第23話 小公爵様、デートしましょう(2)
孤児院の敷地にユーリが足を踏み入れると、彼の姿を見つけた子どもたちが一斉に集まってきて、彼を取り囲んだ。
「ユーリ様だー! ユーリ様が来たぞ!」
「今日は女連れだぜ!」
「ユーリ様わたしと遊ぼうよー!」
小さな子どもたちの活発さに圧倒されていると、ユーリは子どもたちに優しく微笑みかけた。いつもの胡散臭い笑顔ではなく、本心で子どもたちを慈しむような、そんな表情だ。
「ちょっとみんな、はしゃぎすぎだよ。院長先生を呼んできてくれないかな?」
「分かったー!」
子どもたちは元気よく頷き、施設の方へ駆け出した。
「ローズブレイド家は慈善事業にも熱心でね。公爵の代理で僕が顔を出すことがあるんだ。ここは有志団体の寄付金で運営している孤児院」
「……あの子たちみんな、身寄りのない子どもたちなのね」
「うん。世の中には色んな事情を抱えた人たちがいるということだね」
まもなく院長と他の職員たちがユーリの元へ来て、折り目正しく挨拶した。施設の中にどうぞと促されたが、ユーリはそれを断り、先程買った杏と野菜を預けた。
「ねー、ユーリ様。その人ユーリ様の――
院長の腰にくっついている少年が、悪戯に口角を上げて小指を立てた。
「まぁ四捨五入したらそんな感じかな? ロベリア」
「そんな感じかな? じゃないでしょう。切り捨てして知人よ」
「友人ですらないのか」
ユーリは苦笑する。ロベリアの答えに、少年はつまらなそうに口を曲げた。
「ちぇっ、つまんねーの。ま、そうだよな。このねーちゃん、色気ねーし」
「がに股だし!」
「なっ……!?」
(なんて生意気なのかしら! 失礼しちゃうわ。……わ、私だって本気出したら凄いんだから。たぶん)
子どもにまで馬鹿にされ、頬をひきつらせる。額にくっきりと怒筋を浮き出して。しかし、子ども相手にムキになるのは大人気ないと黙していると、小公爵の連れの女性への侮辱に、院長が顔を真っ青にして謝罪した。
ロベリアたちは長居はせず、早々に孤児院を離れた。続いて、近くの花屋で花束を購入した。花屋の店員は、ユーリにうっとりするばかりでまるでロベリアなどいないような扱いだった。その後、ユーリの母の墓へ向かう。
町外れの丘の麓。大きなトウヒの木の下に彼女の墓はひっそりと佇んでいた。
"ソフィア・ルッツ"。石にはそう刻まれている。ソフィアは、ローズブレイド家の正妻ではなく、あくまで妾だった。勿論、ローズブレイド公爵家に籍は入れていない。ユーリは花束を添えて、長いこと手を合わせていた。ロベリアも彼に並んで手を合わせる。
(ソフィアさん。きっと、ユーリ様のことは私が守ってみせます。私がきっと……。どうか、天から彼のことを見守って差し上げてください)
ロベリアが祈り終えると、ユーリが言った。
「……さぁ、行こうか」
ユーリに並んで、丘陵地を登っていく。ゆるやかな丘を登った先、ユーリがくるりと背を向けて、麓の方を指さした。ロベリアも振り返る。
「わぁ……綺麗」
ロベリアはその光景に感嘆の息を漏らした。
視界に広がるモダンチックなアルネスの街並み。その向こうに海が広がっている。水面がさざ波を打ち、ガラス片のように陽の光を反射してきらきらと輝いている。港には黒い貿易船がいくつも停まっており、空には白い鳥が飛んでいる。
「この景色を、君に見せたかったんだ。僕が物心ついた頃、母が連れてきてくれたのを今でも鮮明に覚えている。……寒い冬の日だった。アルネスでは冬至祭が行われていて、母は屋台で買ったホットワインを飲んで、僕は果実飴を買ってもらったんだ」
「そう……。素敵な思い出の場所なのね。冬至祭は今も続いているの?」
「うん。街全体は彩られて、色んな屋台が並ぶ。後は……トウヒの木に飾り付けしたりね」
ユーリは芝生の上に腰を下ろした。懐から大きめのハンカチを取り出して、さっと芝生の上に敷く。それはロベリアの服が土で汚れないための配慮だった。彼に促され、遠慮がちにその上に座った。
「私も冬至祭……行ってみたいわ。どんな風に街が彩られるのか、この目で見てみたい」
「ふふ、いつかきっと一緒に来よう」
ロベリアは気恥しそうに頷く。
「ええ。楽しみにしています」
遠い未来に思いを馳せる。この約束を果たす日が来るのかどうか……。ユーリは小説では、あとたった半年で亡き人になる。ロベリアが一人、胸が締め付けられる思いでいると、ユーリがおもむろに言った。
「僕、ロベリアのことが好きだ」
「…………!」
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