第32話 愛の力?
年が明けて、幸太の受験勉強もいよいよラストスパートだ。
相変わらず、
「コーちゃん、
「神頼みなんかしてる時間あったら、勉強するよ俺は」
「神頼みしたいんじゃなくて、かわいい弟とデートしたいの!」
「だったら彼氏つくれよ。年末年始だからって実家に帰ってきちゃあ食っちゃ寝、食っちゃ寝じゃんか。バイトもしない、勉強するでもない、友達もいないし彼氏もできない、なんのために生きてんだよ」
「ぷんすかぷん、友達はたくさんいますー!」
「だったら友達に遊んでもらえ。センター試験を控えた弟をデートに誘うな」
「ぐすっ、コーちゃん私のこと見捨てるの? ヤり逃げジャンそんなの」
「ヤッてねぇし、泣き真似すんなっての」
「ヤり逃げ常習犯はみんなヤッてないって言うんだよなぁ」
「……マジで殴って黙らせるしかねぇのか」
「いやっ、やめてコーちゃん! いつもみたいにお姉ちゃんをぶたないで! 童貞のくせしてお姉ちゃんをいじめないで!」
その幸美も、1月2週目に入って自宅へ戻った。大学は春休みが異常に長く、2月の上旬ないし中旬には休み期間に入ってしまう。大学受験の本番時期に再び帰省しないことを祈るばかりだ。
大学受験がすべて片付くまで、幸太は学校には基本的に顔を出さないつもりでいる。この時期、学校は自由登校となり、授業も実施されない。教室は開放されているが、生徒たちはすべて自習となる。
ただ、始業式だけは別だ。この日は3年生も出席すべきこととなっている。
始業式を除けば、あとは卒業式の予行、そして卒業式本番だけが、クラス全員で揃う機会になる。
「もうすぐ、この教室ともお別れだね」
美咲がしみじみ、クラスメイトの顔を
「さびしい?」
「うん、さびしいよ。いいクラスだったし、楽しかったもん」
確かに、いいクラスだったと幸太も思う。いじめらしいいじめはなかったし、極端な迷惑者もいなかった。なにより、幸太と美咲の仲を邪魔するやつがいなかった。最終的には、クラスの公認カップルとして、ふたりは受け入れられたのだ。
それにこの教室には、美咲とのたくさんの思い出がある。
そういう居心地のいい環境から離れるのは、幸太にとってもさびしいし、残念に思う。
「クラスは解散になるけど、友達とはまた会えるよ」
「そうだね。
「卒業旅行、楽しそうだね」
旅行、と聞いて、幸太はふとひらめいた。
「美咲」
「ん?」
「俺たちも行こうよ、卒業旅行」
「えっ」
「もちろん、ふたりで」
美咲はさすがに恥ずかしいのだろう、豊かに伸びたまつげを伏せ、それでも微笑みは絶やさず、少しもったいぶってからうなずいた。
「うん、いいよ」
「俺も考えとくけど、美咲の行きたいとこあったら教えてね」
「分かった。私の方が先に試験終わるから、ゆっくり考えてみるね」
(美咲とふたりで旅行……ついに、ついにここまできたのか……!)
幸太は内心、大興奮だった。ふたりきりで旅行というのは、これはもう、最終段階と言っていい。まさに、一年の集大成だ。
4月時点で立てたWBSでも、卒業旅行に美咲と一緒に行く、という項目があった。だがそのときに想定していたのは、グループ単位での旅行であって、ふたりきりではなかった。あらゆる計画が前倒しで進んできたからこその成果だ。
(よし、大学受験なんぞはちゃちゃっと片付けて、美咲との卒業旅行にすべてを
そして1月15日と、同16日、センター試験。
幸太は16日の夜、自己採点を終えてから、すぐに美咲にメールを送った。
『美咲、昨日今日とお疲れ様。自己採点終わった?』
『コータ、ちょうどメールしようと思ってた! 予備校で自己採点したよ。いい点数とれてそう! コータはどうだった?』
『うん、俺も期待してた以上にはできたかな』
『コータは予備校通ってないのに、ほんとにすごいよね』
まぁ一度経験してるし、と思いはしたが、まさかそうは言えない。
『美咲は、次は上〇の試験だね。第一志望じゃないけど、うまくこなして、はずみをつけられるといいね』
『うん、センター試験はうまくいったし、自信を持って挑めると思う。いつも励ましてくれてありがとう』
ふたりは引き続き受験勉強に打ち込み、試験の全日程が終了したのが、2月25日。
この日、幸太は第一志望の国立大学の試験2日目、そして美咲は第一志望の合格発表日だ。
幸太は試験が終わってすぐに美咲にメールを送り、直後、折り返しの電話がかかってきた。
『コータ、メールありがとう。試験、終わったね。長かったけど、本当にお疲れ様』
『ありがとう。たぶん、うまくいったと思うよ。美咲はどうだった?』
『うん……』
美咲は、即答しなかった。
幸太は彼女のために、手が震え、唇がぴりぴりとしびれるほどの緊張とともに答えを待った。
美咲は、別にじらしているわけではなかった。彼女自身、喜びと
それが分かったのは、電話口の向こうで、美咲が甘い笑顔を浮かべた気配がしたからだ。
『受かってたよ』
『ほんと……』
一瞬、絶句した。
さまざまな感情が、幸太の心のうちをしぶくようにして勢いよく駆けめぐった。
美咲が努力の末、第一志望を勝ち取ったことがうれしく、誇りでもあった。
慶〇の看護医療学部といえば、看護畑における国内最高レベルの教育機関だ。勉強さえすれば誰でも入れるわけではない。よほどの努力をしただろう。
そして、看護師として働きたいという、美咲のその志が、まずは大きな一歩を踏み出せたことを祝い、一緒に喜びたい。
『美咲、おめでとう。本当によかった。俺もすごくうれしい』
『うん、ありがとう。一足先に、合格を伝えられてよかった。けど、きっとコータのおかげだよ』
『俺はなにもしてないよ。美咲の実力と、それから努力が実を結んだんだよ』
『ううん、私ひとりだったら、きっとここまで頑張れなかったと思う』
美咲のこの発言は、恐らく正しい。Take1では、美咲は同じ第一志望に落ちている。彼女にとって最も大きな違いは、幸太の存在だろう。結果だけを見れば、幸太が彼女の試験結果にプラスの影響を与えたと見ていいかもしれない。
『まずは、美咲が頑張ったからだよ。俺、美咲のこと尊敬してる。ほんとにすごいと思う』
『えへへ、ありがとう。そんな風に言われたの、初めて』
『あと、プラスアルファ、愛の力ってことにしとこうか』
『あはは、そうそう、愛の力だよ! 幸太が応援してくれるから、私も頑張って、絶対に合格しようって思えたの。愛の力は偉大だね』
美咲のうれしそうな声が聞こえて、幸太は改めて安堵感を味わった。
幸太の第一志望の合格発表が残ってはいるものの、受験自体は終わった。
すべて、終わったのだ。
『美咲』
『ん?』
『明日、会える?』
『……会いたい?』
『会いたい』
『うふふ、コータはほんとにまっすぐだね。私も会いたいよ。どこにする?』
『じゃあ……』
幸太は考えた。
美咲とは始業式以来、1ヶ月半にわたって会っていない。もちろん、毎日のようにメールや電話はしているが、互いの顔を見ることはなかった。
今、受験という長い試練から解放され、彼らが再会しまた同じ道を歩もうとするなら、それはふたりの思い出がたくさん残された、あの場所がいい。
あの場所から、ふたりのすべてが始まったのだから。
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