第33話 印
※今回のお話から、赤木が永遠にかなり強い言葉を使います。ですがそれは架空の未来の、拙作の中にて定義された弱者へ向けられたものであり、現実で生きづらさを抱える方達へ向けられたものではありません。ご了承いただけると嬉しいです※
「今まで、たくさんのペネトレーターとアザレアージュを見てきたけど、本番の最中にパートナーが眠りこけちまうなんてレアケースにもほどがあるぜ……」
赤木は自分の失望を永遠に見せつけるように、わざとらしい動作で両手の平を裏返す。
「こっちも必死だ。君の経歴に配慮することも遠慮することもできない。エイオンベートを止めるのは大変だ。俺等だけじゃ10分と保たない。でも、お嬢ちゃんは、ま~た眠っちまったし、君は何もできない。つーか、君は何ならできるんだい?」
歯を食い縛らずにはいられない悔しさと情けなさ。なのに、はっきりと役立たずと言われたことに反論する資格を持たない。
変わりたいと切望し、外に出た。
しかし結局、瑠璃乃がいなくては何もできない面倒くさい病気をもったタダのひきこもりなんだと永遠は痛感させられていた。
そう意識すると堪えていた心細さが決壊し、怯えとなって表に出てきてしまう。
「……うちの仕事引き受けたってことは、自分が爪弾き者だって認めたんだよな? 一人じゃ何もできないです。だから助けてくださいって腹括ったんだよな?」
永遠は怯えながらも辛うじて頷く。
「だよな。けどな、君を見てるとどうも覚悟が足りてないように思うんだ。贅沢っつうか図々しいっつうか……」
片手で頭を掻きながら赤木は顔をしかめて唇を尖らせる。
「お嬢ちゃんのパートナーっつう役割を貰っただけでも、本来の君になら、あり得ないギフトだったはずだ。なのに、だ。君はお嬢ちゃんに、まだ求めてる。自分本位の願望抱いて、挙げ句勝手に落胆して。これをワガママって言わないで何て言えばいいんだろうな?」
赤木の刺すような視線と指摘が永遠を抉った。
その通りなのだと永遠は自覚してしまう。だから身勝手に落胆した。改めて情けなくて悔しくて、永遠の頬に涙が伝う。
「それにどうも知識も足りてない。部屋の中でのお勉強だけじゃ教えてもらえないだろうし、仕方がないっちゃあないけどな。君、マンガ以外は観ないだろう?」
泣きだしてしまった子供の対応を面倒臭がる大人よろしく、それでも赤木は止まらず続けて問うた。永遠が精一杯に一つ頷く。
訪れる事がないかもしれない将来。けれどあるかもしれない未来。そんなもしかしての日が来た際に備えて、勉強だけは欠かさないでいた。だから最低限の学力は持ち合わせているつもりだった。
しかし、世間の流行や時事には疎い自覚もある。
見慣れた芸能人なら問題無いが、新顔の売れっ子や、新世代のスポーツ選手などが出てくると心臓が早鐘を打った。同じ歳だとしたら怖いとまで思ってしまう。だからテレビも一人の時は、ほとんど観ない。
ネットも鋭い言葉が苦手で出来る限り避けてきた。SNSもトラウマが掘り起こされて痛みになるため触れないでいる。
全てコンプレックス、負い目に起因する恐怖だった。だから、情報収集は必要最低限にして目を逸らし、息を潜め、永遠はずっと暮らしてきたのだ。
沈黙を肯定だととった赤木は、遠慮も容赦の無い大きな溜め息を漏らす。
「式條さん達は優しいから、時期をみて伝えようとしてたんだろうけど、俺はそういう配慮は君のためにならないと思うから今言うぞ? うちの
もう赤木と目を合わせる事さえできない永遠は、小刻みに震えながら首を横に小さく振った。
「印が付くんだ」
何のことだか見当が付かない永遠は目を左右させながら固まりを強くする。そんな永遠の反応を見届けるつもりはないと、赤木はポケットから端末を取り出し、操作する。
