第17話 ライバル

 小学生の頃から仲良くしていた親友が、実は自分に好意を抱いていた? それも同性のように接していた人間にだ。


「いやいやいや、流石にそれはないよ? だって僕はずっと暁の好きな子を見てきたんだから。それに、あんなにカッコいい暁が僕みたいなのを好きになるなんて」

「希一くん、あなたはいい加減に自分の魅力を理解してください。自分が思っている以上に素敵な人なんですから」


 思いがけない断言に恥ずかしい反面、嬉しさを感じた希一は、それ以上の自虐を控えることにした。


「だ、だとしてもそんな……暁の心は男なんだよ? 男である僕を好きになるなんて」

「私………最近、つくづく思うことがあるんです」


 悠衣の発言と共に言葉を飲み込んだ。


「好きって何だろう。何をきっかけに好意を抱いたのだろう……って。私と希一くんも、助けて頂いたのをきっかけに恋に落ちましたけど、それまでは接点のないクラスメイトでした。つまりそれは、何も起きなければ恋は芽生えなかったかもしれないってことになります」



 うっ、やっぱりそうだよね……。

 付き合い出した当初、常に悩んでいた事案。きっとそうだろうと思ってはいたもの、ハッキリと言葉にされるとショックが大きい。


「けど今は、希一くんの全てが愛しくて仕方ありません。希一くんの顔が私の好みだし、希一くんの声が一番好き。希一くんの優しさが嬉しいし、私があなたを世界で一番幸せにしてあげたい……! あなたに近づく女は何人たりとも許せないし、一分一秒でも離れないで全てを記憶していたい」


 距離縮めてくる悠衣の呼吸が荒くなる。甘美に濡れた唇に色気が漂う。


「あの瞬間、希一くんが私の唯一の存在になったんです。きっとあなたが見るに耐えない醜男だとしても、同性だったとしても、私はあなたを好きになったと断言します」

「ゆ、悠衣さん……?」


「つまり私は……見た目とか性別とか関係なしに、私の為に身体を張って助けてくれた希一くんを好きになったんです」


 初めて知った彼女の本心に、ただただ泣きそうだ。思っていた以上に単純だけど、揺るぎない理由が嬉しかった。


「もちろん、それはあくまでキッカケで、更に知った希一くんの魅力の虜になってしまったんですが♡」

「あはは、大丈夫だよ、悠衣さん。ちゃんと気持ちは伝わったから」


 つまりには常識なんて通用しないってことなのだろう。だがそれでもやはり暁が僕のことを好きだなんて、信じられない。


「でも希一くん」

「僕はやっぱり違うと思うよ。暁が僕のことを好きなん考えられない」


 彼女の気持ちは分かったけど、それは悠衣の考えであって、暁にも当てはまるとは限らない。ううん、もしかしたらそう思いたいだけかもしれない。そうでないと、今度会った時にどんな顔をすればいいのか分からない……。



 ▲ ▽ ▲ ▽


 暁と再会してから、悠衣との関係もギクシャクとした微妙な隔たりを感じるようになってしまった。


 お互いに「何故、自分の気持ちを分かってもらえないのだろう」と意地になっているのが原因だと思う。


 そもそも悠衣からしてみれば、ライバルは少ないに越したことないのだから、勘違いであってほしいと思うのが普通だと思うのだが。彼女の考えていることは、イマイチ理解できない。


「大丈夫でゴザルか? 思い詰めた表情をしてるでゴザルよ?」


 声をかけてくれたのは哀奈と同じグラビア同好会会員、飯山だった。悠衣と気まずい空気だったので、こうして声を掛けてくれる存在が有り難かった。


「飯山くん、女子が考えてることって謎だよね。僕みたいな陰キャにはハードルが高過ぎたのかも」

「何を言ってるでゴザルか? 高橋殿は我らオタク界の期待の星でゴザルよ? 悠衣殿や哀奈キュンのハートを射止めておいて、自分を蔑むのは止めるでゴザル」


 ———ついこの間まで仲良く話していた友達との間に、とても分厚い壁を感じた。

 彼女が出来ると、いいことばかりではなく悲しいことも起こるんだね……。


「つまり……贅沢者に愚痴をいう資格はないと言いたいんだね、飯山くん」

「ち、違うでゴザル! そういう意味ではないでゴザル? 高橋殿はすでに偉業を達成しているのでゴザルから自信を持つでござる!」


 飯山くん……っ、君って奴は! ゴザル口調で勘違いされがちだが、実はいい奴なんだよね。


 だが、今回の悩みには何一つ関係なかった。自信とか、そういう問題じゃないんだ……。


「高橋希一、ずいぶん悩んでるみたいじゃない?」


 随分と上から目線の勝気な声が聞こえてきた。顔を上げるのが怖い……嫌な予感しかしない。


「女の子の悩みは女の子に聞くのが鉄板でしょ? その悩み、私が解決してあげるわ!」


「林田さん……?」

「哀奈キュン、大丈夫でゴザルか? 自分のこともろくに管理できていないでゴザルのに」


「う、うるさいゴザル! 私だってやる時はやるのよ?」


 というのは建前で、このチャンスに希一に近付こうと様子を伺っていたのだ。下心満載な哀奈を見て、悠衣も不安を覚えていたが、いつものように近付けないことに歯痒さを覚えていた。


 そしてそんな彼女にも近付くゲスな影が……。


「悠衣ちゃん、大丈夫かい? もし悩み事があるなら俺が聞いてあげるよ?」


 諦めの悪い男、春巻火澄もまた、悠衣の隙を狙って息を潜めて伺っていたのだ。

 普段なら冷たく蔑むところだが、精神的に参っていた悠衣に、その元気が残っていなかった。


「……別に、放っておいてください」

「放っておけないよ。だって僕はずっと悠衣ちゃんのことを心配してるんだから。可哀想に、俺だったらこんなふうに悲しませたりしないのに」


 こうして双方に、不穏な空気が漂い出したのであった。


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