第12話 受け止めきれない現実

 俺は東悠衣に告白されるまで、順調な人生を歩んでいた。サッカー部のキャプテンも務め、友達にも恵まれて、色んな女子からも告白されて。

 だが、彼女に出逢ってから、俺の歯車は狂い出したんだ。


 あんなに熱く愛を語ってくれて、俺がいないと生きていけないと飛び降りようとした悠衣ちゃん———……。俺は彼女の愛を受け止めようと、あんなに———


 ▲ ▽ ▲ ▽


「———ぱい、春巻先輩! 大丈夫ですか⁉︎」

「………君は、悠衣ちゃんの」

「良かった、意識が戻ったみたいですね! 急に倒れたからビックリしましたよ」


 倒れた火澄を介護していたのは、彼が目の敵にしていた希一だった。火澄は最愛の彼女悠衣ちゃんはと辺りを見渡したが、彼女は少し離れたところで心底嫌な顔をして顰めていた。


「そのまま一生目を覚まさなければ良かったのに……」

「もう悠衣さん! 冗談でもそんなことを言ったらダメだよ!」

「希一くんは何て優しいのでしょう♡ この男に希一くんの爪を煎じて飲ませたいくらいです」


 この待遇では、いやでも現実を思い知ってしまう。

 火澄は信じ難い現実を噛み締めて、グッと涙を堪えた。


「………本当に君が悠衣ちゃんの彼氏なんだね」

「春巻先輩……」

「だから、さっきから言ってるじゃないですか。あなたのことは一時の気の迷いでした。そもそもあなたは私の愛を無碍にしたのに、何を今更———……。あの時、屋上で泣き喚くあなたを見て、あなたへの想いはすっかり消え失せましたから」


 あの時は火澄がいないなら生きていけないと屋上から飛び降りようとしたが、その時の心底怯え泣いた顔に冷めたのだ。


「いつもそうなんです。私が好きだと伝えると、大抵の殿方は引いて、怯えて逃げていくんです。でも希一くんだけは違った。彼は私の全てを受け止めて下さって、愛して下さっているのです。もう他の男なんていりません。私には希一くんがいればそれで十分……♡ むしろ希一くんだけが私の生き甲斐なんですから♡」


 ハァハァと荒い息を吐きながら、うっとりしたその顔は恐怖でしかなかった。

 やっぱ怖っ! 重い! 重すぎます、悠衣さん!


「そうか、俺は覚悟が足りなかったのか……」

「覚悟というよりも気付くのが遅すぎたんです。まぁ、私も顔だけで好きになって内面を見てなかったのがいけなかったですが」


 顔かよ! その事実に希一もツッコミを入れざるえなかった。

 案外ちょろいな、悠衣さんも!


「そ、そういう希一くんは外見は気にしないんですか? 私が不細工でも助けて下さいましたか?」

「そりゃ、助けるよ! 困ってる人を助けるのに見た目は関係ないから!」

「まぁ……♡ やっぱり素敵です、希一くん♡」


 そもそもあの学園一のヤンデレと対等に会話が出来ていることがスゴい。自分じゃ、最初から無理だっただろう……ヤンデレカフェに通ったり、ラノベを読んだくらいじゃ、所詮付け焼き刃ってワケか。


「悠衣ちゃん、希一くん。今のところは諦めるよ。けど俺も悠衣ちゃんのおかげで真の愛に目覚めたんだ! 絶対に諦めないよ!」

「いや、そこは諦めて下さい。略奪なんて誰も幸せにならないですよ?」

「今はそれをネトラレと言うんだよ、希一くん。俺の大きな愛を悠衣ちゃんに捧げ続け、いつかきっと奪いにいくよ!」


 いやいやいや、ネトラレって意味が違う。

 っていうか、自分もまだ悠衣とは一線越えてないのに、ネトラレてたまるか!


 フハハハハと謎の笑い声を残して、火澄は教室を後にした。

 一体、何だったのだろう、あの人は。


「———悠衣さんって、あんな人が好みだったんですか?」

「なっ、変な誤解しないでください! ああ見えても昔はそれなりにカッコいい方だったんですよ? 皆の中心になってまとめ上げて、頼りになる先輩だったんです。今は残念な面影しかないですが」


 見事に一方通行で自分勝手な想いだったけれど、少しだけ羨ましかった。あんなに大好きだと気持ちを伝えられれば、きっと相手の女性も悪い気はしないだろう。


『もしかしたらいつか、悠衣さんも心を揺らがせてしまうかも』


 そうなったら嫌だな……と、胸がチクっと痛むのを感じた。


『僕も先輩に負けないように、たくさん好きだと伝えないと』


 そう決意を固め、希一は悠衣の手を強く握った。

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