第9話 魔女と学校と友達

 どういう配分で、どういう成分で、どういう仕組みなのか。わからないが、私が“人間”でいられる時間にはリミットがあるらしい。


(……ああ、やばい。やばい。息苦しくなってきた)


 場所は帰路の途中、点滅信号の交差点付近。死に際のひぐらしの大合唱に焦燥感を掻き立てられる。

 こうなる前に帰宅しておきたかったが、不測に不測を重ねた事態に巻き込まれていたのだ。今更成り行きを悔やんでも現状の結果になんら影響は見られないだろう。むしろ、一刻を争う今の状況、いらぬ思考でキャパを埋める方が愚策。

 さて、どうしたものか。どうしたものか。どうしたものか。


(……こうなることがわかっていたなら予備の薬を持っておくべきだった。あー、やらかした。先に帰宅しているであろうアリスの助力も乞えないし、急いで帰ろうにも時間的・体力的に余裕がない。……こんなことグジャグジャ考えている間にも体の変化が進行している気がしてならない、、、)


 もう八方塞がりだ。諦観の末路に浮かぶ自暴自棄の衝動に駆られかけていると、目の端に公園が映る。

 禿げた印象の公園だ。幼児用の滑り台の他に寂れた砂場しかない。しかし、公園と道路を区切り、取り囲むよう、低木のツツジが周囲を囲っていたのだ。この矮躯であれば身を隠すにはもってこいのツツジ。

 これ行幸と、私は一も二もなく最も陰まったツツジの低木の裏に飛び込む。

 そして間も無く人間の原型が崩れ、在りし日の懐かしき黒猫へと回帰する。


(……見られなかっただろうな、)


 ドク、ドク、ドク。

 懐古に耽る間も無く憂慮の念を心中に澱ませていると、


「おかしいのぉ?おい、大和、ここいらに猫おらんかったか」


 ひゅっと息を呑む。見られたか。声の主をツツジの木陰から覗くと、黒襟の学生服を羽織っている少年が二人。見覚えがあった。確かクラスメイトの武蔵と大和だ。会話の内容的に声の主は武蔵なのだろう。快活な印象の男子生徒で、めぼしい素行不良者の在籍していない一年生の中では最も派手な子だ。

 すると、武蔵の隣ですんとした風の男子生徒が大和だろうか。


「そんなのいたか?」


「あぁ、いたいた!」


 利発そうな印象の大和。武蔵の発言に対し、かったるそうに耳を傾けている。

 まずいなぁ。

 見られたか。

 もしも二人に私の正体を見られてしまっていたのであれば、私の目論見の邪魔になりかねない。私は私の大事なものの平静を保てないのであれば、手段を厭わず、憂慮事項を排除せねばならない。そんな私の葛藤なぞ知る由もない武蔵はまさに腑抜けた声音で興味のなさそうな大和に話し掛ける。


「大和、お前憶えが悪いのぉ。前からいよったぞ。ここらあたりに。赤い首輪をしたオスだ。三毛猫のオスだったもんで珍しいおもとったけど、あいつテリトリーを変えちまったのかぁ。すると惜しいことをしよったかもしれん」


「どっかの飼い猫だろ?それにお前んち、猫飼えたっけ」


「いんや?母上が猫アレルギーだから」


「だったら惜しいも何もあるか。馬鹿」


 馬鹿という単語を拾い上げ「何をぉ!」と眉間に皺を寄せ大和に威嚇をする武蔵。三毛猫、それもオス、すると私のことではないだろう。安堵する。だが、一方、ピンっと一本張り詰めたような緊張が胸中を走る。


(……そういえば、)


 ……そういえば、ここ最近、野良の猫を一匹も見ていない。 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 日常から乖離した“慣れない生活”ってもんも、一週間も経てば大抵のことには順応できるものらしい。それはもう、種族が変わろうとも、だ。

 更新される新しい日常。しかし、時として、そんな日常に汚泥の雫が垂らされ滴るが如く不文律が存在する。きっと、それを我々は“事件”とでも呼ぶのだろう。決して日常と交わらないそれは、今日の放課後、秋風なびく屋上にて発見された。


