第19話 新しい出会い

「くそッ! 糞くそクソッ! 負け犬が生意気なんだよ糞がっ!」


 周囲の目も憚らず、モールの一角で中根は元クラスメイトの前で周囲へ晒した無様を口汚い不満にしてぶちまけていた。そうでもしないと気が収まらない。


 今にでも永遠のもとに戻って激情を直接ぶつけたいが、それはプライドが許さなかった。だから、こうして友人になだめられながらも抑えきれない苛立ちを所構わずまき散らしていた。


 当然、道行く人々の目は冷ややかで、中には中根を小馬鹿にして嘲笑うような声も聞こえてくる。それにまた腹を立てる悪循環が続いていた。


「糞野郎がッ‼ ガチのひきこもりが偉そうにしやがって! 晒すぞカスがッ‼」


 そう言うと、中根が違法改造のスマートコンタクト越しの視点の一点を睨み付け、視線を集中させる。すると彼の視界には複数の小窓が表示された。


 中根はフードコートで得た永遠の顔の画像と、自分が知りうる限りの詳細な永遠の情報を、自動記事作成アプリで即席で作った扇動的で醜悪な見栄えの記事に貼り付け、永遠の起こしたとされる事件と、今日のことまでを公開しようと試みる。


 中根のやろうとしている事を察知した友人が止めるように促しても、よほど頭に血が上っているのか止まる様子は無い。


「マジでここら辺で止めとかないと、やべぇことになるって……あっ」


 思いとどまるように説得していた友人が遠くを見たまま固まった。その見つめる先から男性二人が早足で近寄ってきたからだ。


「ちょっといいかな?」


「あぁッ⁉」


 振り向きざまに相手を確認する前に中根は呼びかけた者を睨み付けた。が、誰を睨んだかを認識すると、友人と同じように体を固くする。


 声を掛けたのは屈強な二人の制服警官だった。武装した犯人を容易く制圧できる出力を許可されたパワードスーツという制服を身に纏った警官だったのだ。


「君に対して複数の人から迷惑行為の通報があってね。それ、調べさせてくれる?」


「え、いや、心当たり無いんスけど……」


 中根のウソを見逃さず、警官は躊躇なく彼の瞳を睨むようにスキャンした。


「……はい、登録番号該当無し。違法改造だね。ちょっと付いてきてくれるかな?」


 問いかけるようだったが、中根の答えを聞くことなく、警官が彼を挟むようにして連行していく。


「ちょっ、待って待って待って‼ これ、俺のじゃなくて、こいつの借りただけなんすよッ!」


 いざここに来て、中根は友人に罪をなすりつける悪あがきを見せる。


 友人はというと、呆れ果ててはいるが、それでも友達のことが心配なようで、警官に申し開きの機会を請うために恐る恐る歩み寄る。


「彼の言ってる事は本当かな? そうなら君も一緒に来てもらうことになるけど?」


 その言葉に友人は躊躇してしまい、口が開けなくなってしまう。


「てめぇ! それでもダチかよ! 糞がッ! 裏切りやがって!」


 自分を諭してくれた友人のありがたさを微塵も思い返すことなく、中根は罵詈雑言を連呼しながら、モールの出口へ連行されていった。






「突然のことでごめんなさいね。私はハルジオンの者で、弥生って言います。永遠くんと瑠璃乃ちゃんのことでお話があるの。外にある車まで付いてきてもらってもいいかしら?」


 瑠璃乃の助けを求めて伸ばした永遠の手を取った女性の感触は、瑠璃乃のものとは全く異なるものだった。


 しかし、それでも心許なさが振り切って我を忘れているような状態の今の永遠に温もりという安心感を与えるには充分だった。茫然自失としていた永遠に、遅まきながらに返事を返せるだけの正気を与える事ができていた。


