参-3
楓真は夢を見た。悪い夢だった。
真白の砂利の上に、兄が
兄の前に立ち、楓真は
兄の首を
「楓真」
兄が呼びかけ、伏せていた顔を、ゆっくりと上げる。
目を隠されていても
「楓真、お前は――」
はっと目覚めると、辺りは暗かった。兄と一緒に桂花茶を飲んでいて……いつの間に眠ってしまったのだろう。
兄が寝台まで運んでくれたのだろうか。ぼんやりと瞬きをして、楓真は気づく。
ここは、自分の部屋でも、兄の部屋でもない。知らない天井。知らない匂い。今、自分が横たわっているのも、身に馴染んだ寝台ではない。薄く硬い布団だ。
飛び起きて、周りを見る。
楓真は、そっと布団を抜け、襖を開けた。
縁側に、子どもが一人、こちらに背を向けて立っている。兄と同い年くらいだけれど、兄ではない。
「……起きたのか」
子どもが振り返る。見覚えのない顔。誰……? 楓真が警戒の瞳を向けると、彼は居心地が悪そうに視線を
「俺は蓮太。お前の兄貴に頼まれて、お前を預かったんだ。ここは
「……兄上に……?」
楓真の瞳が瞬きを打つ。蓮太は
「お前を夜明けまで預かってくれって……っ、おい!」
蓮太が言い終える前に、楓真は裸足で縁側から庭に飛び出していた。
「待てよ!」
蓮太が慌てて楓真の腕を掴む。
「お前、何か事情を知っているのか?」
「知りません! 私は何も……! だから戻るのです!」
胸騒ぎがした。焦燥感が、全身を駆け巡る。
「今、兄上は独りです。兄上を、独りにしてはいけないのです……!」
蓮太の腕を振り払い、楓真は転びかけながら駆け出した。
駆り立てられるように、楓真は走った。
止めなければ、と思った。
理由などない。理屈などない。ただ直感だった。
兄を、止めなければ。
+
柊哉の前に、一族の人間たちが、折り重なるように倒れている。皆、苦悶の表情は欠片もなく、眠るように安らかだ。
――焼き払え、
柊哉が右手を彼らに向ける。瞬間、彼らの体が燃え盛る炎に包まれた。
眠ったまま焼かれ、死んでいく。柊哉に、殺されていく。
燃え殻となった彼らを、柊哉は静かに見下ろした。
――
光に触れた髪の先が、ぱっと夜闇の中に散る。
「……
「この宮にいる一族全員に術をかけたのに、母上だけは、私の術を破られた」
けれど、その御様子では、二度目は
二丈ほど離れた場所、石燈籠に手をつき体を支えながら、母が立っていた。
「楓真は、どうしたのです……
「いいえ」
柊哉は軽く目を伏せ、首を横に振った。
「楓真は無事です。安全な場所に預けてあります」
柊哉の言葉に、母の瞳から焦燥の
「……やはり、
母が、苦しげな息とともに言葉を吐く。力を多く使えば、それだけ体への負荷も大きくなる。柊哉の
死体を焼き尽くした炎が、這い上がるように邸に燃え移る。さらに隣の邸からも、瞬く間に火の手が上がった。まるで意志を持つように、炎は広がり、宮を呑み込んでいく。
焼け落ちていく天蓬の宮の中で、柊哉と母だけが立っていた。向かい合い、視線を合わせて。
「……其方は……生まれてくるべきではなかった……」
いつか障子越しに聞こえたものとは違う。今、この言葉は、明確に柊哉に向けて放たれていた。柊哉の存在、その全てを否定し、砕く、
だが、柊哉の面持ちは変わらなかった。砕かれるべき心が、もうなかったからだ。
破片さえ、洗い流されてしまった後だからだ。
「……十三年前……
「……其方を
「生まれてこなければ、憎まずに済んだのに……愛さずに済んだのに……」
母の手が、印を結ぶ。
柊哉は静かに、地面を蹴った。
母の術が発動する前に、その胸に飛び込む。
腰の
「……母上」
じわり、と、柊哉の胸に、母の温もりが滲む。鮮烈な赤い色とともに。
「母上の腕の中の温かさを……胸の温もりを、私は今、初めて知りました」
貴女に抱きしめられたことなど、今まで一度もありませんでしたから。
「確かに……私は、生まれるべきではなかった……生まれたくもなかった……でも、生まれてしまった……今このときまで、生きてしまった……貴女を苦しめた償いに、私の命は足りるでしょうか。これから私は、私の意志で、私の力を、楓真のために使います。貴女の愛した子どものために、私の命を使います……生まれてくるべきでなかった私に、生きるべき理由など、到底、
たとえ、それが、償いきれない罪だとしても。
「たとえ、貴女が私を愛せずとも、貴女は私の母でした」
貴女に愛されなくても、私は貴女を愛していた。
母として愛していたから、子として愛されたかった。
「貴女のことを、母上と呼べて、良かった」
母上は、私の名を、とうとう呼んでくださらなかったけれど。
「さよならです、母上」
母の胸から、
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