「今宵の事件現場はここ!!園・芸・部ッ!!」


「……今宵って。いや、まだ夕方なんですけど」


 はぁ、と嘆息する。増えた気がする嘆息。いかん、いかん、幸せが逃げる。ゴキジェットでどうにかこの阿保を現世からリフトオフできないだろうか。

 個人の幸福ってもんは究極的に他者が泥水を啜ることにあるだなんて真理に辿り着きかける私であるが、私がこの馬鹿のために下水を啜ってやる道理は微塵もないのだ。さっさと事件の概要を“証人”にでも聞くとしよう。


「いやぁ、いやぁ、悪いねぇ!こいつの処理に手間取りそうだったもんで、ちょうど猫の手も借りたいところだったんだよ!まったく、参っちゃうね!こんなイタズラをしちゃうおませさんがわが校にいようとは!」


 このキザったらしい話口調の男子生徒は加賀。ワックスだかジェルだかで髪を固めている背の高い男だ。

 性格になんの捻りもなく私に片目ウインクと洒落込む加賀。見るに耐えないので私は両目を瞑っちゃおうかしらん。


「……やめてよ。恥ずかしい」


 こっちのクールな常識人は赤城。背丈は私と同じほどで、その心底うんざりしている表情が等身大で拝める。きっと吐く息止まらぬ苦労人なのだろう、眉間の皺が深い。あらやだ、なんだかとっても共感してしまう。

 ともあれ、“事件”は彼ら彼女ら園芸部のDIY感溢れる庭で発見された。


「……にしても、“鍋”、だねぇ」


「……どっからどう見ても“鍋”」


 見たまんまの感想を述べる吹雪と私。

 それは巨大な“鍋”であった。レンガと盛り土、植物、残暑が相まり湿った土の匂いのするここで、ひときわシュールな異物が頑丈そうなガスコンロの上にどしりと置かれているのだ。見るからに怪しげな内容物と鼻を覆いたくなるような異臭をばら撒く、人間の手首から肘ぐらいまでの半径の巨大な鍋、それが此度の事件の元凶であった。

 魔女と、ぐつぐつに煮えくり返った巨大な鍋。

 お互いに、よく連想させられる組み合わせだ。


「さぁて、どうやって処理したもんかねぇ、これ。我が部活の三年生連中は塾で帰っちゃっているし、僕たちで片付けるしかないわけだけど」


「え、二年生にも先輩はいるんじゃないの?まさか、サボり?」


 頭を悩ませる所作ばかり仰々しい加賀に疑義の目を向ける吹雪。庇うわけではないが、吹雪の訝しみも今回ばかりは詮方ない。何せ、今回は私も吹雪も加賀から部活動に参加していないからという理由で助っ人として白羽の矢を立てられたのだ。もっともイタズラについて知れるきっかけであることは変わりないし、お互い願ったりで呼び出しに応じたわけではあるが、こうも露骨に人手として駆り出されておいて身内がサボっているとあれば思うところもあるだろう。

 しかし、苦労人の赤城が吹雪の疑問を否定する。


「……ごめんなさい。違うの。二年生はうちにいない。だけど受験シーズンの三年生には頼めないし、だからの人手不足で、その、、、」


「……まぁ、うん。別にいいよ。その代わり、“これ”について詳しい情報を教えてよ」


 “これ”とはもちろん、“鍋”のことだ。


「……ごめん。私も詳しくは知らないから。部活の為に鍵開けたらもうこうだったし」


 屋上の鍵を開けた時点で、、、

 なるほど。

 またもや密室。厄介なこった。

 しかし、なんだ、この異臭は。発生源は間違いなく鍋からだ。他のメンバーは変わらず鼻を摘んでいるが、かくゆう私はだんだんとクセになっていくような感覚に陥る。嫌いじゃない。むしろ好きまである。これはかの激臭料理『納豆』の思い出に類似する。猫時代の私は納豆など好事家の悪趣味とでも思っていたのだが、人間になってからというもの、納豆菌の魔力に病みつきである。いまや猫の姿でも食指が動きかけるのだ。結局は思いとどまるのだが。

