第42話 ふつつつか者ですが、これからもよろしくお願いします!
「永遠! あれやろ! あれ!」
「あれ?」
「うん! おててパンってするやつ!」
「お手々パン? ……あぁ、ハイタッチかな?」
「そう! ハイタッチ! 解決した時に相棒がするんだよね?」
「そう……なのかな?」
「そうだよそうだよ、やろうやろう♪」
期待に目を輝かせる瑠璃乃に永遠は逆らえなかった。猛烈な照れ臭さはこの際スミに置き、おもむろに顔と同程度に永遠が手を挙げると、満面の瑠璃乃の手が打ち合わさって軽快な音が響く。
満足げに白い歯を覗かせる瑠璃乃とは対照的に、永遠は照れ臭さとジンジンと痛む手の平のおかげでバツが悪そうな苦笑いを浮かべている。何せこのハイタッチ、タッチした後、手が離れないのだ。手の平が磁石のように作用して、まるで離れる気配がない。
二人はしばらく手の平を合わせたまま、鏡合わせのように滞空している。
これは何だ? 何の時間だ?
柔和な笑みを浮かべて目を合わせ続けてくる瑠璃乃を不愉快にさせないため、目を完全に閉じて笑うことで視線が交わることを回避している永遠は居心地の悪さに焦りをみせる。
そんな中、徐々に瑠璃乃の目が伏せられていって、言いにくそうに彼女が切り出した。
「……あのね、永遠?」
「あ、うん……?」
「わたしね、昔のことが分からないの……」
いつもより、やや語気が硬い声に、瑠璃乃は言い出す覚悟を固めていたんだろうと、永遠は今までの時間の訳を推察することができた。
「……記憶が無いってこと?」
「そうなのかな? わたしに昔があったのかどうか、自分でもよく分からないんだ……。でも、大切な誰かに、わたしのせいで嫌われちゃったような気もしててね……。だから、わたしはわたしでいちゃダメなんじゃないかって、すごく苦しかったの」
それを聞いて、永遠は瑠璃乃の中にある以前のパートナーに対する記憶が欠落しているのだと改めて実感した。しかも、話ぶりから察するに、過去があるかどうかも本人にとっては怪しいらしい。
瑠璃乃の話と赤木とのやりとりを合わせると、やはり以前のパートナーの求めたものと林本永遠の態度を比べてしまい、苦しんでいたとも推測できる。
だから、下手に詮索して傷付けてしまわないだろうかと不安になり、永遠は答え方に窮して何も言えなくなってしまった。
しかし、そんな押し黙ってしまった永遠に、瑠璃乃の喜びに富んだ瞳が向けられる。
「けどね! 永遠が今までのわたしじゃなくて、これからのわたしで、好きなわたしでいていいって言ってくれたから、すっごく楽になったよ! だから、本当にありがとう!」
ありがとう。その言葉を耳にした直後は目を見張り、永遠は呆然に近い状態に陥った。けれど、目の前の瑠璃乃の笑顔を前にしていれば、すぐに間の抜けた顔も和らいでいく。
正体の分からない過去に怯えず、縛られず、前向きに笑う。そんな瑠璃乃を永遠は尊敬した。そして、やはり、こんな自分でもこの子の役に立てた。彼女を楽に出来た。それらはとても嬉しくて、鼻をかいてから、
「……偉そうなこと言えないけど、お互い、新しい所からやっていこう? やり直すみたいな気持ちで……ひとりじゃないから出来ると思うんだ」
言ってすぐ、永遠は照れくさくなって目を逸らしてしまう。だが、気持ちは充分に伝わった。
「うんっ‼」
瑠璃乃の笑顔が弾ける。
「ふつつつか者ですが、これからもよろしくお願いします!」
「こ、こちらこそ」
永遠の胸に頭部を擦り付けるように深く頭を下げる瑠璃乃に対し、永遠は
一方は満面、一方は照れ臭さを浮かべ、二人が空の上で笑い合う。
しかし、この状況に永遠の羞恥メーターは長くは耐えられなかった。
「と、とりあえず、みんなのとこへ降りようか?」
上から見るとプロレスなどのリングに見えなくもない防護膜に囲まれた用地へと下りるように永遠が瑠璃乃に頼む。
用地を見下ろすと、飛空艇も膜に受け止められて着陸を果たしていた。
快諾した瑠璃乃は永遠をお姫様だっこで抱えると、空の上から一秒も掛からず用地に降り立ち、丁寧に彼を地面に下ろした。
永遠は安堵の息を吐き出すと、駆け寄り、笑顔で出迎えてくれた博士と弥生に向き直る。
「よく、帰った……よぐ……帰っだだッ……」
「あっ……ただいま……です」
涙で声を詰まらせながら迎えてくれる博士の様子に、褒められてるようで恥ずかしいのと、大人を泣かせてしまったことへの気まずさから、永遠は視線を横ずらしして頭を下げる。
「おかえりなさい♪ 二人とも、よくがんばったわね!」
「えへへ~、ありがと~~!」
弥生からの賞賛に、瑠璃乃はテストで良い点を取った子供のように自慢気に、腰に左手を当ててVサインを作り、笑ってみせる。
そこでふと、永遠の耳が金属同士を打ち鳴らしているような音を拾った。用地のそこかしこから聞こえてくる。何事だと永遠が周囲を見回すと、すぐに正体が分かった。
隊長である赤木の拍手を指揮とするように、損傷や廃熱のため、まだ自由の効かない義肢ながらも何とか動く部分、手と脚だったり、脚と胴などを様々に打ち鳴らし、永遠と瑠璃乃の奮闘を讃える隊員達の無骨で不格好な拍手の交響曲だった。
永遠は照れくさくて、顔を伏せそうになる。
そんな彼の肩と背中に別々の温もりが触れる。その感触に永遠が顔を上げる。
