第11話 悪意

 山間の田園地帯の一角に周りの景観に沿うように建っているショッピングモール。施設内のフードコートと周辺は、昼食時も近いため、老若男女問わず繁盛している。


「俺等、今から生配信やるんだけど、アシスタントとかしてくれない?」


 その中に周囲と混同される事を拒絶するように頭髪を染め、上に逆らわせている高校生ぐらいの少年がいた。悪く言えばチンピラそのものの柄の悪い少年が、スクールカーストで言えば上位近くと思われる外見の女子グループにナンパ紛いに声をかける。


「……どんなの?」


 グループの一人が探るように問う。


「ミーチューブ。俺、けっこう人気の配信者なんだよね。これ、俺の動画」


 少年は自慢げに自己紹介し、得意げに自身の動画をスマホに表示させ、見せつける。


 一目見て、少女等は眉をひそめた。彼女達はモラルを持ち合わせているようで、少年が関わってはいけない人物なのだと察したのだ。


「ダサっ」


 女子グループは彼を小馬鹿にするような捨て台詞を残して去っていってしまった。


「なんだよ! 誰にでも股開きそうなマンがお高くとまりやがって! 糞がッ!」


 女子達の背中に向かって悪態を吐くと、少年はまた誰かを探すように辺りを見回す。


「なぁ、やっぱり炎上系コントは止めたほうがよくない? こないだも警告来たし」


 柄の悪い少年の友人と思わしき連れ合いが、若干眉を寄せながら意見を述べる。


「目立ってナンボだろ俺等は! ハク付けるには普通にやってもダメなんだよ! やっぱり女をつけるしかねぇって。歌って踊れて後腐れのないビッチ希望〜〜」


 歳相応の強すぎる承認欲求に塗れ、歳不相応の善悪の基準を持ち併せてしまった拙い彼が、いたって自然に露悪を気取る。


「台本は、バズった奴のを適当にコピペしてきたのでいいんだよな? 流れを“これ”に流しながらで……」


 友人が自分の目を指して確認する。


「そ。歌のときはそのやり方で騒がれたけど、ランダムコピペならバレないっしょ?」


「でもツッコミのタイミングとか大丈夫か?」


「ウマイヘタなんてバカ共には判断できねぇって。とりあえずテンション高くして引きつけて、後で燃えてもバズればどうでもいいし。テキトウテキトウ」


 少年は悪びれる様子も無く、ただ自分の虚栄心と自尊心を満たすため、自分の引き立て役になりそうな人間を見繕う。相方の友人は大概な気分を抱きながらも彼に付き合い、同じように見栄えの良い女性を探すことにした。


 この時からの自身の変化……自分の頭の上に、誰の目にも写らない黒ずんだ濃い紫色のモヤが発生していることを、柄の悪い少年が気付けるよしもなかった。


 




(変わらないなぁ……)


 目的地であるショッピングモールを目の前にして、永遠は懐かしさと切なさを抱いていた。 道すがら、だんだんと近づいてくる建物に期待と不安が入り交じった。


 まだ自分が普通でいた頃、友達や親と一緒に頻繁に訪れた地域最大の商業施設。田舎の自然とは匂いも雰囲気も肌触りのようなものも異なるが、永遠にとって同じように大小様々な思い出が詰まっている大切な場所。だからこそ触れるのが怖くなってしまった場所。


 が、拍子抜けするぐらい何も変わっていない。


 モールの大きな駐車場に隣接する広大な空き地。そこを覆っている虹色の膜も“今日はここでやるのか”と、昔と同じように思わせる。


 だから永遠は安堵の息を吐いてから、ふっと、モールの四隅に浮かぶ年代物のアドバルーンを見て自然と頬笑みを浮かべていた。


「大きな風船だね~! きっと大人用だね!」


 初めて見るのか、手を水平にして額に当ててアドバルーンを物珍しそうに仰ぎ見ている瑠璃乃の表情は好奇心に溢れていた。


「い、いや、大人とか子供とか、そういう問題じゃないと思うよ……ますよ?」


 不安はある。けれどそれを覆い隠すほどの安堵感が自分を包み込んでいるのも分かる。これも瑠璃乃の――ハルジオンのスタッフの力なのかと、永遠は勝手に感心していた。


「あれ、もらえるのかな?」


「えっ⁉ ……大人……になればたぶん……?」


 期待に満ちて尋ねてくる瑠璃乃に、永遠は戸惑いながらそう答えるしかなかった。


「そっか。じゃあ、その時は、永遠の分ももらってきてあげるからね♪」


「あ、ありがとう……ございます」


 少し硬い笑顔で永遠が礼をすると、覗き込んでいた瑠璃乃も更にご機嫌に笑った。


 しかし、硬くても笑顔は笑顔だった表情は、すぐに緊張の面持ちに変わる。


 前方から地元高校の制服に袖を通した生徒のグループが近付いてきた。瑠璃乃を遠目に注目はしているが、声を掛けにくる訳でもない。ただすれ違うだけ。それでも永遠は緊張した。


 気がつけば、回りには同じような生徒を多く見掛ける。平日のはずなのに何故この時間に学生が? と疑問に思っていると、とある生徒の話し声から、職員会議などが重なって授業が半日で終わったのを知った。


 備えをしていたつもりだった。だが予想より多い物量に永遠の緊張が増していく。


 なのに、このまま行ける気がした。家に、部屋に帰りたいとは思わなかった。


 瑠璃乃の、異性の手前だからなのか。それも違う気がする。


 緊張はしているのに気持ちがとにかくネガティブに向かない。むしろポジティブでいられる。


 何故こんな楽に、前向きでいられるのか? 


 ふと横を見ると、瑠璃乃がにこにこと笑っている。永遠はチャットを思い出すと、まさにチャット通りでしかないと感じた。


(すごいんだな。他人に認められるっていうのは……)


 けれど、それで良かった。永遠が瑠璃乃にぎこちない笑みを向けると、彼女は笑顔のまま、大きく頷いた。


 そうやって永遠にとっての試練の一つを乗り越えると、エントランスまでやってきて、衣料品を扱うエリアを改めて案内板で確かめると、目的地を瑠璃乃に指で指し示す。彼女は穏やかな笑顔で頷くと、永遠の手を取ってから彼が歩き出すのを待つ。


 人前だから恥ずかしい。永遠は居たたまれなくなって、注文をつける代わりに足早に歩き出した。

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