第40話 一世一代の叫び

 永遠の双眸が大きく剥かれる。侵入してきた害意が彼の目の奥の奥に強制的に映したモノは、彼にとって恐怖そのものだった。


 恋い焦がれた子から向けられる嫌悪。

 欺されていた衝撃。

 加害者として排斥される心細さ。

 嘲笑してくる大量の突き刺さるような視線への恐れ。

 外へ出られない苦しみ。

 アイデンティティーが見つからない息苦しさ。

 それらが何度も何度も繰り返し、永遠の脳で再生される。


 もちろん永遠の疾患はトラウマが連続で想起される度に容赦無く、付きまとうように腹を蹴り上げた。


 しかもエイオンベートの能力が加わる事で、より深刻なものへと深化しんかした。


 何度も何度も蹴られ、ついに幻視が現実を追い越し、永遠の横っ腹に実際の内出血を再現させてしまうまでに至る。


 表情が変えられず、硬直してしまうような激痛に永遠の気が遠くなる。


 挫けそうになる。挫けたくなる。まぶたが重い。


 もう、諦めてしまおうか。そんな弱気がのし掛かかってきて、心の膝を折りたくなる。


 そんな時、永遠の脳裏に“笑顔”が駆け巡る。


――わたしのパートナーになってくれて、すごーく、すごーーっく! ありがとうっ‼――


 朗らかにそう言ってくれた瑠璃乃の笑顔だった。


 その笑顔が永遠を踏みとどまらせる。


 とびきり温かく、心地よい熱を伴った笑顔だった。誰よりも温かい笑みを向けてくれる彼女に報いたい。そう願ったはず。だからここに居る。居られる。


 足場の無い空中で、足場を固めて立っていられるのは誰のおかげか?

 望みを叶え、ここに居られるのは誰のおかげだと思っているのか?


 永遠は自分に問いかけ、もとから在る答えを練り固めていく。


 博士や弥生、赤木達に吐いた言葉をウソにしてはいけない。全てが瑠璃乃に報いることに繋がるなら尚更だ。


 堪えろ。抗え。踏ん張りきってその先へ……共に笑顔で今日を締めくくるため、永遠は腹をくくっていく。


 楽しかった。本当に楽しい一日だった。そんな楽しい一日を後悔や涙で終わらせたくない。


 楽しかったよ。ありがとうと伝えたい。


 そのために負けたくない。負ける訳にはいかない。


 奥歯を噛み締めた直後、永遠の目が勢い良く見開かれる。その充血する瞳の奥には光があった。


「っ痛くなんてないっ!」


 持てる全力を以て、永遠がエイオンベートの触手を両手で握る。


「お前みたいなトーヘンボクのやることなんて、これっぽちも効かないんだからなっ!」


 一世一代。

 そのつもりで、永遠は横っ腹の激痛に反逆する。

 そして、掴んだ触手を握り込み、言い放つ。


「女の子に手を出してっ! 恥ずかしくないのかっ⁉」


 飲み込みきれない血の混じった飛沫が飛ぶ。構わず永遠はまくし立てる。


「それに、いざ負けそうになると逃げ回ってっ! 本当に本当に恥ずかしいっ!」


 侮辱に怒っているのか、永遠の頭を鷲掴みにした触手の圧力が増していく。


「今もこうして、僕みたいな弱いものいじめしかできないお前なんてっ!」


 頭の骨が軋む音が耳に届く。気が遠くなる激痛が襲ってくる。しかし永遠は叫びを継ぐことを止めない。


「世界で一番のっ‼」


 胸と腹一杯に息を吸い込み、今日一番を、放つ。


「大バカヤロウだーーーーーーーーっ!!!」


 どこまでも届きそうな、とてもひ弱な少年が放ったとは思えない叫びが木霊する。


 無論、地上まで届く訳はない。けれどインカム越しに叫びを聞いた大人達は、直接空から声が降ってきたような錯覚を覚え、上を仰いで目を剥いた。


 そして間違いなく、一番聞かせたい相手にも、この声は届いていた。


 最大限の愚弄。エイオンベートは怒った。


 その影響からコアが蒸気を上げ、崩壊しかけた器を駆け巡っていたのを止め、激情に任せて亜光速で触手を辿り、永遠めがけて駆け昇る。


「カウント0! 最大出力開放可能! コンバージョン出来ますっ!」

 弥生が決着の始まりを告げる。


「瑠璃乃っ! 永遠っ! 行けーーーーーーっ‼」

 博士の鼓舞は、二人共に対してのものへと変わる。


「男の子、なんて失礼だったな、ははっ」

 届かなくとも、赤木は最大限の賞賛を永遠に向ける。


 コアの軌道が一直線となるこの瞬間。この機会を逃さない。

 永遠のために。

 絶対に。 


 直後、青い目が上目気味に、乗用車三台分ほど離れたエイオンベートの真中、標的であるコアの中心を捉えた。


 刹那、瑠璃乃の横薙ぎの一閃が光の速度で解き放たれる。

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