第6話 それが君なの?

 トレーラーの中が目映い光に満ちていた。永遠との対話を経て、トレーラー内の円筒形の装置カプセルの輝きが一層濃くなっていく。


「博士! 永遠くんがこの子のイメージを固定化していってくれてます!」


 宙に浮いたモニターを見て弥生が驚きと喜びの混じった声で博士に報告する。


「ああっ! 永遠君からの供給を受ければ、この子はちゃんと自分の足で立つ事ができる! ……とは言え、会った事もない人を思い浮かべただけで、こうもしっかりとこの子をこの世界に安定させるなんて……彼とこの子の相性はやはりとてもいいみたいだ!」


 博士も感嘆と興奮をさらけ出す。骨々しく細長い指をうねらせて心底嬉しそうだ。


「あっ! 永遠くんの内部表象を形式的に確認⁉ コミュニケーションをとってます!」


「言葉を交わすことまできるのかッ⁉」


 驚愕の余り動きが止まる博士に対して、弥生はモニターの映るグラフの一つが急激に上昇するのを見逃さなかった。


「永遠くんからの『エルイオン』供給を受けて現ブレーンに定着! アサーション来ます! 伏せてっ!」


 宙に浮いた車体が、また更に跳ねて浮かび上がる程の衝撃を伴ってカプセルが屋根を突き破り、大空めがけて飛び出していった。


 爆発を事前に察知した弥生は咄嗟に博士を押し倒すように庇い、二人はからがら無事でいた。


「……屋根、壊れちゃいましたね……」


「……あぁ、うん……。でも、今日があの子の二回目の誕生日になったよ……」


 二人は伏せたまま、煤けた顔でトレーラーに空いた大穴を見上げ、優しく頬笑んでいた。







 永遠は温かな淡い光の中に浮き、漂っていた。温もりに満ちた布団の中でまどろんでいるに近い状態だ。しかし、遅れて身体感覚の異変を察知するとギョッとする。


 地に足を着けている感覚がまるでない。まるで無重力の中にいるような感覚。目の前に広がる濃淡のある桃色で満たされた景色がいっそう混乱を誘う。


(何だこれっ⁉ ま、まさかあのチャットは、こういうのを見せるための催眠だった⁉)


 どうしたらいいか分からず、慌てふためいていると、永遠の目の前に唐突に一筋の七色の光を帯びるヒト一人分ぐらいの長細い弦のようなものが現れた。


 半ばパニックになっていたために、どうしたら良いか冷静に判断も何もかもできず、永遠は弦のようなものに不意に触れてしまう。


 触れた途端、弦の端と端が瞬く間にくっ付き、輪になった。


 ビクッと反射的に手を引くと、その円は目映いほど輝きを増す。


 永遠は眩しさに顔を両腕で覆う。


 しかし、その輝きが気になって、光を遮る腕の間から薄目を開けて見てみると、輝きが徐々に弱くなっていき、次第に人の形が現れた。


 人の形を成したそれには口があり、女性と判別できるシルエット程度の情報量があった。


 口を動かして何かを伝えようとしているようだったが声が出ていない。自分の声が何故出ないのか、狼狽えるように手を喉にあてがっている。


 何度も永遠に喋りかけようとする様子を見て、永遠は、今ここに居るの二人だけ、なら自分に対して彼女は何かを必死に訴えているのではと推し量った。


 シルエットが何なのか分からない。分からないはずなのに、永遠にはそれが何なのか理解できた。だから訊ねる。


「……それが……君なの?」


 語りかけるのと同時に、シルエットは再び輝き出した。


 そして永遠の目に彼女の姿がはっきりと捉えられる。永遠の目に映る彼女は、腰まで伸びる金髪と青い目が輝く、とてもとても可愛らしい女の子だった。


「うんっ‼」


 永遠に問われた女の子は、心から嬉しそうに、弾むように答えた。


 





