第18話 暁との話、火澄との話

「イェーイ♫ 盛り上がってるかーい?」


 哀奈と飯山ゴザルに励まされたその日、希一は皆と一緒にカラオケに来ていた。歌っているのは主に哀奈で、他の皆は気持ちよく歌ってもらうために盛り上げに徹していた。


 こんなふうに友達と一緒に遊ぶなんて、どれくらい振だろう。少なくても悠衣と付き合ってからはなかった。そう考えると僕は、かなり青春を損してるのではないだろうか?


「ちょっとだけ外に出れるでゴザルか?」


 合いの手を止めた飯山が、心配そうに声を掛けてきた。こんなに改まって、何の話だろうと心配になりつつ、丁度ドリンクが切れたところだったので、希一達は部屋を出て語り始めた。


「ずっと上の空でゴザルよ。そんなに気になるなら、早く謝ったほうがお互いの為でゴザル」


 飯山くんの言うことは最もだ。自分もその方がいいと頭では理解しているつもりだ。けれどこれで折れるのは何かが嫌だ。


「僕は暁のことをずっと尊敬してて、カッコいいと思ってて。本当に男友達のように思っていたんだ。なのにそれを悠衣さんが否定するようなことを言うから……」

「なら聞いてみたらいいでゴザルよ」

「え?」


 聞くって誰に? 希一が怪訝な顔をしていると、飯山がスマホを奪って暁の連絡先を開いて差し出した。


「女の勘はバカにできないでゴザル。軽いジョークのようでいいでゴザルから、頑張るでゴザル」


 そんなハズないだろうって笑ってもらえれば僕の勝利。だけどもし悠衣の言う通りになったら、僕は親友を失う形になってしまうのに。飯山くんは酷なことをするなと、引き攣らせて笑った。


「———親友も大事でゴザルが、愛すべき存在もまた、尊いでござるよ」


 こうして希一は運命のボタンを押したのであった。


 ▲ ▽ ▲ ▽


『え、僕が希一のことを好きだったって?』


 電話越しだったのも功を奏し、ずっと蟠りになっていた質問を投げかけた。思い返せば何て思い上がった言葉だろう。調子に乗ってると詰られても仕方ないくらいだ。


『すごいね、悠衣ちゃんは。うん、そうだよ。僕は一時期、希一のことが好きだった』

「え———?」


 どうせなら笑って誤魔化して欲しかった。だけれども現実は残酷だ。どうして神様は、ヒドい結果ばかり与えてくるのだろう?


『でもね、好きだと言っても人間的な感じかな。ほら、僕のようなタイプだと、好きの境界線が曖昧になるだろう? 性的に好きなのか、友達として好きなのか。自分でも分からないうちに、もう考えるのをやめてしまったよ。だから伝えて? 決して悠衣ちゃんが心配するようなことはないからって』


 親友の言葉に、希一は自分を恥じた。彼のことを信じずに、選択次第では友情が終わると思っていたことが、情けなくなった。


『むしろ希一のことより、悠衣ちゃんの方が性的に気になるんだけどね? 希一さえよければ、アプローチしてもいいかな?』

「そ、それは困るよ! だって悠衣さんは……僕の彼女だから」


 その言葉を聞いて、暁は安心したように通話を切った。そして飯山にも、どうするべきか通じ合っているかのように、深く頷き合った。


「大切なものは、手放してはならないでゴザル」

「ありがとう、飯山くん」


 こうして希一は悠衣の元へと走り出した。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 一方、火澄の誘いに乗ってしまった悠衣は、酷く後悔していた。


「悠衣ちゃーん、出てきてよー? 俺なら一生君を大事に愛でるからさー」


 まるでゾンビのように校内を徘徊する奴に、ひたすら身を縮めていた。やっぱり希一でないと無理(そもそも火澄に対しては嫌悪感しかない)と伝えると、豹変したように抱きついてきたのだ。


 今思えば、希一に助けてもらったあの日も、こうして身を隠して逃げたんだった。突如現れた男に丸出しの下半身を見せられ、渾身の嫌悪感を露わにしたその時、興奮を抑え切れなくなった痴漢が、悠衣の身体を茂みに押し倒したのだ。


 こんな変態に絡まれることも日常茶飯事で、この時も「またか……」と諦めかけた時だった。その時に、颯爽と現れたヒーローが助けてくれたのだ。


 その時の彼の顔を、私は一生忘れない。


「悠衣ちゃーん……ねぇねぇ、もう高橋希一のことなんて忘れてさー。前みたいに俺のことを好きで、俺のことだけを見つめる悠衣ちゃんに戻ってよ。その為なら俺、何でもするからさ」

「いやいやいや……、ごめんなさい、先輩のことは勘違いだったの。ただ私も、他の女の子のように誰かを好きになれば幸せになると信じてただけなの」


 だが、今の私は本当の愛を知ってしまった。もう希一くんに出会う前の私には戻れない———!


 しかし非情にも、隠れていた空き教室を見つけられてしまい、勢いよく扉を開けられた。恐怖で大きく肩が揺れた。もう、ダメかもしれない。


「あー……悠衣ちゃんの匂いがする。この部屋にいるのかな?」


 忍び寄る足、もう絶体絶命だ。かくなる上は差し違えてでも戦うしかない。覚悟を決めて、落ちていた箒に手をかけた瞬間、ばぁーっと覗き込んできた火澄の顔が現れた。


「悠衣ちゃん、ここにいたんだね。さぁ、怖がらなくても大丈夫だよ? また一から始めればいいからさ」


 差し伸べられた手を払った。だから、何度言えば伝わるの?


「私は希一くんを愛しているの! 彼じゃないと意味がないの!」


 だが拒否されたことが受け入れ難かった火澄は、そのまま悠衣を押し倒し、無理やりキスを迫ってきた。引き離そうにも力で敵うわけもなく、絶体絶命だった。私はこのまま、犯されるのだろうか———……。


 でもあの時のように、助けてくれるヒーローはいない。諦めるしかない。そう観念し瞑った目尻から、一筋の涙が流れた。




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