第2話 ② 何気ない日常

放課後…


「キョーサン! オセロデースよ!」


帰りの支度をしていると俺を呼ぶ大きな声が教室に響いた。声をかけてきたのは一つ下の金髪留学生の後輩、ソフィーア・リコヴァ。愛称はソフィ、日本語ペラペラだが、少しイントネーションに違和感はある。


「シズチャンもいマースよ」

「響雅、早く来い。オセロの時間だ」


隣にはキリッとした一つ上の先輩、静谷しずたに りん先輩が立っている。この2人はかなり存在感があり、そこそこの有名人だ。俺はと言えばその有名人に挟まれた変なやつである。


「じゃ、負けた人はジュース奢りでやりますか。今日こそは先輩に勝ってみせます」

「ふっ…やれるものならやってみるがいい」

「ワタシも、勝ちマース」


校舎の隅っこにあるほぼ物置と化している教室には、少し大きめの机にオセロ盤が乗っている。


「「最初はグー!ジャンケンポン!」」

「しゃー! 俺後攻!」

「不利な状況でも勝つ…それが部長だ」

「ふたりともガンバってくだサーイ」


数十分後…


「参りました…」

「今日も私の勝ちだ」

「さすがシズチャンデース。つぎはワタシデース。キョーサン、しょーぶデース!」

「おら、やってやるよ!」


数十分後…


「参りました…」

「キョーサンまだまだデース。ワタシにかつなら100ねんデース」

「それを言うなら私に勝つには百年早い! だ」

「さすがシズチャン、カッコいいデース!」


部活というよりただの遊びを終えて、帰りは自販機でジュースを奢り、2人と別れた。

今日はバイトの日なので、家に帰らずそのままバイト先に向かう。バイト先は小さな居酒屋、選んだ理由は俺の父親が昔通ってたからだ。ちなみに今はほぼ酒は飲んでいない。理由は詳しくは知らないがやらかしたからだ


「あっ! きょーくんだ! きょーくーん!」


バイト先に向かう道中、公園を横切ると明るい声がした。1年前くらいに知り合った近所に住む小学2年生、藤花ふじはな 未来みらいちゃんだ。こちらに駆け寄ってくるとニコリと笑った。


「どうしたの?」

「縄跳び練習してて、二重跳びできるようになったの。見てて!」

「うん」


美来ちゃんは大きく跳んで一回だけ二重跳びをした。


「おお、すごいじゃん!」

「えへへ、ありがとう…でもね2回目ができないの。きょーくんできる?」

「できるよ。やってみようか?」

「ほんと! みせて!」


期待の眼差しを受け、美来ちゃんから縄跳びを受け取る。身長差も相まってかなり短い…跳べるだろうか。


「せーのっ!……っ」


少し高めに跳んだので、上手くいかずギリギリ2回だった。10回くらいやろうと思っていたが縄が短くて無理だった。


「わー! 凄い! どうやったの!?」

「うーん、そうだな。コツは手首で早く回すことかな? 未来ちゃんならすぐできるようになるよ。あと時間大丈夫? ママに怒られない?」

「あっ! ほんとだ! ありがときょーくん。きょーくんは、今からアルバイト?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、お礼と頑張っての飴あげる!」