 弥生と名乗る女性。永遠は確かに見覚えがあった。服屋の店員だ。


 様々疑問に思うも、普通……もとい、本来の状態に戻った永遠の思考はまとまらない。


 弥生は、第一に永遠を気遣う。


 永遠本人に自覚はないが、少しのきっかけで今にも泣き出しそうな顔をしていた。だから弥生は、この場から離れる事を先決する。


 永遠もちょうどよかった。たくさんの耳目じもくを惹いてまったその場から逃げ出したかったし、瑠璃乃という支えを無くしたことへの救いを、どこか母性的な雰囲気を纏う弥生に求めたのかもしれない。だから朦朧に片脚を突っ込んでしまった意識の中、弥生に従うのだった。


 弥生は頬笑むと、永遠の手を引き、ゆっくりと先導する。


 その光景は自然に注目を集める。永遠は瑠璃乃が消えてから人目に過敏に反応する自分が帰ってきてしまっているのと、腹側部の痛みを改めて実感していた。


 それでも弥生に身を任すのは、そうでもしないと歩けない、へたり込んでしまうだろうという情けない確信があったからだった。


 道すがら、弥生は永遠に天気や今日は暖かいなど、永遠がただ頷くだけで済むような言葉を投げかけ、気を回す。


 だからだろうか。永遠も今現在の居たたまれない不安などが少しだけ和らいでいる気がして、へたり込むのを回避できていた。


 長いようで短い、その逆かもしれない時間を経て、二人はエントランスを出た。それから広大な駐車場の一角に停めてある、天井に大穴が空いているトレーラーのタラップ前までやってくることができた。


「……はい、到着です。よくがんばってくれたわね。ありがとう、永遠くん」


 まだどこか心持ちが曖昧なままの永遠に、弥生が穏やかに頬笑んで言った。少し間を置いて精一杯の愛想笑いで返すと、無意識に永遠は辺りを見回す。


 つい、瑠璃乃を探してしまう。


 幸い、弥生のことは優しそうなお姉さんとして認識できていた。だから怯えないですんでいる。それどころか穏やかな物腰に助けられ、一摘まみの安堵さえ手にできている。


 しかし、その安堵を粉々にする存在が出入り口からヌウッと姿を現す。


「……よく来たな。永遠。歓迎するぞ」


 見下ろされた瞬間、永遠の身が硬直した。


 鶏ガラのような長身痩躯の白衣の男性、博士がタラップを降りながら永遠に握手を求めてきたのだった。


 自分より頭一つ分以上に高い背丈に不釣り合いというか、白衣から伸びる骨々とスジだらけの腕と痩せこけた頬から見て取れる細過ぎる体型に目を奪われ、永遠は握手に応じるために歩む事すらできないでいる。


 博士は永遠の態度に眉間に皺を寄せた。


 本人としては慣れたものであると同時に、やはり拒絶されて寂しかったのを隠しきれないだけだったのだが、その様子を受け取る永遠は得体の知れない大人を不愉快にさせてしまったと不安になり、更に身を縮こませた。


 博士はめげずに博士キャラを演じつつ、手を差し出すのを止めないで足を踏み出す。


「私は式條しきじょう。ハルジオンの者だ。博士でいい――ブフォッ‼」


 タラップを降りてくる博士の顔が突然、永遠の眼前に迫ってきた。

 足を踏み外したのだ。


 間近なデジャブを感じつつ、今度は咄嗟に身をよじってしまう。


 すると、博士は永遠の横にすり抜けるように落ちていき、そのまま地面に顔面で着地して、鈍く重い音が地面と博士の頭部から鳴った。


 永遠が突然の出来事に言葉が出ないで立ち尽くす。


 地面にピタッと正面から張り付いている博士がなかなか動きださないので、さすがにまずいと思った弥生が博士の名を呼びながら駆け寄った。


「…………ううっ……痛いぃ……」


 鼻をすする音と共に博士の痛々しい声を耳にして、弥生も永遠も胸をなで下ろす。


 永遠は博士の無事を確認すると、自分の中の博士への印象が変わったのを自覚した。たかが三段程度の小さい階段から転げ落ちる身体能力に親近感を覚え、緊張が解れたのを感じた。

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