第28話 ナグハート 〜桃色の木刀〜

 瑠璃乃を食べたエイオンベートの動きは軽快になり、軽量級のボクサーを思わせるほどのフットワークで拳と踏みつけの苛烈な連撃を繰り出し、彼女を攻め立てる。


 瑠璃乃は永遠を抱えたまま、最小限の動きで攻撃を躱し続けるが、このままでは勝負がつかない。それが現状だった。


「あ! 博士! 瑠璃乃ちゃん、起きたばっかりで永遠くんとは初めてだから、ナグハートを持ってないんじゃないですか⁉」


「しまった! そうだった!」


 弥生の指摘に博士が、まさしく思い出したようにハッとなる。そしてたちまち何故瑠璃乃が攻撃を仕掛けないのか理由が分かり、その解決策を示すため永遠に呼びかける。


「永遠ー! すまなーい! 武器のことも失念していた! 瑠璃乃は武器を持っていないから反撃できないっ! よって、君が武器を作るんだ!」


 どうやって? と訊き返したいのに、永遠は自分の口からは悲鳴ばかりが出てくるものだから上手く舌が回らない。


「隊長! オクミカワの圧縮素材はあるかい⁉」


「もちのろんです!」


 博士に隊長と呼ばれた制服の男性は、こうなることを予想していたようにあらかじめ指示を通していた。返事をする頃にはもう、四人の隊員が重々しく鈍い緑色の色味を持つ二メートル四方のオクミカワの塊を台車に載せ、用地のちょうどいい地点まで運んできていた。


「さすがだ! 瑠璃乃ー! まずは、これを取りにおいでー!」


「は~~い!」


 エイオンベートの高速の下段突きを、瑠璃乃が片手でいなすと、そのまま腕全体で円を描く。腕の動きに合わせるように20メートル以上の巨体が宙に舞い、凄まじい衝撃を伴って地面に仰向けにうずもれ込んだ。


 その隙に瑠璃乃は永遠を気遣いながらも急いでオクミカワの塊の下へ跳んだ。


 跳んでくる瑠璃乃を確認すると隊長達は急いでその場から待避する。


 塊の横に着地し、瑠璃乃は永遠をゆっくりと下ろすと、片手は永遠と繋いだまま、塊の一辺にもう一方の掌で触れる。


 すると、鉱石であろうはずのオクミカワが触れた場所を中心に同心円状にグニャグニャと波打つ。そこに瑠璃乃が腕を沈めるように突き入れると、塊が肘までを呑み込んだ。


 永遠はその光景に目を丸くする。が、瑠璃乃に痛みはまるで無いようで、永遠からのアクションを今か今かと期待して目を輝かせる。


 が、そんな瞳で見られても永遠には具体的な方法が分からない。

 すると博士が、


「方法は、君がこの世で一番力強いと思うモノをイメージすればいいっ! それだけだ!」


(それだけって、ずいぶん簡単だなあ。でも、それぐらいなら! 武器。強い武器……銃? それか髪の長い美少女には日本刀が基本だし……でも僕に女の子に武器持たせて喜ぶ趣味は無いし……そもそも基本的に危ないもの持ってほしくないし……うぅむ)


 瑠璃乃に手を繋がれながら、何を想像すれば良いか手をあごに当てて真剣に悩んで唸る。


 その間にエイオンベートは仰向けの状態から全身をゴムのように弾ませて跳び上がり、二本の脚でしっかりと立ち上がってしまう。


 そして瑠璃乃を再び捉えるように目も口も付いていない顔を上下させる。


 動ける隊員はすぐさま瑠璃乃の援護が出来るように身構える。


「永遠ー! 急かしはしない! 急かしはしないが……早くしないと危ないぞーー‼」


 博士の声に顔を上げると、エイオンベートが自分たちを見下ろしているのが遠目からでもハッキリと確認できた永遠は慌てふためく。


(っ⁉ この子にどうしても持たせないといけないなら刀がマスト! でも日本刀は物騒だし、小さい包丁は⁉ それじゃあ違う意味で物騒だ! ああっ! もう、どうすれば⁉)


