第32話 二番目
「アザレアージュはペネトレーターの望む姿で生まれるってのは聞いたか?」
「はい……」
「じゃあさ、腑に落ちるっつうか、心の底から、あぁ、この子が俺の理想像だ……って感じたことある?」
「……それは……ない……ですね……」
赤木の前後と、この指摘だけで永遠は感じていた違和感の尾を僅かに掴んだ。
「だろ? 多分どっちかっていうと、もとからあったお嬢ちゃんの姿を、ただ受け容れただけじゃないか? こう……頭の中に漠然とした女の子のシルエットが出てきて、それがお嬢ちゃんだった……みたいに」
瑠璃乃を否定する気は毛頭無い。しかし、赤木の言うことにも頷ける。だから永遠の胸中の違和感という視界不良の度が増した。
それとは裏腹に、朧気だった記憶が今になって鮮明になって浮かび上がってくる。
チャットの途中に意識が飛んだ。飛んだ先は桃色の空間。そこで瑠璃乃と思われる存在に呼びかけたのを思い出す。
だが、それは元々そこにいた瑠璃乃を呼んだだけで、決して自分が望んだ姿という訳ではなかった。
「心当たりがあるみたいだな。そうなんだよ。あの子を生み出したのは君じゃない。彼女の本当のパートナー、最初のペネトレーターは別にいる。お嬢ちゃんは10年前、一度この世に生まれてるんだ」
永遠は知らされて、喪失感を
思えば、博士は一度も瑠璃乃が林本永遠によって本日、生み出されたとは言っていない。
何となく聞いていた説明の中から都合良く解釈して、出会ってから過ごした今までに、いつの間にか決めつけていただけだった。瑠璃乃が林本永遠の理想像を汲んでから生まれたと思い込んでいた永遠は、自分の中の思い込みが崩れていく音を聴いた。
「そもそも外見はともかく、性格についても君に選択権が無いのがおかしいんだよな……時々、お嬢ちゃんの言動に違和感を感じたりしかなったか? 今のお嬢ちゃんだと、にへへ~って笑うことが多くて穏やかそうだけど、いきなりツンツンしたりとか」
永遠には心当たりがあった。
好意をストレートに示すくせに、変なタイミングを置いて恥ずかしがったり、上辺だけ突き放すような態度をみせる。たぶんあれだと推測できた。
「心当たりあるだろ? 前はもっとペネトレーターに対してプンスカ怒ってたんだけど、今のあの子は人が変わったみたいで俺も驚いたよ。でも、何で起きたら性格が変わってたか俺にも心当たりがある。それはお嬢ちゃんが自分で自分を決めかねているからだと思うんだ」
どういう事かいまいち理解できず、永遠は首を捻る。
「理想の異性なら愛してもらえる。それはエルイオンの運用を円滑にする事を意味するらしい。あの子達にとっては食事と同じく命に関わる大切ことだからな。だから相手の喜ぶことを察して、尽くして、愛されるために生きる。それがあの子達の役割なんだ」
永遠は瑠璃乃から向けられる好意に打算があった可能性に悔しさを滲ませる。
そして、そう思ってしまうことに自己嫌悪した。
「お嬢ちゃんの前のペネトレーターは、あの子に今の外見を求めて、自分のことを腹の底から無条件に愛してるけど、その気持ちを素直に表す事ができない心情を常に持つように望んだ。いわゆるツンデレだな」
「でも、瑠璃乃……さんは、どっちかって言うと、素直な子……って感じですよね?」
「ああ。お嬢ちゃんは昔のことを忘れてるみたいだけど、心の片隅には前のパートナーの理想像が残ってんだろう。彼に好かれるように、ほとんど本能的と言っていい想いでツンデレを演じようとしてるんだ。再現しようと
(だから時々、あんなとって付けたようなぎこちない態度をとったのか)
「でも、君の中にはツンデレへの願望は無かった。前は、あんだけツンツンしてたのに、今は朗らかによく笑う子になった。君の理想像を汲んで変わったんだなって想像できたよ。でも同時に、お嬢ちゃんの苦しみも分かるんだ。あの子は記憶の無いまま、無意識のうちに混乱しただろうな。自分は、どっちでいればいいんだろう? って」
自分が瑠璃乃を迷わせていたとは。永遠は申し訳なく思った。
今日の瑠璃乃は、永遠の目にも愛くるしい天然の子というふうに見えたが、赤木の話で語られる瑠璃乃は典型的なツンデレ少女だったらしいことが窺える。
だからこそ、自分が彼女を矯正するような真似をしてしまっていたんだと、永遠は責任を感じずにはいられなかった。
「昔の記憶に蓋をして、あの子は変わった。ただ、パートナーへの愛情は変わらない。まだ自分を確定できないで、どう振る舞えば良いか分からなくても、素直と天邪鬼の板挟みになりながら、君に気に入ってもらえるよう、君に好かれるよう、精一杯気張ったのが今日生まれた新しいお嬢ちゃん……ってところだな」
赤木の話を受けて、瑠璃乃への疑問の一つが永遠の中でとりあえず腑に落ちた。複雑なジレンマに苦しんだのが自分のせいなら謝りたいとも思う。
だが、自分が彼女の“二番目”である事実へのショックもとてつもなく大きくて永遠の心を掻き乱す。
「今日、君とデートしてもらったのは、ペネトレーター変更でのエルイオン供給がスムーズにいかないことを考慮して、一緒に過ごすことで供給システムを最適化してくれれば……っつう一つの賭けだったらしい。で、結果はイーブンってところだな。途中で不具合が出て、お嬢ちゃんは腹ぺこでおねむ。正直、結果としては、しょっぱい無効試合と言わざるを得ない」
赤木の視線と口調が、急に冷たさを帯び始める。復活したとしても、今はまた眠ってしまった。君では力不足だと遠回しに言われているように永遠は感じた。
「ペネトレーターの力量=アザレアージュの行動時間みたいなもんだからさ。……はぁ~~」
あからさまな落胆の吐息に、赤木が自分のもとへやってきたのは不甲斐ないペネトレーターを責めるためだったんだと、永遠は今頃になって理解する。
「……まぁ、それにあれだ。君は初めてかもしれないけど、あの子は違う」
赤木の纏う雰囲気に明らかな冷気が宿る。まるで見下すような眼差しが永遠に突き刺さる。
「ああ見えて、経験豊富かもしれない」
「……止めて……ください」
「誰かと君を比べてたかもしれない」
「止めてくださいっ」
「君に分かりやすい言葉を使うなら、あの子はいわゆる、ちゅうこ――」
「やっ! ……めって……ください……」
永遠は不意に大きな声を出してしまっていた。
「止めるよ。けどな、止めたところで事実は変わらないし、現状だって変えられないぞ?」
俯いたまま、上着の裾を両手で握って震えている永遠の様子を、大きく溜め息を一つ吐き出し、まるで面倒臭い子供に手を焼き参っている大人のように呆れ半分といった様子で赤木が見下ろしている。顔を伏せ、震えたまま黙ってしまう永遠に業を煮やして落胆を率直に表したのだった。
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