 ぐつぐつ、ぐつぐつ、と。

 なにを煮ているのだろう。

 いやはや、こういうのは専門家にでも聞くしかない。聞くしかないのだが。しかし、そんな専門家など近くには、、、


「……なにさ。なにさ。他の子とばっかり話しちゃってさ、、、」


 屋上の端っこで土を弄る少女の声。聞き覚えしかない声。

 な、なんと、なんとである。いるのだ。専門家が。こんなところに。我が愛しのアリスさんがおられるのである。ぷくりと頬を膨らませているアリスさん。部活動に参加しているとは聞いていたが、ちゃんと今日も出席しているとは。えらい。えらいぞ。私も親心の琴線に触れ、感銘の一言では済ませられない感動に言葉が出ないまである。

 なぁに、ここは一つ褒美だ。話しかけてやろうじゃないか。


「……アリス、あの鍋の中、何が入っていると思う?」


 屋上の庭園に来訪していたことは知っていたのだろうアリスは、しかしまさかこっそりとでも自分に話しかけてはもらえないだろうと油断していたらしく、私がアリスの名を口にした途端ににへらと頬を緩ませる。だが、すぐにハッと我に帰りムスッとした表情に戻る。


「……家族でも友達でもなんでもないテレスとは口を聞きません」


 く、いつになく強情な。いやしかし、ここであっさりとアリスを友達として扱ってしまうことは彼女の今後を見越してもよろしくない。

 どうせ草花が目的だろうが部活動にも参加しているアリスに本物の友達ができるチャンスなのだ。そんな機会を潰してしまうことなど愚の骨頂。なんとか彼女の成長の芽を摘まず、それとなく“鍋”について聞きながら、そろそろ機嫌を直せやしないだろうか。


(……お、妙案を思いついたぞ)


 流石、私。冴えている。

 思い立ったが吉日、早速行動に移ろうじゃないか。


「……ごほん。加賀くんに赤城さん、それと西田さんも。これも良い機会です。お友達になりましょう」


 我ながら歯の浮くようなセリフ。「僕は!?」と小煩い蝿が出てくるが、「友達になりたそうに見える?私が?君と?」といなしておくとして。

 この作戦は題して『三人まとめてお友達大作戦』である。まずは私が園芸部三人の共有の友達となり、いわゆる“友達の友達”関係となった三人は自ずと距離を縮めて、ときに私の話題で盛り上がり、ときにファミレスで談笑の続きと洒落込む。そういうもんじゃないのだろうか、友達とは。知らんけど。猫だし。

 なんだか言い出した手前、失敗しそうな作戦であるが、やるっきゃないのである。


「おお!美人で素敵でミステリアスな山田さんとお友達になれるのであれば光栄だよ!お互い、密な親睦を重ね合おうじゃないか!」


「……はぁ。キモいよ、加賀くん。すごくキモい」


「何をいう赤城さん!カックイイ、ハンサム、イケメン、抱いて、でGoogle検索すればヒットするのが僕だっておかしくはない僕だぞ!キモいわけがないじゃあないか!ふふ、改めて、僕は加賀、園芸部の部員さ!趣味はファッション雑誌に出しゃばるモデルの顔の上に僕の顔写真をはっつけてやることさ!」


 そりゃ高尚な趣味だことで。ここまで要らない付加価値のある商品を生み出せるのもまた才能だろう。

 あと、吹雪くん、ググらなくていいからね。出てこないからね、彼。


「……あ、あはは。変なのの後はイヤなんだけど、私は赤城。趣味は、その、盆栽いじり?とか。だから園芸部なわけだし」


 一方、控えめな自己紹介の赤城。盆栽趣味とは古風なことだ。ワビもサビもツーンとする印象しかない私には縁遠い趣味である。

 盆栽いいよね!雑な編集の雑誌なんか切り刻んでしまえ!そんなことも言ってやれない私じゃ友達になれるか心配だが、お友達大作戦を提唱した手前、努力義務以上の義務が私にはある。次はアリスだ。喋りにくそうなら相槌を打ってやり、暴走しそうなら平手を打ってやろう。


「……じゃあ、次は西田さんの――――――」


 円滑に、凹凸なく、なによりも自然に。アリスを学級の友の輪に入れてやる算段を考えていた。

 しかし、算段なんてもの、なんだったら私のような者の浅はかな策謀など上手くいった試しもなく、


「――――――テレスの、」


「……ん?」


「……テレスの自己紹介、聞きたい!」


 いつだって純真無垢が私の思惟を阻むのだ。

 それにしても、くっ、なんだこいつ。ここぞとばかりに。どんだけ私が好きなんだよ。そういえば登校初日の自己紹介は犯行声明やらなんやらあったせいでザ・適当に済ませてしまっていたが、まさか身内に最も私の自己紹介を聞きたがっている奴がいるだなんて思わんだろう。回り回ってショックなんだが。そんなに私のこと知らないんですかね、アリスさん。