背中を柔らかく押してくれたのは瑠璃乃。
正面から優しげに肩を叩いてくれたのは博士だった。
「全てが君を仲間外れだと思っている訳では決してない。彼等の声は聞こえづらく、そもそも内に秘めたままであることが多いだろう。しかし、声に出さずとも、君の味方になってくれる者は必ずいる。こうやって、そこかしこに……」
博士はそう言って、用地の中を見渡した。
永遠も続いて視界を広げると、博士の言葉に大きな説得力を感じる事ができた。
弱いから、普通ではないから敵だらけ。そんなふうに決めつけないでいいのかもしれない。目の前の光景を前に、永遠はそうも思えた。
ただ、やはり気恥ずかしくて、感謝を叫ぶなどはできそうもなく、胸に手を当て、小さくとも頭を下げることで自分なりの、せめてもを表した。
「ふふっ、充分だ。だが、出来ることなら顔を上げてくれ。そして、無理をしない程度に胸を張れ。君は私達を拒まず、エイオンベートに対処し、この子を支えてくれた。だからどうか、堂々としていてくれ」
間近からでは見上げないと表情が分からない細長い体の主も、永遠に温かな賛辞を贈った。
瑠璃乃もその通りだと言わんばかりに永遠の背中をポンポンと心地良い力加減で叩く。
「じゃあ、私は手を握ろうかしら♪」
博士の隣に並ぶ弥生が一歩進んで永遠の手を両手で握った。その温もりと柔らかさに永遠の心音が高鳴りに鳴る。
それを察知した瑠璃乃は眉根を寄せ、上唇で下唇を巻き込んで、現在自分を支配している感情の正体が分からないもどかしさのため少し唸ってから、
「わたしもする~~!」と、永遠の空いている手を素早く握った。
「いだだだだだだだだだッッ!!!」
ミシミシと音を立てて、骨が折れそうな力で手を握りしめられた永遠は堪らず叫んだ。
「あっ、ごめん! わたし、力持ちだってこと忘れてた!」
永遠の悲鳴にすぐ反応して、握っていた手を瑠璃乃が解く。
「っくはぁっ…………だ、大丈夫だよ……大丈夫」
永遠は気丈に振る舞っていたものの、手は赤くなっていた。気のせいかヘコんでいるようにも見える。瑠璃乃は大変なことをしてしまったと、永遠の手を限りなく優しい、たおやかな手つきで自分の口の近くまで持ってくると、フーフーと息を吹き付ける。
まるで小さな子供のような仕草でも、瑠璃乃の顔は真剣そのもので、自分を本気で心配してくれているのがその表情から伝わってもくる。永遠の顔が自然と綻んでいった。
「では、私は抱きしめようか」
自分も永遠への親愛を表現しようと博士が腕を広げる動きを見せたところで反射的に永遠の口から狼狽の声が漏れた。
博士が永遠に迫る。相手が博士だからとかではなく、同性に抱きしめられて喜ぶ趣味のない永遠は近付いてくる博士に顔を引きつらせながら咄嗟に目を絞ってしまう。
「……気分は悪くないか?」
片方だけピクピクと持ち上がる永遠の口角の加減を見た博士は、永遠にまだ外への抵抗感があるのではないかと彼の心を気遣って問いかける。
「えっ⁉ あ、……は……い?」
永遠の方は、博士に遠慮して平静を装って答えた。
「そうか。ならば良かった」
博士は頬笑んでから、永遠を抱擁しようと広げられた腕を引っ込めて、自分に対して咳払いをした後、少し間を置いて永遠に語りかける。
「……今更な話だが、人は自分自身の主人ではいられなくなる事が多い。他人の思想を自分の意思だと思い込んでしまう状況に追い込まれることもある。君はそうではなかったか?」
「はぁ……?」
「私が言えた義理ではないが、君に、こう……無理強いめいたことをしたのではないかと思ってな……」
博士と弥生の表情に陰りが表れる。
永遠が下から仰ぐ博士の顔は、視線を逸らし、永遠を巻き込んでしまったという負い目、罪悪感、やましさから眉が八の字に寄っていた。
その顔を前に永遠は、助けてくれる人から憂いのこもった表情を取り除きたいと、彼なりの励ましを試みる。
「……あの、大丈夫です。瑠璃乃には話しましたけど、僕は今日……楽しかったです」
楽しい。その言葉を聞いた博士はハッとなって目を見開いて、すぐに永遠と目を合わせ直した。
瑠璃乃と弥生も同じように目を丸くして、向かい合ってから二人して笑顔を浮かべた。
「怖かったけど、楽しかったです。……今、僕が気分悪くならないで皆さんと話せてるのは、瑠璃乃のおかげだと思います。……でも、部屋の中で世の中から隠れるように縮こまってた毎日とは違う今日をくれたのは博士達ですよね? だから……ありがとうございました」
そうやって永遠が感謝と共に頭を下げる。
そんな彼の感謝を受けた途端、博士の目から涙がちょちょぎれた。
際立つ長身痩躯の大人の男性が体は微動だにせず、無表情のまま涙を溢れさせている。永遠は礼を述べ損なったのか何なのかが分からないでアタフタしてしまう。
「もう、博士! しゃんとしてください!」
やれやれといった様子で困り笑顔を浮かべ、弥生が博士の背中を何度か擦る。
泣き止んでしっかりするよう背中を擦っているうちに、何とか博士は立ち直り、眼鏡をくいっと持ち上げてから、今まで以上に真剣な面持ちで永遠に向かい合う。
突然の真剣な眼差しに永遠は咄嗟に身構えた。
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