第34話 武器を捨てた弱者
「誰もが寿命で死ねる社会……科学の進歩って凄いよな? 即死じゃない限り、大概の怪我や病気も治せるし、心身の障害は望めば無かった事にできて、人生をいつでも再スタートできるようになった。結果、弱者は姿を消した……はずだった。なのに現実には存在してる。今もこうして目の前に」
赤木の双眸が射貫くように永遠を見据える。目を合わせていないのに、
「ヒトってのは生物としては非力だ。百戦錬磨のヘビー級ハードパンチャーだって馬程度の草食動物をノックアウトするのは不可能だ。そんなヒトが生物界の王者として君臨できる理由、最大の武器は何だと思う?」
尋ねられたため、答えようと永遠は試みる。だが、外れた場合、更に卑下されて傷付くんじゃないかと口ごもってしまう。そんな考えを見通した赤木が冷淡に言う。
「共感と想像力を伴った言語とコミュニケーション能力だ」
聞いた瞬間、永遠は更に寒気を感じた。
「でも君は、これらの力を諦めてる。捨て去ったって言うべきか?」
言葉の奥の真意を先回りで汲んでしまった永遠が竦む。
「現代に現存する唯一の大病2b8。骨折ぐらいじゃ入院するのさえ珍しくなった時代、人の病気や障害に対する認識も変わった。けど2b8に関しちゃ、患者が極希にしか存在しないのも手伝って、リアルな患者の症状に触れたとしても、みんなが本当かと訝しむ。特に病気ってもんをフィクションの中でしか知らない若い奴らは、君等の症状が表に出ても、文字通り小芝居として捉えちまうだろうな」
永遠は無言でいるしかできない。その通りだからだ。病気の特異性からして共感してもらうことはほぼ不可能。他者の想像力に委ねるしかない。しかし、それは他人に過剰な配慮を求めているととられ、一言で言うと面倒臭い構ってちゃんとして突き放されるケースが非常に多い。
「どれだけ辛かろうと、どうせ理解してもらえないからって口を閉じ、人と交わる事を避け、ひきこもるのを選んだ……。そうやって理解も共感も諦めて、なんて俺は可哀想なんだって袋小路でずっと自己完結な痛みを繰り返してればいいよ。どうせ俺達は君達の苦しみを理解できないし、理解される気もないようだしな。ずっと悲劇の主人公でもやってればいいさ」
吐き捨てるような赤木の言いように、永遠は違うと言いたくもあった。だが、とても口に出せない。異端視される苦しみから逃げ出し、他者からの理解を諦めたのも事実であり、何より赤木の言う事は的外れではないと痛感してしまったからだった。
「ただ、所詮は共感しようのない自称の悲劇の主人公。同情は期待できない。厳しいリアルガチな現実として、君等は虚言癖のある単なるイタい甘ったれに見られることになる」
身も蓋もない。だが2030年現代においてはそれ以外の何物でもないのだ。
だからこそ、疎外感に耐えられなくなった永遠は分かってもらうのを諦め、口をつぐみ、家にひきこもるのが最適解だと考えた。そうやって自分の答えを出してしまった永遠は、例え瑠璃乃が隣に居たとしても反論できないだろう。一人の今なら尚更、身震いするほど恐ろしくて、涙に加えて鼻水まで流れてしまう。
「そんな甘ったれを許せる土壌は今の日本には無い。自称普通以上が許しちゃくれなかった。みんな同じ条件で頑張ってる。それなのに半ば公共財って勘違いされちまってるハルジオンの稼ぎ、オクミカワによってもたらされる莫大な富を、君みたいな甘ったれを支えるために使わせてもらいます。容姿端麗のパートナーと一緒に楽しくやらせるけど、どうか許してやってねって言った日にゃあ、そりゃ非難もごうごう渦巻くだろうさ」
今の自分の、弱者の立ち位置。それを改めて思い知らされた永遠の震えが激しくなる。
「うちは、そんな世の中の目から君たちを守る義務がある。病気や障害を根絶する力を持ち、オクミカワを擁するハルジオンだけが全うできる義務であり、責任だ。社会保障を担う対価に、現代の弱者への裁量を一任されてもいるしな。当然っちゃ当然だ。でもな、当然タダって訳にはいかない。だからNVWっていう弱者でいてもらうんだ。印があれば、向けられる誹謗中傷を最低限にできるからな」
痛いほどヒシヒシと、永遠の中に赤木の告げる棘だらけの事実が突き刺さる。そして知らなかった事実を突きつけられ、次々に悪い想像が浮かんでくる。
元同級生も、あの場に居合わせた誰かも、もっと前からすれ違っただけの誰も彼もが、そうやって“弱者”を見下していたのかもしれない。
もしかしたら全員がスマートコンタクトを装着し、嘲笑しながら見ていたのかもしれないといった疑心暗鬼に陥る。
永遠は恐ろしくなって、泣き喚きたい衝動に駆られた。
広大な用地の中央。この世界で最も強靱な縄で固定されたエイオンベートがこれ以上動けないよう、念押しで巨体を縛り上げ、必死に縄を引っ張り合う隊員達の顔は険しい。
そのサポートに回った博士と弥生の二人の面持ちは沈痛と表すのが相応しかった。
博士は膝を笑わせながらも隊員等の消耗した人工筋肉を交換する作業を終えて、トレーラーへと向かった。
弥生は拘束装置の出力調整を凄まじい速さでこなしている。
忙しなく働く二人は慌ただしさの中で、自分たちが巻き込んでしまった少年に対して呟いた。
用地の端で泣いている彼に、ごめんなさいと。
心の中で、深々と頭を下げて呟いた。
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