第12話 服屋さんではなくショップと呼ばないとダメなとこ?

 怖い怖い怖い。下手をすれば家から出た時以上の恐怖を永遠は味わっていた。


 瑠璃乃と同年代の女性が好みそうな衣服を扱う店舗までやって来た。


 そして、好奇心を漲らせ、全身から早く入りたいオーラをたぎらせた瑠璃乃に手を引かれ、あっと言う間もなく入店を果たしてしまっていた。


 入ってから気付いた場違い感に永遠の顔は引きつるばかり。


 香水や化粧品、革製品などが混じったような独特の匂い。強く女性を意識せざるを得ない香りに満たされた店内は、それはそれは怖い。


 服屋さんではなくショップだとか、普段の自分が絶対に使わないであろう言葉を使わないとバカにされそうなのも怖くて仕方ない。そして、こんな状態で、おそらく瑠璃乃の口から出るであろう要求に応えるのが怖くて堪らなかった。


「いっぱい服があるね~! じゃあ、永遠。し、しかたないから、永遠の好きな服選んで♪」


 出た。無邪気にふんわり形だけのツンを載せ、満面の笑みて両手を広げて繰り出された。


 圧倒的アウェー感。満員のスタジアムの中心で公開処刑される心持ちに等しい疎外感と恐怖。それに異性の服を選ばないといけないというプレッシャー。


 なのに永遠は、瑠璃乃の魅力にほだされて断ることができないでいる。


 瑠璃乃の喜びようを目にすれば後悔は無い。が、可愛く女の子に頼まれたら断れないチョロい自分がどこまでも情けない。永遠は涙の代わりに大量の汗を顔中に浮かべて床を濡らした。


(え~~~~~~無理だよ無理! 女の子の服選ぶなんて無理だ! TGCの動画も眩しすぎて直視できないし、自分の服でもユニシロで持て余すのに……ううっ)


 心の中で苦悩し、固まった永遠を満面の笑みのまま待つ瑠璃乃。その笑顔に応えたい。だが、女の子ひとりの服一つまともに選ぶことが出来ない。自分は何て不甲斐ない人間なんだろうと、永遠はうちひしがれて、しゃがみ込んでしまった。


 その姿を見た瑠璃乃は、彼に駆け寄って何も言わず真っ先に背中を優しく擦ってやった。その優しさがまた己の無力感を際立たせ、消えてなくなりたい気持ちが込み上がる。


 鼻の奥が痛くなって視界が滲んだ直後、ふと見上げると、おしゃれに着飾ったマネキンが写った。今の姿勢からだと、ちょうど短いスカートの中を覗く姿勢になってしまっていた。計らずも永遠の目が釘付けになってしまう。


「あ~! ダメだよ永遠! 女の人のスカートのなか覗いたら!」


 永遠のヨコシマな視線に気付いたのか、瑠璃乃がお叱りを放つ。無意識に長くなっていた鼻の下が瞬時に収縮し、声にならない声が口から漏れた。そしてすぐさま周囲を確認し、誰もいないことに胸をなで下ろす。


「……なるほど。永遠は短いのが好きなんだね」


 永遠と同じように彼と同じものを見た瑠璃乃は、うんうんと納得している。


「じゃあ、わたし、これがいい!」


「……え……あっ……僕もそう思ってたんだ! ……はい」


 白々しい永遠の肯定を受けた瑠璃乃は鼻息も荒く立ち上がり、レジに一直線だ。


「いらっしゃいませ~♪」


 レジカウンターにて、とても綺麗な女性が瑠璃乃をもてなす。姿勢が良く、上品な佇まいだが、それでいて頬笑みを絶やさず、人を安心させるような柔らかい雰囲気を纏っている。ただ、店に合わないリクルートスーツを着ていたため、永遠は若干違和感を覚えた。


「……あの、わたしとどこかで会ったことありませんか?」


 女性店員の顔を見た瑠璃乃も目をパチクリさせて首を傾げて尋ねる。


「う~ん。私、昨日までムー大陸四丁目支店にいたので違うんじゃないかなと思います」


「そうなんですか~! じゃあ違いますね。あははっ♪ ところで、むーたいりくってどこですか?」


「外国です♪」


「外国か~~! だから聞いたことないんだ~~」


 そんなやりとりだけで納得できてしまう瑠璃乃を、そこはかとなく心配する永遠だった。


「あ! そうだった。あの! そこのまねきんさんが履いてるスカートをください! 一番短いスカートの子のです!」


「申し訳ありません。あちらのスカートは先約のお客様がいらっしゃいまして、お売りすることはできないんです」


「そうなんですかぁ……じゃあ、似たのありますか? あっ、できるだけ短いスカートがいいです!」


 自分の欲望を代弁されたようで、耳まで真っ赤になった永遠は、今この場所から逃げ出したくなった。そんな挙動不審に固まっている彼を目にした店員が水を向ける。


「あら? そちらの玉森優太さんと道枝駿助さんを足して2で割ったことを無かったことにした全然関係ない後ろの方は、もしかして彼氏さんですか?」


(たとえの意味ありました⁉)