(……まぁ、とはいえ、流れ的にやるつもりではいたらかいいか)


 しかし、アリスの前で二度目の自己紹介だ。失敗は許されない。

 不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。背中で勇姿を語ってやらねばならない。なら、やるか。やってやるか。次こそ脱ごう。そして世界に冠する我らがジャパニーズ芸人魂の真髄を今時の世代の輩に見せてやろう。さて、いざ!


「……皆さん。安心してください。履いてま――――――」


「彼女は山田テレスちゃんだよ!元気で明るく気さくな女の子!趣味は、……えっと、知らない!僕のかけがえの無い親友さ!」


 遮っておいてにっこにこな吹雪。あげく「ちなみに僕は吹雪!よろしくね、みんな!」と聞いてもいない自己紹介をする吹雪だったが、「知っているとも」「……知ってる」と総スカン。またしても脱ぐチャンスを逸してしまった。ところでアリスさん、学友に殺意を込めた視線を送らないの。やめなさい、そんな雑兵を葬るのに前科がつくなんて割に合わないわ、私に任せなさい。いい感じにデリートしておくから。


「……あ、じゃあ、西田さん。自己紹介を、」


「西田アリス。十三歳。趣味は話したくない。以上」


 わぁお、ご立腹だ。この上なくご立腹。しかし、加賀も赤城も特段気にする様子もなく、普段通りとでも言わんばかりに彼女の機嫌については触れない。なるほど、これは友達作りをうまい具合にサポートしてやらないと厳しそうだ。


「さーて、みんな友達になったことだし、僕たちがわざわざ手伝いに来た目的も果たそっか。赤城ちゃん、加賀くん、この“事件”について、知っていることだけでもいいから教えておくれよ」


 おいおい、やめろ、事件と呼ぶな。まるで私とお前の知能レベルが同じ水準みたいじゃないか。


「……これ、たぶん魔女の七不思議の一つ、だよね?」


「ああ、おそらくそうだねぇ。けど、吹雪くん、悪いんだけど知っていることと言っても僕たちもさっぱりなのさ。いつ、誰が、どうして、どのようにして、こんなイタズラに及んだのか。なーんにも見当がつかないからねぇ!」


 赤城と加賀、どちらも大した証拠を握っていないよう。

 もっとも、元からそんな決定打を期待しちゃいない。七不思議というのだから七つあって然るべきなのだ。ここで犯人を突き止める証拠を見つけずとも、なんとかはなる、はず。最終的に魔女の蛮行とやらを公表させなければいいだけなのだ。

 それにもう一人、部員がいただろう。


「……アリ、……西田さんは、何か思い当たる節があったりする?」


「…………」


「……西田さん?」


「……私の名前、アリスなんですけど」


 いや、知ってますけど。わぁ、っはー。困ったなぁ。あまりに可愛らしい反応に、ついつい友達大作戦とかいうマヌケな名前の作戦とか心底どうでも良くなりそうだ。けれども、ここは辛抱である。私は鉄と鋼の心を持つテレスさん。そう簡単に我が堅牢な心の牙城を打ち崩せるとは思わないでいただきたい。


「……で、アリスちゃん、何か思い当たる節があったりするのかなぁ?」


 いやね、傾城の可愛こちゃんじゃね、仕方ないね。

「あれぇ、なんか仲良いね!」と要らん勘の良さを働かせる吹雪には「テメェとの仲が悪いだけだよ」と誤魔化しておくとして、さっさと公認の友達関係を築かなければ私の方が粗を出しかねない。ちなみに「知らない!」と元気よく役に立たないアリスちゃん、ほんと役立たず。