未来ちゃんからポケットから取り出した飴玉を一つ受けとった。未来ちゃんと話しているとほっこりする。


「頑張ってね、きょーくん。また縄跳び教えてね」

「また今度ね」

「ばいばーい!」


美来ちゃんと別れ、甘い飴玉を舐めながらバイト先に向かった。


「お、きょーちゃん。学校おつかれ、ちゃちゃっと着替えて準備手伝って」

「はい、すぐ行きます」


店長に言われ、制服から店の服に着替えた。更衣室になっている部屋から出ると、誰か入ってきた。


「あっ、恋瑠璃じゃん」

「5日ぶりですね、七原さん」


大学生の七原しちはら 風花ふうかさんだ。七原さんも学校帰りのようで教科書とノートの入ったバッグを持っている。


「よく覚えてるねー。なんで?」

「普通に覚えてただけですよ」

「へー…それより聞いてよー、今日告られたんだけど、私他に好きな子いてさー」

「だから、俺に彼女とかできたことないんで、そういう話されてもなんも分かりません」


この先輩は普通に愚痴やら、自慢やら、煽りやらちょいウザイ。恋愛相談チックなことも言ってくるので腹立つ。


「そういうとこだぞ恋瑠璃。女の子の話は聞けよー」

「七原さんのは聞き飽きました。その自慢ムカつくんすよ」

「愚痴、自慢は聞かせてなんぼでしょ」

「店長にしてこればいいじゃないすか?」

「あのおっさんにしてどうすんの」

「あ? おっさん」

「あっ、いたんですか。てーんちょ♪」

「そりゃ俺の店だからな…傷つくぜ」

「あー、ごめんごめん、てんちょー!」


と、このように和気あいあいとしたアットホームな職場である。働いているのは店長とその奥さん、俺と七原さんだ。

暗くなってくると、常連客が入ってくる。俺は料理を持っていったり片付けるのが主な仕事だ。店内は狭く大半はカウンター席なのでお客さんの相手をすることも多い。

…そして時間が経つといつものあの人が来た。


「…い、いらっしゃいませ」

「あっ! 今日は響雅くんがいる!」

「今日もよろしくな、きょーちゃん」

「頑張れー、恋瑠璃ー」

「…はい」


親指を立てる2人、そしてニコニコのOLさん。しかし目の下にクマができており、明らかに疲れた顔している…若いOLの白永しらながさん。いつも俺はこの人が来ると相手をさせられる。理由は気に入られてるから。


「ご注文は?」

「えっと、とりあえず生中とねぎま、タレで」

「はい、分かりました」


横をむくと既に店長が生中を、七原さんがねぎまを焼いていた。2人とも今度は決め顔で親指を立てた…なんか腹立つ。そして俺の前に水用のグラスに入ったオレンジジュースが出された。


「はい、こちら生中とねぎまです」

「ありがと、響雅くん。じゃあ…」


白永さんがジョッキを持ち上げると、俺もオレンジジュースを手に取った。


「かんぱーい♪」

「かんぱい」

「「「かんぱーい!」」」


白永さんの乾杯の声と同時に、店にいる他の客からも乾杯の声が上がった。そしてみな一斉に飲む。もちろん俺もだ。


「っん、はぁぁ! 生き返るぅ!」

「白永さんいい飲みっぷりだねぇ! 風花ちゃん! 俺、ビール追加で!」

「こっちも頼む! あっ、あとねぎま」


そして湧き上がる店内。白永さんは美人だし、おっさん達からしたら嬉しいのだろうか。いつも疑問だ。せっせとピールを運ぶ七原さんに、ニコニコしながらねぎまを焼く店長。


「そしてねぎま…んーぅ! やっぱりこれ! そして響雅くんを見るとさらにビールが進む進む♪」

「あはは、そうですか。美味しいなら何よりです。酒まだいります?」

「もちろん!」


そして数十分後…


「それでさぁ、あのクソ田中がさぁ、しつこくてさぁ、わたしにはきょーくんがいるからいいのに酒飲みにいこーとか行って、仕事中セクハラパワハラばっかでほんと最悪でさぁ」

「た、大変ですね」

「慰めてぇ、頑張ったねって頭撫でてぇ」

「よ、よしよーし…」

「ありがと…きょーくんだけだよぉ、優しくしてくれるのは…」


このように酒の怖さと、美人OLの裏側を俺に教えてくれる。そのまま話を聞き時間が経つと、バイトが終わる時間だ。俺は高校生なので時間的に閉店まで働くことは出来ない。そして帰る頃には…


「…はぁぁ、もうすぐきょーくんとお別れやだぁ。あと一杯〜」

「僕は帰らないと時間的に法律に引っかかるんでダメですよ」

「そっかぁ、じゃあきょーくんも飲もう、未成年飲酒しよう」

「ダメですよ。そんなことしたら僕この店に来れなくなっちゃいます」

「それはやだぁ……じゃあ私もきょーくんと帰る」

「…はい、わかりました」


いつも通りの展開だ。白永さんは意外と酒が強いし、自制できているので歩けなくなるほど酔ったり、その場でいきなり眠ってしまったりしない。横を見ると七原さんと店長が((以下略…

ささっと制服に着替えて白永さんと外に出た。白永さんの家はここから割と近い賃貸なので送っていける。これも業務の一環だと自分に言い聞かせ仕方なく送っていた。


「きょーくんはやっぱり優しいよ。嬉しいよ。連絡先交換しよ〜」

「…前交換させられたじゃないですか」

「そうだっけ? じゃあきょーくんがいる日に毎日いくぅー♪」

「そんなこと行ってる間に着きましたよ。帰ったらお風呂入ってすぐ寝てくださいよ」

「はーい、ありがときょーくん。また今度ね」


白永さんを送り届け、帰路に着く。そしてたまっていたメッセージを返す。その中の1つに…


『kyoさん、いけます?』


core(こあ)という人からのメッセージ。coreというのはSNS上での名前で本名では無い。ちなみにお察しの通り『kyo』というのは俺のSNS上の名前だ。そのまんま呼び方は『きょー』だ。ゲームの誘いみたいだ。月野とはソシャゲ、coreさんとはFPSなどのオンラインゲーで繋がっている。


『今バイト帰りなんで、ちょっとだけいけます』

『おk』


返信を済ませ、少し歩くと家に着いた。


「ただいま」

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