第26話 戦場への飛翔
怖い。
その思いに支配されつつ、駐車場から戦場である用地まで宙を滑って走るトレーラーの上に永遠は立っていた。
少しずつエイオンベートに迫っていき、脚が震えてくる。
トレーラーの屋根の上の仮設で心許ない手すりを掴んでいるが、汗で滑ってしっかりと握っていられない。
恐怖に押し潰されそうになりながらも、それでも何とか瑠璃乃を想って踏ん張っていた。
「永遠! 現在、瑠璃乃が眠っているのは内蔵エルイオンの枯渇、つまり君からの供給が切れたことによるところが大きい!」
博士が忙しなくコンソールを操作しながら車内の壁面全景スクリーンを見上げる。一目で屋根に立つ永遠が怯え、震えているのが分かる。それでも瑠璃乃のために自らを奮い立たせてくれている彼を博士は愛おしく感じ、瑠璃乃の全てを任せるような気持ちで声を張り上げる。
「目を覚ますには瑠璃乃の体をエルイオンで満たしてやる必用がある! だが、君とのエルイオン供給ラインは消失し、再開させるのは困難を極める! 数学的見地から言えばゼロとしていい確率から更に30桁引いたような数値だとしても、君と瑠璃乃ならそれを変えられる!」
正直今は立っているだけで精一杯の永遠は、容量オーバーでパニックになりそうだった。
「だから瑠璃乃ちゃんのことを強く想ってあげて!」
運転席の弥生も永遠を励ます。
「そうだ! 当てずっぽうでも何でもいい! とにかく彼女を想い、供給ラインが再び開く可能性を、君の手で揺り動かしてくれ!」
屋根の上で手すりを握る永遠の手に力がこもる。
「永遠、君は瑠璃乃にまた会いたいかっ‼」
「ひゃ、ひゃい! 会いたいでずっ‼」
(そうだ、あの子のおかげで外に出られた。ここまで来られた。人生初めてのデートができた。あんなの相手に戦えって、怖すぎるよ。けど、今は、あの子に会いたい。会って直接お礼が言いたい!)
自分の決心を鈍らせないよう、永遠は想いを反芻して確固たるものへと変えていく。
「有り難い。君自身と、君に出会えた事に感謝する。……ありがとう」
「どっ、どいたゃましひぇっ!」
恐怖から聞き取れないぐらいどもる永遠を見て、博士と弥生は感謝を感じながらも、どこか頼もしくも思い、同じように頬笑んだ。
「願わくば、瑠璃乃のことを想って欲しい。強く強く強く想い、この子がこの世界で自由に生きらるよう願って欲しい」
現実離れした姿は間違いなく可愛い。絶世の美少女。まるで二次元から理想の形で三次元にやってきたような容姿。天真爛漫で最高に愛くるしくて、翼をたたんだ天使だと言われたら信じていたかもしれない。
ラブかライクかは関係なく、親愛の情は、てんこ盛りだ。
だから、瑠璃乃にまた会いたいという願いを自分なりに真剣に、恥ずかしいが背かずに叫ぶ。強い想いを込めて。
「君は……すごく……尊いーーーーーっっ!!!」
叫ぶ永遠を乗せてトレーラーが用地を覆う防護膜の内部に突入する。
膜に、水面に波紋を浮き立たせるようにして滑り込む。
内部に入り込んでから急停止するまでに、永遠の叫びが用地にいる全ての耳に届く。
隊員達だけでなく、エイオンベートすら永遠を認識したような様子をみせた時、車内にある瑠璃乃を内包するカプセルから光り輝く柱が天を貫くように伸びた。
桃色の光柱は文字通り光の速さで宇宙まで到達した後、一瞬で内径に大都市一つを納められるほど巨大な筒となるが、瞬く間にサイズを収束させる。
収束した光柱は、宇宙から地上を照らす巨大なスポットライトのように降り注ぎ、中心に居る永遠だけでなく、用地の端から端までを眩く照らす。
そのスポットライトは寸分で役目を終えると、光量を落として落ち着き、瞬きの暇もない速さでさらに狭まり、人の指二本ほどの太さがある線のように姿を代え、永遠とカプセルを繋ぐチューブとなった。
内部の薄桃色の優しい光がチューブに触れる僅かな空中、空間に桃色の淡いコントラストが滲む。
胸の部分に生えたように映るそれはトレーラーの屋根も通り抜け、カプセルまで伸びている。
戸惑う永遠がチューブを掴もうとするが掴めない。
目の前の現象に自分がやったことは成功なのか失敗なのかも判断できない状態で、胸とカプセルの方を何度も見比べる。
そうしているうちに、大きな爆発音が響き渡る。
同時にチューブがスッと消えていき、カプセルがトレーラーから勢いよく空に向かって飛び出した。
「瑠璃乃っ‼」