「あ、そういえば、この鍋はどっから持ってきたの?」


「これかい?うちの備品じゃないからなぁ。家庭科室にでもあったんじゃないのかい?」


「あったかなぁ、こんな鍋。ともかくさ、さっさと捨てちゃおうよ!鼻がモゲちゃう!」


 吹雪と加賀、二人で鍋の取っ手を持ち上げるが、「おっも!」と予想以上の重さに持ち直す。

 二人の男子がせっせと排水溝へと運ぶ間、非力な女子三人は暇するわけで。「これ、えらく立派なカセットコンロもあったもんだね」と鍋の下から顔を出したガスコンロについて問うと、「……え?あ、う、うん。イベントに使ったから」と、赤城は何故かふと目を逸らしながら答えた。


「……ね、他に鍋とかって園芸部で置いていたりする?」


「……ううん。無かった、と、思う……けど」


 ……そりゃ、そうか。ここ、園芸部だもんな。鍋を用意する理由もないか。

 せっかくの機会だ、と「他にも園芸部について色々……」と探りを入れようとするのだが、「ねぇ、ねぇ!テレスもさ、園芸部に入部しなよ!」と横から口を挟むアリスちゃんのおかげで会話がまるで弾まない。やっばい。さっさと友人の輪を広げていかないと怪しいだけの私になっちまう。この際、アリス友人帳でもこさえてお友達のお名前を書き殴っちゃおうかしらん。孫の代にまで面倒をかける気がしてならないが。


「……あ、わ、私、物置の鍵開けてくるから」


 距離感がベタベタしている私とアリスを横目にして物置に施されている南京錠を解く赤城。

 シリンダー錠の鍵穴とは明らかに別物の南京錠。気になって見つめていると、赤城は「これ、ちょっと前の卒業生が悪ふざけでつけちゃってから外すに外せなくって」と苦笑いを浮かべる。カセットコンロを片付けを手伝うついでにガレージの内側を拝見すると、ムワッとした空気に追い返されながら、肥料、長靴、シャベル、殺鼠剤等を確認できた。……殺鼠剤、ネズミでも湧くのだろうか。

 こんなところに長居しては熱中症で倒れてしまう、と倉庫はすぐに閉じられてしまったが、これといったものはなかったように思う。


「……ちなみに、そちらの南京錠のロック番号って聞いてもいいやつ?」


「……1185だよ。鎌倉幕府成立の年代。イ・イ・ハ・コ・作ろう園芸部、ってね」


 赤城はあっさりと教えてくれた。そこまであっさりだと鍵の意味がないだろうに。「……どうして1192から1185になっちゃったんだろうね」なんて小首を傾げている始末を見るに、南京錠に、はたまた中身のガレージにさほどの思い入れもないのだろう。

 ガチャリ、と金属の摩擦音を立ててロックされる南京錠。その四桁の数字をバラバラにする赤城さん。


「……ね、あの二人、大丈夫かな?加賀くん、あれでかなり鈍臭いから心配だわ」


「……だね。吹雪くんは吹雪くんでちゃんと鈍臭いだろうし、私たちも助けに行こっか」


 気の利くいい子な赤城は小走りに助力のため男子二人組の元へと向かう。

 あれで加賀との仲は良好なのだろう。いい意味合いで遠慮が見受けられない。親心としてはせっかく入部したのだから、毒されない程度にアリスも輪に加わって欲しいのだが、それは望みすぎというやつだろう。あくまで自然に、かつ自発的でなければ意味がないのだから。

 さて、私も不本意ながら助けに行ってやろう。アリスの前だ。他者との助け合いの心を育んでほしい。

 やってみせ、褒めてやらねば人は動かじ。有名な言葉の一節である。だが一個だけ、さっき聞きそびれたことだけ聞こう。


「……ところで、あの鍋の中身、あれってなんだったかわかる?」


「んー?あれはねー、たぶん、――――――」


 ――――――曰く、それはセイヨウカノコ草。不眠治癒で知られる薬草は魔女の薬草としても広く知られ、かの御伽話『ハーメルンの笛吹き男』でも鼠取りとして登場したとかなんとか。聞けばセイヨウカノコ草の香りは人間だと顔を顰め、ネズミや猫は誘き寄せられるらしい。

 道理で猫である私もまんまと魅了されかかっていたわけだ。危ない、危ない。

 ……そういえば、猫、か。なんだろうか、この妙な胸騒ぎは。

 ……まるで、赫い赫い夕焼けに足の指先から燃やされているような、そんな不気味な感覚だ。

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