理かも、しれないけど、ちょっとづつでも、頑張る…それで、頑張って、学校、行けるようになって、普通になれたら、せ、先輩、と、を、に、先輩、せ、んぱい、と…せんぱいが……せ、せんぱい…」

「い、一旦落ち着け?」


急に顔が真っ赤になった。


「深呼吸して、冷静に」

「…う、うん……っ!」


ピクリと美冬ちゃんの体が動いた。多分これはお腹痛くなっちゃったやつだ。


「…」

「緊張しちゃったか? 無理するなよ」

「まだ…大丈夫、だから、もうちょっと、ここにいる」

「それで、さっき何言おうとしたんだ?」

「………」


また顔赤くなった。かわいいかよ。


「む、無理に言わなくてもいいぞ?」

「う、うん………でも、一つ、聞く…せ、先輩は、その……夜、暇?」

「まぁ…暇だな」

「で、電話、かけていい? …学校、終わったあと、先輩、暇じゃないと思う、から…」


なるほど寝落ち通話的なあれか。俺のこと好きやん。


「もちろんいいぞ」

「ほ、ほんと? …嬉しい。毎日は、先輩、疲れてたりする、と、思うから、しないけど、三日に一回、くらい…」

「美冬ちゃんって結構俺の事考えてくれるよな。そんなに気にしなくていいのに」

「気にする…気にしないと、迷惑かける……だ、だって、先輩、優しいから、甘えちゃう…」


美冬ちゃんが本気で俺に甘えてきたらどうなるんだろうか。抱きつかれるんかな……それは歩美も姉ちゃんか。

とりあえず頭撫でてあげよ(?)


「ちょっとくらいなら遠慮せず甘えてくれてもいいんだぞ」

「ふぇっ!?」


美冬ちゃんの頭を不意に撫でると、びっくりしたようで立ち上がった。


「っと、すまん」

「だ、大丈夫……っ! ちょっと……に…行ってくる」

「焦らなくてもいいからな」


部屋を出ておそらくトイレに行ったであろう美冬ちゃん。

数分後…美冬ちゃんが、戻ってきた。

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