第4話 理想の女性像

 ♪マーク程度に浮ついてはいけない。そんなチョロくてはこの先やっていけない。永遠は自分を戒めるため目を力いっぱ瞑って開けると、気を取り直してチャットに臨む。


『この度は私共、ハルジオン社の提案するビジネスモデル、ニュービジョンワーク「乙職」のご案内をご覧になっていただき、誠にありがとうございます』


『はい』


『早速ですが、オクミカワをご存じでしょうか?』


『一応は』


『では、少し捕捉説明をさせていただきます。オクミカワとは、日本のとある山間地方から出土した希土類のことを指します』


『はい』


『このオクミカワの特質としまして、放射性物質を除く全てのレアメタルに組成変化が可能であり、それが、魔法の石と呼ばれる由縁となっております』


『はい』


 仕事内容についての説明だと思っていた永遠は、自分には、この時点でさえ理解が怪しい話が始まってしまったことに対して自然と眉間にシワが寄り、少し体が強張った。


『そして、前述した特質と合わせて魔法の石と呼ばれる最大の特徴といたしまして、超高効率太陽光発電を可能とする材質特性と蓄電性能、どんな極限環境の中でも超伝導を可能にするといった事が挙げられます。その恩恵は計り知れず、革新的なベースロード電源を生み出し、人類に第五、第六の産業革命をもたらしました。多種多様の膨大な雇用を生み出した事実がその証左でもあり、二度に渡る首都直下地震で世界から取り残された日本の復興を牽引し、高度成長期を遥かに凌ぐ伸長をも実現させたのです』 


『はい』


(もっと勉強しとけばよかった……)


 永遠は、もう空返事しかできないでいる。それが文字の上では伝わらないのが幸いだった。


『すみません。少し難しかったでしょうか?』


『ごめんなさい。少しだけ』


『少し噛み砕いて説明しますと、このオクミカワの恩恵によって、太陽光発電機が一家に一台は当たり前の時代になり、電気代はタダ。気軽にお昼は回らないお寿司で、夜は焼肉を食べにいけるようになり、みんなのお財布が暖かくなった……と、お考え下さい』


『はい』


 永遠に教養は望めない。真面目に勉強する方だが、どんなに頑張っても中の下が精一杯。そんな永遠でも小学校の授業で習ったことぐらいなら覚えている。


 電気代という概念が無い時代に育ったのでピンとこないが、家族に訊いても事実だったと教えられた。最寄りのショッピングモールも、電気光熱費のコストの分、昔はいろいろなものが高かったんだよと。


 その事を思い出していると関連想起が起こった。


 ショッピングモールにあるフードコートのカレーは安くて早くてすごく美味い……と。


 郷愁と口の中の涎に支配され、ふと視線はそのまま遠くを見遣る。


 



 トレーラー内の円筒型の装置カプセルの内部が桃色に大きく煌めく。まるで何者かの希望や要求に対して“うん”と応えるように。

 



 

『そうして生まれた余裕を現在進行形でも下支えするテクノロジーの一つとしまして、完全自動運転車、フルリモート・フルフィードバック義体などが挙げられます。そして、それらの便利なテクノロジーには共通してあるものが使用されています。何かご存じでしょうか?』


『オクミカワだと思います』


『そのとおりです。説明説明でだいぶお時間を取らせてしまいましたが、ここからがお仕事についてのご相談となります。よろしいでしょうか?』


『はい』


『ありがとうございます。今回、林本様に提示させて頂くワークプランは、ニュービジョンワーク「乙職」ということでよろしかったでしょうか?』


『はい』


『了解しました。その場合、当社からワーキングパートナーを派遣させていただくことになりますが、よろしいでしょうか?』


 予期せぬ事態に永遠の口から思わず「え?」と、間抜けな声が漏れてしまう。


『ご安心ください。対面することなく、メールや、このようにチャットだけでの意思疎通も可能です』


『はい』


 一瞬、肝を冷やしたが、すぐに胸を撫で下ろす。


『ですが、やはり人間同士。たとえ文面だけのやりとりと言っても相性というものがあります。そこで差し障りなければで構わないのですが、今後のお付き合いのために林本様の理想の女性像をお教え願えないでしょうか?』


(…………は?)


『理想の女性像ですか?』


『はい』


 永遠は沈黙した。答えられない訳を察した相手が先回りする。


『私共のポリシーとしまして、様々なコミュニケーションを円滑にするために、男性なら女性の、女性なら男性のといったように、必ず異性のワーキングパートナーを派遣することになっているんです』


「…………なんだっ……てっ……⁉」


 


 

「あの、博士? 本当にこのまま話を続けてもいいんですか?」


 弥生はブレインコンピュータインターフェース(BCI)を操るのを中断し、期待の中に不安が滲む瞳で博士を見上げる。


「……本来なら、もっと時間を掛けて信頼を育んでいきたいところだけど、現在ばかりは時間が無い」


「でも……」


 躊躇をみせる弥生に対し、博士も罪悪感を覗かせながらも、それを払うように、自分に言い聞かせるように声を少し張って主張する。


「もちろん何よりも尊重されるのは彼の意思だから断られても仕方が無い。けれど今は少しでも時間が惜しい」


「……そうですね……分かりました!」


「あぁ、きっとこの子も応援してくれてるよ」


「はい。だからきっと永遠くんも呼びかけに応えてくれたんですよね」


 二人の温かな眼差しが、車内の最奥に位置する薄桃色に光るカプセルに向けられる。 


 その眼差しに応えるように、カプセルが強弱をつけて輝いた。

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