「べ、別にそんなのじゃありませんから~~!」


「ふふ。お似合いですよ♪ ……そうだわ! せっかく彼氏さんといっしょなんですから、彼氏さんの前でファッションショーしてみてはどうでしょう?」


「できるんですか⁉」


「はい♪ ちょうど他のお客様もいらっしゃらないことですし」


 もう勘弁してくれ。永遠が憔悴しきった顔で項垂れる。その姿を少しでも和らげようと店員が永遠に柔らかく頬笑んでみせる。


「それでは、お客様。スマートコンタクトの方は着用していらっしゃいますか?」


 スマートコンタクトとは、常にネットに接続し、クロスリアリティーを視界に手軽に付与できる汎用性抜群のウェアラブル端末だ。様々な情報を瞬時に得ることができるなど、その利便性から若年層の所持率はかなり高い。


 永遠の場合、目に異物を入れるのが怖くて普及したての頃から着けた試しがない。


「着けてないです。おたまじゃくしの検査でも満点だったから目は良いです! 永遠も着けてないよね?」


 瑠璃乃も見当違いをしているようだが、永遠と同じで装着していないらしい。親近感を覚えた永遠は素早く二度、頷いた。


「そうですか。ではフィッティングルームでのバーチャル試着もご用意しておりますが、彼氏さんもいらっしゃることですし、やっぱり直接試着をして彼氏さんが気に入ったものを選ぶのが一番ですね。彼氏さんもそのほうが嬉しいですよね?」


「え⁉ ……あっ、はぁ……」


「じゃあ着るからね! 永遠が気に入ったのを教えてね♪」


 返事をする間もなく、瑠璃乃は店員と共に試着室のカーテンの向こうに消えていった。


 瑠璃乃と店員の騒がしいやりとりが交わされるのを期待と不安と恥ずかしさを持って見守るしかできない。この時発生する時間は永い。とんでもない居心地の悪さ、時間が止まったような錯覚を覚えてしまう。だからといってソワソワしても挙動不審になる。永遠は潔く棒のように待つことを決めた。


(……でも、こんな時間もありがたいことなのかもなあ。こんないかにもデートな体験を、魔法使い確定人生だった僕が味わうことができるとは……ハルジオンばんざいっ)


 挙動不審にならないようにしていたのに、すぐに顔がだらしなくにやけて台無しになった。


「永遠~! 着たよ~!」


「あ! お客様! まだ全部じゃ――」


 だらけきった頬と眉などを直す間もなく、瑠璃乃の試着を終えた事を知らせる声より速くカーテンが開け放たれた。


 慌てて取り繕おうと試みる永遠の前に、キャミソールと、今履いたであろうスカートだけを身につけた瑠璃乃が姿を現す。永遠はその衝撃に絶句せざるを得なかった。


「永遠、どう? 似合ってる?」


 早く永遠に見てもらいたい一心で、店員に渡された数ある服の一つだけ、スカートだけを腰から提げて、瑠璃乃は鼻息も荒く飛び出した。


 大事なところは隠されているが、青少年にとっては十二分に刺激的な格好であることは変わらず、永遠は咄嗟に自らの両手で視界を遮った。


「どうかなどうかな? これ可愛い? すごい短いし良いと思うんだけど」


「かっ、かかかか可愛いよ⁉ でもね、そんな格好だとこっちが困るから、とりあえず服も着て! お願いだから!」


 永遠の反応が思っていたのと違ったのか、瑠璃乃はきょとんとする。


 その間に女性店員は瑠璃乃の腕をサッと掴んで試着室に引っ込ませ、カーテンをササッと閉めた。店員の対応力に永遠は心底救われた。


「お客様、それだけで出て行ったら彼氏さんがビックリしちゃいますよ?」


「ビックリ?」


「はい。ちょっと立ち入った話ですけど、彼氏さんとのお付き合いは長いんですか?」


「ううん。今日、会ったばかりです。……たぶん」


「そうですか。でも、彼女さんは彼氏さんが大好きですよね?」


「えへへ~~、はいっ!」


 瑠璃乃は永遠には聞こえないだろうと本心を素直に表した。その綻んだ顔に店員もつられる。


「なら、なおさらそんな格好で出て行ってはダメです。恥じらいのない女の子は、自分を大切にしてない、いい加減な人間だと思われちゃいます」


「え⁉ わたし、嫌われちゃうんですか⁉」


 店員の言葉に、瑠璃乃は誰の目から見ても明らかな怯えをみせ、今にも泣き出しそうになる。 自分の行動で永遠に嫌われる。


 受け容れがたい懸念に支配された時、彼女の中に強烈なイメージが浮かび上がった。

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