第13話 少しでも魅力的な女性に

 希一に振られてから数日、すっかり有名カップルとなった二人を見て、哀奈は複雑な思いを抱いていた。


 私の方が先に希一の存在を見つけていたら、少しは状況が変わっていたのかな……。とはいえ、自分も悠衣の彼氏じゃなければ、希一に興味なんて抱かなかっただろう。それに悠衣と自分じゃ、まるで魅力が違い過ぎる。


 細身なのに胸が大きなヤンデレ美少女、東悠衣。

 片や、スレンダーと言うよりもガリガリで、女性らしさ皆無のドジっ子。

 自分が男でも悠衣を選ぶ。


「そんなの悔しい! やっぱり私もレベルアップするべきでしょ! そして東悠衣から高橋希一を奪還よ!」


 とはいえ、自分には相談できる友達もいない。いるのはグラビア同好会のオタク達だけだ。

 背に腹はかえられない。哀奈は部活終わりに皆に相談することにした。


「むっ、女性としての魅力を上げたい? そんなことをしなくても哀奈キュンは充分可愛いでゴザルよ?」

「今のままじゃダメなのよ。東悠衣に勝つためには、普通じゃダメなの!」

「そんな言われてもなァ……そもそも哀奈ちゃんと東さんじゃ、生まれ持ったものが違うっていうか」

「そこ! 身も蓋もないことを言うんじゃない! だからレベルアップしたいって言ってるでしょ! 何の為の会議だと思ってるの!」


 全く埒があかない。もうダメダメにも程がある!

 相談んする相手を間違えたわ。これなら猫に相談したほうが100倍マシね。

 そう諦めかけていた時だった。オタクメンバーの一人、木下 清志きのした きよしがそっと手を上げた。


「女の人は見られれば見られるほど、綺麗になるって聞いたことがある」

「見られるほど……綺麗に?」


 手軽で尚且つ信憑性のある言葉に、哀奈は食いついた。もっと具体的に聞きたい。


「僕が所属している社会人写真部の人が言っていたんだ。モデルが綺麗なのは、どうしたら自分を魅力的に綺麗に撮ってもらえるか、それは経験が培われて身につくものだって」

「な———っ!」


 そうだったのか! だから世の中のモデルはあんなに綺麗なのね!


「しかも腕の立つカメラマンに撮られれば、それだけ綺麗になるって……」

「道理であなた達に撮られても変化がないわけね! ねぇ、木下くん! その写真部の先輩を紹介してもらえないかしら? その人なら私を綺麗に撮ってくれる気がするの!」

「でもその人、ちょっと強引なところがあるから、もしかしたら哀奈ちゃんが嫌な思いをする可能性もあるけど……」

「それだけ腕が立つってことでしょ? いいわ、少しくらいの融通は聞いてあげる! だからお願い! 私はどうしても東悠衣に負けたくないの!」


 高橋希一の件もだけど、その前からお高くとまっている彼女のことが気に食わなかったのだ。あの女のせいで、私は……周りの男子にチヤホヤされなくなったんだから!


 これで勝ったわと豪語している哀奈を心配して、ゴザル男子の飯山 悟いいやま さとるは木下に聞いてきた。


「木下殿、本当に大丈夫でゴザルか?」

「う、うん……腕も立つし、僕たちには優しい人なんだけど、ちょっと良くない噂もあって」

「よくない噂でゴザルか?」

「うん、その人は———ヤンデレメーカーだって」


 ヤンデレメーカー?

 チラッと悠衣を横目で見たが、単細胞で能天気な悠衣には無関係な属性だ。


 うん、それなら問題ないだろう!


「ただ拙者達も心配でゴザルから、ついて行くでゴザル」

「うん、飯山くんたちが一緒だと心強いよ」


 こうして哀奈とグラビア同好会のオタク達は、週末のコスプレ撮影会へ参加することになった。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 待ちに待った週末は、期待を裏切るほど見事な豪雨だった。

 せっかく外で撮影をすると聞いていたのに、傘すら無意味なものに化す勢いだった。


「アガガガガ……っ、な、なんで今日に限って大雨なのよ!」


 せっかくお気に入りの服を持参したというのにツイてない。ガックリする哀奈に木下達はコソッと声をかけてきた。


「あ、哀奈ちゃん、今日はやめようか。こういう日もあるよ」

「木下くん……、でも今日がダメになったら、次の撮影会は」

「うん、他の人達は社会人だから、また来月になるかな?」


 1ヶ月も先送りされるの? そんなの嫌! 私は今すぐにでも東悠衣に対抗できるようになりたいのに!


「今すぐ雨を止ませなさい! 雨乞いしなさいよ!」

「む、無理だよ! 僕たちにそんな力はないよ!」


 ぐわぁぁぁ———と、胸ぐら掴んで頭をブンブンと振り回していると「くくっ」と笑う人が近づいてきた。


「よぉ、木下くん。もしかして彼女が話していた女の子?」

神橋かんばしさん! お疲れ様です!」


 そこに現れたのはパーマをかけた無精髭の男だった。年は三十前くらいだろうか。どこは余裕を帯びた雰囲気に圧されてしまった。


「林哀奈ちゃん……だったかな? 可愛いね、オジさん創作意欲を刺激されちゃったよ」


 指でL字を作って「バキュン⭐︎」と射抜く仕草をしたが、正直痛々しかった。だが先入観でスゴい人だと思い込んでいる哀奈には、効果抜群でメロメロな表情になった。


「可愛いだなんて……♡ 今日、神橋さんに撮ってもらえるって楽しみにしてたんですが、生憎の雨になっちゃって、哀奈、とっても残念ですぅ♡」


 久々の哀奈のぶりっ子を見て、飯山達は焦りを覚えた。哀奈キュン、スイッチ入ってるでゴザル! チョロ過ぎるでゴザル!


「俺もとっても残念! でもさ、もし哀奈ちゃんが良かったら、スタジオ押さえてるんだけど、一緒に行く?」

「スタジオ! (本格的じゃん! 絶対に逃すわけにはいかない! 絶対に参加一択よ!)」


 哀奈はくねっと腰捻らせ、ない胸元を寄せて性的にアピールをした。


「勿論ですぅ♡ ぜひご参加させて下さい♡」

「よし、それじゃ今から行こうか?」


 神橋は彼女の肩を抱くと、そのままビルへと歩き出した。あんな有頂天になった哀奈を一人にするわけにはいかない。そう思い飯山達も後をついて行ったが、神橋に「待て」と止められてしまっった。


「男性陣は参加費2万取るけど、金ある?」

「に、2万でゴザルか⁉︎」


 ない! 今日は撮影だけだと思っていたので、食事代と交通費くらいしか持ち合わせがなかった。悔しがる彼らを見て「それじゃ、仕方ないね」と嘲笑った。


「撮影会が終わったら連絡するから、それまで待っててよ。大丈夫、そんな掛からないようにするから」


 ニヤリと笑うのを見て、飯山は嫌な予感を覚えた。

 哀奈キュン、目を覚ますでゴザル! その男は———!


 だが飯山達の願いは虚しく、哀奈はビルの中へと入ってしまった。


 しまったーと大袈裟に落ち込む飯山と木下。そんな彼らを心配して、一人の青年が声を掛けた。


「飯山くんと木下くん? こんなところでどうしたの?」


 それは偶然通り掛かった同じクラスの高橋くんだった。


「た、高橋くん! 助けてでゴザル! 実は———……」


 自分達ではどうしようもない状況を、飯山達は友人に相談した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る