第16話 性根は変わらないんだろうね

 希一の親友、暁と彼女の悠衣。

 二人とも希一にとって掛け替えのない存在で、それは今後もずっと変わらないと思っていた。


 けれど彼女達の方から去ってしまうことは大いにあり得ることで、不変はではないのだ。


 大事な人たちが優し過ぎて、僕は自惚れていたんだ。


「……希一くん、どうしました? 先程から顔色が優れませんが?」

「具合でも悪いのか? 大丈夫か?」


 心配して声をかけてくれる二人に反して、希一は更に自己嫌悪に陥っていた。

 決して彼女達のことを疑っているわけじゃない。

 だけど僕と悠衣さんは先に出会っていただけで、僕なんかより素敵な人が現れたら簡単に心変わりしてしまうんじゃないかな?

 もし僕が悠衣さんなら、目の前にいる親友を選んでしまう。



 気遣う素振りも見せない希一に不信を抱いた暁は、残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がった。


「今日は具合が悪そうだし、早目に切り上げよう」


 せっかく久しぶりの再会だというのに?

 だが希一が立ち上がった時にはもう、すでに勘定を済ませた後だった。


「暁、僕……!」

「気にしないでよ。これからはいつでも話せるんだ。せっかく話すなら楽しく話したいだろう? それに気を使うなら僕じゃなくて悠衣さんに向けてあげてよ。あんなに心配かけさせて、可哀想だろう?」


 ハッとした希一は、慌てて振り返って彼女を見た。暁の言うとおり、オロオロと顔面蒼白に慌てて取り乱していた。


「優しい彼女じゃないか……安心したよ。それじゃ、また連絡するから」


 こうして久しぶりの親友との再会は、僕の最低な嫉妬のせいで最悪な展開を迎えてしまった。嫌気がさして歯を食いしばっている希一の裾を、悠衣はキュッと握ってギリギリのところで踏み留めてくれた。


「希一くん、場所を変えて話しませんか? 私にはこのままあなたを帰す勇気がありません」

「悠衣さん……」


 本当に体調が悪いのなら、直ぐにでも解放してあげるのが正解なのかもしれないが、モヤモヤを残したまま別れて、万が一の結末を迎える方が嫌だ。


 だけどその自分勝手な行動は、かえって普段の希一に戻してくれた。


「ありがとう、うん……行こうか」


 そして二人は場所を公園に移して、互いの胸の内を打ち明けた。


「え? 私が暁さんを好きになるんじゃないかって不安になって落ち込んでいたんですか?」


 ありえない、ふざけてるんですかと言わんばかりの悠衣の視線が、痛いほど突き刺さった。

 えぇ、そうです……所詮僕はそんな器の小さな男なんです。

 こんなに真っ直ぐに大好きだと伝えてくれる彼女に対して、なんて失礼な男なんだと思うけど、仕方ないんだ。


「だって暁に対する悠衣さんの態度が……」

「当たり前じゃないですか。彼氏の親友ですよ? よく思われるために猫をかぶるに決まってるじゃないですか」


 猫……? ぶっちゃけすぎる返答に希一もショックを覚えたが、そんなことをお構いなしに手を取って真っ直ぐに見つめてきた。


「私は希一くんのことが好きなんです。たとえあなたが私のことを嫌いになったとしても、絶対に逃してあげない。あらゆる手を尽くして私に振り向かせますから」


 握っていたはずの指が、顎先から輪郭を沿って、そのまま耳を塞いで音を遮断してきた。代わりに聞こえ出したのはゴワゴワとした雑音。彼女の、血の流れる音……?


「ゆ、悠衣さ———……っ、」


 近いてきたのは、口を開けた彼女の顔。

 捕食と捉えた肉食獣の口は、容赦なく下唇を甘噛みしてハムハムと感触を味わってきた。


 官能的なキスとは程遠い、痛みを伴う行為。それにも関わらず、希一は胸の高鳴りを抑えられずにいた。


「………ズルいです、希一くん。これはお仕置きなのに、気持ちよさそうな顔をしないで下さい」

「お、お仕置き?」

「そう、お仕置き。だって私のことを傷つけたら噛んでいいって言ったじゃないですか? だから私……これから希一くんのことを噛み続けます」


 強い目力で見つめる先は、希一の首筋、胸元、脇腹、恥骨———!


「待って、だめ! 悠衣さん、そこは!」

「ならもう、私のことを傷つけるようなことをしないで下さいね?」


 意地悪な笑みと共に解放された希一だったが、安堵するのはまだ早かった。今度は悠衣の表情に影が掛かった。この展開は希一にとっても予想外だった為、わかりやすく取り乱すことしか出来なかった。


「な、なんで? まだ何か不安なことがあった?」


 知らないうちに不安になるようなことを言ってしまっただろうか? あたふたと取り乱す希一の隣で、悠衣も苦笑を浮かべていた。


「いえ、私も本来なら気づかない振りをした方が正解だと思ったんですけど、やっぱり気になってしまって」

「え、どういうこと?」


 どこにも思い当たる節がないと泡めく希一に、観念したように胸の内を明かした。


「暁さんって女性………ですよね?」

「え?」

「私も途中までは男性だと勘違いしていたんですけど。あれ……? 違いました?」


 素直に驚いた。初対面で暁の性別に気付く人は初めてだった。そもそも見た目も性格もイケメンである暁に疑いの目を向ける人が、まずいなかった。


「………うん、暁は身体的性別は女性だよ。悠衣さん、よく気付いたね」

「彼氏の親友ですからね」


 ニッコリ微笑んだけど、何故だろう。笑顔が怖い。


「けど暁はその、性同一性……っていうのかな。昔から女の子である自分を嫌っていて、ずっと悩んでいたんだ。僕も色々あって保健室に通っていた時期があったから、お互い気が合って仲良くしてたんだけど」


 黙って耳を傾ける悠衣に、少しずつ怖気付いてきた。

 あれ、僕……何かまずいことを言ってるかな?


「それじゃ、お二人は小学生の時から仲が良かったんですね」

「う、うん。そうだけど………」


 あれ? 何で? 待って、悠衣さんの目が座り出してきたぞ?

 彼女はスッと息を吸うと、覚悟を決めたように大きな息を吐いた。


「———私、男女の友情なんて信じない派です。人なんて何がきっかけで恋に落ちるか分からないですから。だから絶対なんて言葉に胡座をかいている輩が許せないと断言してきました」

「ゆ、悠衣さん?」

「さっき、よく女性だと気付いたねと仰いましたよね? 正解を教えて差し上げます。それは暁さんが希一さんに対して、愛しい眼差しを向けたからです。彼女が希一さんを好きだって感情が垣間見えたからですよ?」


 え? 待って、いやいや……。だって暁は性同一性で悩んでいて、恋愛の対象も男性ではなく、女の子ばかりで———……


「私、暁さんの気持ちが少しだけ分かります。本当の好きの前で、性なんて関係ないんですよ」


 ———だめだ、もう……脳内処理が追いつかない。

 ギブアップって、選択できませんか?





 お久しぶりです。連載再会しました、中村青です。

 いや、久しぶりに希一と悠衣を書きましたが、休止前の私、なんてところで止めてくれたんだコラって感じでしたね。

 もう意味わからないところで止めてて、どう書くのが正解か分からなくなっていました。


 これからは希一、悠衣、暁の三角関係が始まります。そして時々春巻先輩達ですかね。

 週一でもいいから買いていこうと思うますので、どうかよろしくお願い致します。


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