 永遠は、ベッドに座ったまま体をびくつかせて目を見開き、覚醒した。


 気を失っていたのか、一瞬だけ意識が飛んでいたような正体の分からない間隔が頭の中にある。目の前の風景が途切れたというか、得も言われぬ空白の時間があったような気がした。


 ついさっきまで桃色の風景の中で何かと会話したような気もする。が、気がするだけで確証はない。


 チャット画面は、一番最後に見た文字があるだけで変化はない。白昼夢でも見ていたのだろうかと永遠は眉間に深いしわを寄せる。


(なんだ? このモヤモヤ感は……。僕は今何してた? 何を見てたの? 誰と話してたんだ? …………話す? そうだ! 僕は話をしたんだ! たった一言だけど、確かにあの子に話しかけて、それから……)


 自分でも自分が何を考えているか捉えられなかったが、直感のようなものを覚えていた。


 一人の女の子と光の中で話していた気がする。気がするだけだったが、確かに心の中に彼女がいた。


 そう思うと、心地よさで満たされるようになり、心の中のモヤモヤが少しだけ晴れた気もする。そんな中、チャット画面に変化があった。


『林本様、ご無事でしょうか? さきほどの爆発音は、こちらが気まぐれに、ついポン菓子を作っちゃっただけですので安心して下さい』


『なんのことですか?』


『え⁉ 聞こえませんでしたか? あんなに大きな音が家のすぐそばでしたのに……はっ⁉』


 ブレインコンピュータインターフェース(BCI)方式のシステムが相手側の動揺まで拾ってしまう。


 永遠は今までのやりとりから、ある推測を思いついてしまい、慌てて窓に近寄り、カーテンを恐る恐る摘まんでめくった。


 案の定、正体不明のトレーラーから煙りが上がっているのが窺える。


 車体後方の屋根には大穴が空き、縁取るひしゃげた元屋根達が空へ向かって真っ直ぐに起立している様から、車から何かが飛び出していったのが容易く想像できた。


(……まさか、あの車に乗ってる人が、このチャットの人ってこと?)


 確かめるため、永遠はベッドの上に正座してチャットを再開する。


『あの、あなたは僕の家の前の道路に停まっている車に乗っているのですか?』


『なっ、なんのことでございますざますでしょうか?』


『家の前に黙って停まってたこととかは怒っていないので答えてください』


 とぼけるための下手な口笛がチャット画面に不自然な文字列となって表示される。


『本当に怒っていません。むしろ、今の僕に何かに踏み出す一歩になるかもしれないことを教えてくださったことに感謝しています』


『永遠くっ……林本様……』


『だから教えてください。あなたは本当に仕事を紹介してくれるんですか?』


『もちろんです! ……あっ、そろそろじゃないでしょうか?』


『そろそろとは?』


『派遣したワーキングサポーターの女の子が到着する時間のことです』


 その事後報告に、動揺が天井を突き破り、永遠は心臓が止まった気分になる。


『待って下さい。確かに僕は仕事をしたいし、お願いしたし、理想の女性像を伝えたりしましたけど、一度も派遣してくださいなんて頼んでないです』


 また不自然な文字列が並ぶ。ここにきて、とてつもない不安が永遠を包む。手相の鑑定料うんぬんなんて生易しいことじゃない。もっと規模の大きい組織的犯罪に荷担する事になってしまうなど、大事にならないかと。


(じょっ、じょじょ冗談じゃない! 訊き出さなきゃ!)


 そう決意してスマホを握った瞬間、


 ドシンッ!!!


 突然、部屋の前のドア一枚を隔てた廊下に何かか降ってきたような大きな音がした。


「えへへ……ついたぁ~~♪」


 音がしてすぐ、少女の声が続いた。


 永遠はブルっとに震えながら、長年油を差さないで錆びてしまった機械のように徐々に徐々に首を動かし、ドアの方を向いていく。

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