第15話 カレーを食べる彼は草食系

「ただいま戻りました~」


「うむ。おかえりだ」


 ショップ店員になりきるというミッションを終えた弥生が、トレーラー内で応急修理に取り組む博士に合流する。


「進捗は如何に?」


「無事にカリスマ店員になれたと思います……あ!」


 自慢気に報告する弥生が、永遠と瑠璃乃の情報を追う数値に変化があるのに気付き、それを博士にも見えるように立体モニターを指で弾いて宙をスライドさせる。


「永遠くん、瑠璃乃ちゃんと身体的接触。エルイオン介在観測により、永遠くんの詳しい脳内情報、送られてきました!」


「身体的接触ぅっ⁉ まだ早いと思うな、そんなことっ!」


「もう! 手ですよ手! 手を繋いだんです!」


「そ、そうかそうか。早とちりしてしまったな。はは……」


 勘違いで二人を、特に永遠のほうを叱りつけたい気分になった博士は、自分の見当違いに気付くとバツが悪そうに押し黙る。だが、同時に客観的視点で捉えると、あの内気な永遠がパートナーとは言え、瑠璃乃相手に心を許して手を握るとはと感心もする。


「責めるより称えるべきだな。……ふむふむ。オピオイド受容体の活性化に伴うストレスホルモンの急激な減少とオキシトシンの増加。ヒスタミン値も最適を示していて、FABP4遺伝子発現推測も上昇傾向が顕著だ。側坐核、縫線核の活動も永遠君の負担を減らす方向に適正化……今のところは順風満帆でしかないね……」


 空中に浮遊する厚さの無いモニターに向かって、博士は何ものかに尾を引かれるのか、神妙な表情を作って唸った。






「やっぱり食べないんです……食べないの?」


 永遠は三年ぶり以上まみえる事のできなかったカレーを注文し、フードコートに並ぶテーブルまで持ってきて、向かい合って座る瑠璃乃に問いかけた。


「うん。わたし今、だいえっとちゅうだから」


 そうやって食べないことを伝える瑠璃乃の表情は、どこか申し訳なさそうだった。


 店頭まで着いてきてくれて、久しぶりの店員とのぎこちないやり取りも見守ってくれていた。 


 永遠が出来たてのカレーを受け取って、次に瑠璃乃の食べたいものは何か尋ねると、瑠璃乃は少し困ったように笑った。そうしながら自分は何も食べないことを伝えると、少し強引に永遠の背中を適当なテーブルまで押してきて今に至る。


「でも、僕だけ食べるってのも悪い気がします……するかな?」


「いいんだよ! いただきますして! わたしは永遠の食べてるとこ見てるから」


 そう言ってテーブルに両肘を突いて楽しそうにニコニコ顔を左右に揺する瑠璃乃の様子に、逆に食べないことの方が失礼な気がして気が咎め、永遠は迷っていた右手でしっかりとスプーンを手に取った。


「じゃあ遠慮なく……いただきます」

「はい、召し上がれ♪」


 瑠璃乃に眺められるのを少しむず痒く感じながら、永遠は誤魔化すようにカレーを口に運ぶ。口に入れてすぐ、永遠の目が見開かれた。スプーンを口に入れたまま動かない。永遠の奇妙な動作に目を瑠璃乃も目をパチクリさせる。


 そんな風に固まっていたのは、久しぶりのカレーの味に永遠の心に様々に去来するものがあったからだった。永遠は一緒くたに押し寄せる言いようのない複雑な情動によって鼻の奥からせり上がってくるものに痛みを覚える。


 だが、瑠璃乃を前にして心配させてはいけないと必死に堪えてカレーを続けてカッ込んだ。


「おいしい?」


「……うん、うんっ‼ ……おいじぃよ……」


 なぜ永遠が鼻声なのか分からい。けれど本当に美味しそうだ。だから自分も満足だ、と瑠璃乃は彼がカレーを嬉しそうに飲み込むように食べるのを見守る。しかし直後、


「……ごめんね」


 そう、寂しそうに呟いた。


「え?」


「あっ! う、ううん! 何でもないよ⁉ ……それより永遠、わたしがそこのビュッキングで永遠の好きそうなもの選んできてあげるね!」


 瑠璃乃は自分が漏らした言葉を永遠に感付かれないうちに、フードコートの中央、ここの利用者なら誰でも利用できるビュッフェコーナーを指さした。


「びゅっ……? ……あぁ、うん。お願いします……頼みますね……頼むね」


 日本語の怪しい瑠璃乃の中でビュッフェとバイキングがごっちゃになってしまったんだろうと少し経ってから推測することに成功すると、永遠は彼女の行為に甘える事にした。


「たのまれました~! じゃあ、いってきま~~す♪」


 スクッと立ち上がり、敬礼をしてから瑠璃乃は嬉々と駆けていく。その長い金髪がなびく後ろ姿を見ると、永遠は自然とにやけてしまう。


(いい子だよなぁ……。取って付けたようなツンデレと天然具合は心配になるけど。今まで見てきたどんなアイドルより可愛いし、よく笑ってくれるし。こっちが嬉しくなっちゃうな……ほんとに詐欺じゃないよね? 誰か監視してないよね?)


 永遠は無意識に財布をポケット越しに握りしめた。


 周囲に目を光らせると瑠璃乃と目が合い、気付いた彼女は笑顔で手を振った。自分の挙動でバツが悪くなった永遠は若干不自然な笑顔で返した。


 彼女は自分は食べないというのに、好奇心に目を輝かせて本当に楽しそうに皿に緑の山を築いていく。永遠は無邪気な子供の面倒を見ているような気にもなって目を細めて見守った。


(あんなに楽しそうに野菜を盛って。あんなに野菜を……野菜を……って⁉)


「おまたせしました!」


 瑠璃乃が早足でテーブルに戻って、永遠の前に成果を示す。トレーの中の大中小の皿の上には、野菜、野菜、野菜……これでもかというほどの緑黄色野菜たちが盛られていた。


「……あの……これは……?」


「野菜だよ? 永遠好きでしょ、野菜。あっ! 栄養も考えて緑のだけじゃなくて、違う色のも選んだよ! あ、そうだ。……べ、別に永遠のこと考えて選んだわけじゃないからね!」


「あっ、そうなんだ……ありがとう。……でも、僕、野菜、そんなに好きじゃない……よ?」


「えっ、そうなの⁉」


「ごっ、ごめんなさい! どちらかと言うと、嫌いなほう……かな?」


「そうだったんだ。ごめんね。永遠は草食だって聞いてたから、喜ぶと思って……」


 ここに来る田んぼ道、何故あそこまで執拗に草をむしって渡してきたのか。その疑問が今になって解消された。しかし腑に落として済ましている場合ではない。


 瑠璃乃が明らかに落ち込んでいる。しゅんとしている彼女の様子に何だか申し訳なくなった永遠は、やらかしてしまったと思い、激しくアタフタする。


「あっ! あの、あのあっ、でも、親が野菜好きだから、持って帰ろうかな?」


 永遠の提案を受けて瑠璃乃の顔が一瞬でパーッと光を取り戻した。気のせいか、笑顔の周囲に花が咲いたような分かりやすい立ち直りようだった。


「そうなんだ! じゃあポッケに入れて、しまっちゃうね」


「しまうってそんな。これだけの量、手品でもなくちゃ入らないよ――」


「はい! ぎゅぎゅっと詰めたらスッキリポン!」


「どこで覚えたイリュージョン⁉」


 本当に小さなポケットに入りきってしまった野菜達に永遠は驚嘆の声を上げたのだった。




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