 エイオンベートが地面を踏み込むと、巨体が弾丸のような速さで瑠璃乃と永遠に迫る。


 空中で巨体を器用に縦回転させると右脚が空に掲げられ、加速の勢いを乗せた胴回し回転蹴りの態勢に入った。


 この危機的瞬間を迎えてもオクミカワの塊に変化が見られない。


 青冷める博士。

 焦る隊長。

 微笑む弥生。


 永遠はエイオンベートの脚に刈り取られてしまう焼き切れそうな焦りの中で必死に頭をフル回転させる。


(ああでもないこうでもないこの子に持たせてもギリギリ危なくなさそうで強そうなのは――)


 ドゴッ‼


 エイオンベートの足刀が振り下ろされ、鈍い衝撃音が木霊する。


 周囲には地面が砕けた破片が粉塵となって舞い上がり、特に爆心地である用地の中心の視界を阻んだ。


 二人の安否を確認したくても、煙でエイオンベートの巨体さえ見えない。落ち着き払ってにこやかに佇む弥生とは対照的に、博士は気が気でない様子で上半身だけ縦に横にと動かして煙の中を窺えないか試みる。


 すると突如、粉塵の大元から目映い光が放たれた。


 立ちこめる煙を貫き、所々から光が漏れ出る光の正体を知る博士の顔が一気に晴れる。


 次第に輝きが収まっていき、完全に消えた時、突如、空気を激しく振動させる程の衝撃が発生した。


 衝撃が用地にいる人間全てに行き届くと、エイオンベートの巨体が煙の中から粉塵を尾のようにたなびかせ、下から強烈に突き上げられたように飛び出してきた。


 巨体は空中で仰向けになり、手脚をばたつかせて藻掻いている。それは自らの意思で飛んだのではなく、何かの力によって急に吹き飛ばされたことを意味していた。


 放物線を描いて落下していく巨体は、用地を囲う膜に接触し、膜はエイオンベートをリングロープのようにしなやかに跳ね返すと、巨体は前のめりに、ゆっくりと倒れ伏した。


 その一部始終を見届けた用地の人間が、今度は永遠と瑠璃乃の方に向き直る。


 直後、爆心地中心部の煙が竜巻のように巻き上げられ、吹き飛ぶように散開し、視界が晴れていった。


 煙が立ちこめていた場所には瑠璃乃と永遠の二人の姿が確認できた。


 永遠は相変わらずビクビクオドオドしている。


 瑠璃乃の方は永遠と繋いでいない方の手を頭上に掲げている。

 その手には桃色の木刀がしっかりと握られていた。


「これが、このピンクの棒が、永遠とわたしのナグハート?」


 ナグハートの出現に用地が沸く。隊員全員が永遠と瑠璃乃を讃えた。


 自分のやったことは成功したんだと、皆からの祝福が証となって永遠は誇らしくもむず痒くなってしまう。


「永遠! べっ、別にうれしくないこともないけど、ありがとう! これであの子を、おとなしくさせられるよ!」


 瑠璃乃にも感謝され、更に気恥ずかしくなって視線を逸らして頭を掻いていると、博士達も手を叩いて喜んでくれているのが見える。余り他人に褒められたことのない永遠は、喜ばしくも居たたまれなくなって赤く染まって俯いた。


「永遠、凄いぞ! また役割をまた全うしたなっ! 本当に偉い! 感服するっ‼ アザレアージュだけが扱えるナグハートによる攻撃は、エイオンベートの再生を困難にする! 君のおかげで決着は近いぞ! いやはや偉い! 立派なものだっ!」