ロケットのように天を目指して自分から遠ざかっていくカプセルに、永遠は瑠璃乃との別れを重ねて恐れを抱き、天を見上げながら反射的に瑠璃乃を呼ぶ。と、
――ありがとう、永遠――
すぐ傍から声が聴こえた。
聞き覚えのある可愛らしい声を辿って、永遠はゆっくりと顔を下に向けていく。
並行に戻した視線の先に立っているのは、いっしょに選んだ服を着て、自分に純粋な好意を向けてくれる、とてもとても愛らしい女の子。
「また、会えたねっ!」
朗らかに、弾けるように、しかし頬を赤らめて瑠璃乃が笑顔で言った。
「……おっ……おか……おがえりぃぃ……」
永遠はベソをかいて鼻水を垂らしながらクシャクシャになった顔で彼女を迎えた。
「えへへっ、ただいまっ♪」
瑠璃乃は
「瑠璃乃! よぐっ、起きでぐれだねっ‼」
鼻声で迎えたのは永遠だけではない。車体の天井に空いた穴からヒョコッと博士も顔を出し、鼻水をすすり上げながら瑠璃乃の帰還に歓喜している。
弥生も運転席から素早く外に出てくると、涙を指で拭いつつ瑠璃乃の覚醒を喜んだ。
「瑠璃乃ちゃん! おかえりなさい♪」
「博士! 弥生さんも、おはよ~~!」
「会いたかった。会いたかったんだよ~~瑠璃乃ぉぉぉおよよ……」
博士は体が干からびそうな量の涙をダムの放水のように溢れさせ、車体の屋根の上に立つ瑠璃乃と永遠を抱きしめに向かおうと試みる。
が、車内の機器を踏み台にして屋根によじ登ろうとしたのを弥生に見透かされ、咳払い一つで
「さて、瑠璃乃。話したい事は山のようにあるのだが、今は少しでも時間が惜しい。エイオンベートが見えるな?」
「うん。人の形してるね」
「うむ。立派な観察眼だ。まず第一に隊の皆の消耗が著しい。したがって、永遠とはリハーサル無しの出たとこ勝負になってしまうが……やれるか?」
「うんっ!」
瑠璃乃は迷いなく大きく頷く。
永遠は自分がどうすればいいのか分からず、瑠璃乃と博士に交互に視線を這わす。
すると瑠璃乃がおもむろに丁寧に永遠を横抱きで抱えた。
永遠の口から戸惑いが漏れるなか、彼女はそのまま屋根から跳ぶ。そして、全く重さを感じさせない、まるで二人が羽毛にでもなったような軽やかさで地面に降りる。
瑠璃乃は永遠を丁寧に下ろすと、少し照れているのか、はにかんでいる。
永遠も女の子にお姫様抱っこされたことが恥ずかしくて鼻をかいて目を伏せる。
その様子を頬笑ましそうに見ている博士に対して、部隊を指揮する男性からの大声が飛んできた。
「式條さーん! お嬢ちゃんが起きたなら、なるたけ早く対処してくれるとありがたいです! もう、こいつ等も限界っす!」
「了解しましたー!」
博士が大声で応じる。そして急いで車外に出ると永遠達をしっかりと見据え、信頼を込めて大きく一度頷く。
瑠璃乃も博士の想いを察して、同じように大きく頷き、永遠の手を握る。
弥生は見守るように目を細めている。
その中で一人、永遠だけが事情を把握できず置いてけぼりになっていた。
「……あの、僕は何をすれば……?」
永遠は覚悟をしていた。部隊員のようなスーツを着込み、こんな自分でも超人バトル漫画のように立ち回るんだと。
だが、装備と言えるものは弥生に渡されたインカムぐらい。だから、瑠璃乃に手を繋がれたままなだけの自分を場違いに思って博士に尋ねた。
「ん? 何もしなくていいんだ」
「…………は?」
「君はただ瑠璃乃の傍にいてくれればそれでいい」
「え? それだけ? ……もっと、こう……あの方々みたいに、ゴツくて黒いアイアンメンみたいなスーツを着るとかは?」
永遠の窺うような視線を受け、博士と弥生は顔を見合わせてから納得し合う。
「ああ、大丈夫だ。心配するな。三年もひきこもっていた人間に、いきなりあんなもの着けて戦えなんて無理は言わない」
「安心して。永遠くんは“生身のまま”瑠璃乃ちゃんに手を引かれてればいいだけだからね?」
「…………なまみ?」
「そう。生身」
「……じゃあ、あの……特別な服とかも無いまま、あれに向かってく……ってことで……?」
「ああ」
「いってらっしゃい! 永遠くん! 瑠璃乃ちゃん!」
「行ってきます!」
「思ってたのと違ぁーーーーーー!!!」
瑠璃乃が強く地面を踏み込むと、地面が小規模に陥没する。
その反動によって瑠璃乃と永遠は巨人を見下ろせるほど高く、飛翔した。
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