「視界、もらうぞ?」
赤木がそう言った途端、永遠の目の前の空間に証明写真のようなものが立体表示される。目を泳がせていても強制的に永遠に迫った。
「目の前に見えてるのは、とあるスマートコンタクトを利用した際に表示される俺の簡易デジタルマイナンバーを拡大表示したもんだ。俺の写真と名前が出てるだろう?」
永遠は間を置いて小さく頷く。
「じゃあ次に、俺に見えてる君の情報を横に並べさせてもらう」
赤木は手早く端末を操作すると、今度は永遠の簡易デジタルマイナンバーを並べて表示させる。中学二年生当時から更新されていない写真に永遠は切なさを覚える。
それから赤木はお構いなしにパンと両手を打つと、その手を広げて言った。
「さあ、間違い探しだ」
永遠は大きく戸惑う。戸惑いながらもややあって、覚束ない思考の中、赤木と自分の情報欄を見比べた。すると、窮状にある永遠でも割と早くに間違いを見つけることができた。
「……印が……付いてる?」
永遠を示す写真の右下の角が小さく三角形の桃色に塗られていた。
「正解だ。そんで、これこそが君が君だと、弱者が弱者だとハッキリと判別される印になっちまってる。今日さ、フードコートで元同級生に絡まれただろう?」
新しく刻まれたトラウマ寸前の出来事に怖じ気ながらも永遠が頷く。
「それは、元同級生のスマコンに印が表示されたからなんだ。たったそれだけでも、何よりも大きな普通じゃないって証明になっちまってるのが現実だ」
この話を聞き、永遠は驚愕すると同時にゾッとした。知らないところで晒されていたのかと。
「スマコンを違法アプリと連動させたり、改造してる奴もいる。そういう他人のことが気になってしょうがない奴等の視界にも、この印が浮かぶようになってんだ。で、この色付きをぶら下げて歩いてる
“それらしく見える人間”を見かけては下に見て
「……それ……らしく?」
「ああ。君みたいにオドオドと挙動不審で、そして何より“分不相応な連れ”と一緒にいる人間だ。君の場合はそう、お嬢ちゃんだな」
永遠の体がまた硬直する。
瑠璃乃と一緒にいること自体が何よりの弱者証明になっていた。それを知らされると胸が締め付けらて苦痛を覚え、涙が勢いを増した。
増えた痛みと涙の原因は、弱者の印に関してだけではない。
例えほんの少しでも、あんなに支えになってくれた瑠璃乃にも他者に責められた原因を見い出してしまう自分がいたからだ。かつての同級生に罵られた原因は、彼女にもあったんだと思ってしまう自分があまりに情けなかったからだった。
永遠から嗚咽が漏れ、足下に雫が落ちる。しかし、あえて構わず赤木は続ける。
「ハルジオンのニュービジョンワーク(NVW)である限り、偏見は付きものだ。普通以上を気取る奴らは、異物を見つけると、それが何かハッキリと分かる印がなきゃ安心できない。だからこの印は妥協の証でもある。国の代わりに君等を助けた際に噴出する声の大きな世論を暗に抑え込むための……な。ってことで、一従業員である君は文句をつけられない訳だ」
事実を事実として語る赤木の冷たい口調。それを浴びた永遠は堪らなく居たたまれなくなってきて次々に新しい涙が流れて落ちる。
「君も知ってるだろう? NVWだっていうだけで見下してくる連中を。いつの時代もそんな奴らの声はデカい。少数でも多数の声だと錯覚させちまうほどに。そんな声だけデカい奴らを表面上だけでも抑えるにはこうするしかなかった。だから諦めるしかないんだ」
永遠は泣きながら沈黙するしかできない。知らされる真実に耳を傾ける事はできても、受けとめる余裕はとてもみられない。だが、赤木は構わず継いでいく。
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