 永遠は博士のべた褒めに全身がむず痒くなって、嬉しいのに消えてしまいたくなってくる。


 慣れない賞賛に永遠が戸惑う中、倒れて動かなかったエイオンベートに動きが見られた。


 起き上がる素振りはないが、体が少しだけ振動している。 


 それにいち早く気付いた弥生が、瑠璃乃に気を付けるように促そうとするより速く、エイオンベートがうつ伏せの態勢のまま、つま先で地面を蹴った。


 巨体はアイススケートのパックのように地面すれすれを高速で滑って瑠璃乃に迫り、勢いを乗せたまま、彼女に頭から突っ込んだ。


 博士は瑠璃乃と永遠を案じて名を叫び、隊員達は自分等の対応の遅れを悔やみながらも装備を握りしめて身を乗り出す。


 だが、その心配も憂慮も不要のものだった。


 瑠璃乃は桃色の木刀を柔らかく真正面に中段で構え、エイオンベートを受け止めていた。


 永遠は衝突の衝撃で体が浮かび上がり、絶叫していたものの、瑠璃乃が手を握っていたため事なきを得ている。


 瑠璃乃は眼前に迫るエイオンベートに優しく笑いかけると、


「怖い思いをさせてごめんね。君だってとつぜん生まれちゃって、何だか分からないうちにここにいて、分からないことだらけだよね?」


 目も鼻も、口も耳も無いエイオンベートに瑠璃乃は語りかける。

 返事はもちろんない。


 それどころかうつ伏せの状態のまま、驚異の柔軟性で器用に上半身だけ反らし、拳の乱打を瑠璃乃に見舞う。


 彼女は前面の上下左右いたる場所から無数に迫る拳を全て木刀でさばききる。


 連続して衝突する拳と木刀の速度は、隊員達の強化された動体視力でも追いきれない。


 衝撃波が博士の長身痩躯を揺らし、倒れそうになったところを弥生が支えて転倒を防ぐ。


 永遠の目には攻防のやりとりが見えなくとも、目だけは逸らさないでいる。


 苛烈な連撃の最中であっても、瑠璃乃はエイオンベートに再び語りかける。


「でもね、それがみんなに怪我させてもいい理由にはならないよ!」


 瑠璃乃が柔らかく握った木刀をスナップを効かせて下から上へ振り上げる。


 エイオンベートの拳が鈍重な音を伴って大きく弾かれ、衝撃は根こそぎ全身をも浮かせる。


 その隙に素早くも丁寧に永遠を抱き寄せ、真上に高い高いするように投げた。

 また悲鳴と共に遠のく永遠を見送ってから、瑠璃乃はエイオンベートに少々強い眼差しを向ける。


「だから少し、おしおきだよ!」


 言い放つと瑠璃乃が地面を強く踏み込んだ。


 エイオンベートは迎え撃とうと直立姿勢に移行する。


 だが攻撃を繰り出すよりも速く、瑠璃乃が巨人の懐に飛び込む。


 そして木刀を両手で柔らかく握ると、脱力からの爆発的な緊張をスムーズに行い、腕と手首を巧みに操って横薙ぎの要領で木刀を振り切る。


 瑠璃乃の一振りを受けたエイオンベートが弾丸のように弾き飛ばされる。


 用地を囲う防護膜間近まで弾かれたエイオンベートは片足を勢いよく地面に突き刺し、地面を抉りながらブレーキを掛けて膜への衝突を回避する。


 巨体が直ぐさま瑠璃乃の方を向くが、彼女はもう、そこには居なかった。


「こっちだよ!」


 声に反応したのか、エイオンベートが空を見上げる。


 自分の頭より高い位置に敵である瑠璃乃がいる。その対処に迷っているのか、巨人は一時停止した。


 瑠璃乃はそんな巨人目掛けて、思いっきり木刀を振り上げて上段に構え、思いきりのいい唐竹割りを打ち下ろす。


 桃色の槌となった木刀に頭をズドンと殴られ、エイオンベートは立った姿勢から頭突きをするように地面に頭部を打ち付ける。


 だが、それだけでは勢いを殺せず、元の直立状態に戻るようにバウンドした。


 巨体の所々が霧のように粒子化をみせている。それはナグハートでの攻撃が有効打である証だった。


 着地した瑠璃乃は巨人に反省を尋ねるように上を見上げる。巨人の反応は変わらない。エイオンベートは瑠璃乃を拒絶する意思を拳を振るうことで示した。


「じゃあ、もう一回‼」


 エイオンベートの反応に、ほんの少し悲しげな目を瑠璃乃が見せる。

 だが、すぐに気をひき締め、上から降ってくる拳を巨人の懐に飛ぶことで避け、その勢いを乗せたまま渾身の逆袈裟斬りをエイオンベートの顎にたたき込む。


 頭部は顎から頭頂部まで波打って歪み、体は空高くへと打ち上がる。


 その上昇速度は凄まじく、上空の永遠まであっという間に迫り、接近する巨人に彼は堪らず悲鳴をあげた。

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