第10話 見返してやれ

 そして週末、悠衣とのデートの日を迎えた希一は待ち合わせの場所へと急いで向かった。きっと悠衣のことだから早目に来るに違いない。できれば僕が先について、後からついた彼女に「大丈夫、僕も今着いたところだよ」と。


 流石に1時間前なら来ていないだろうとたかを括っていると、期待を裏切らない彼女が完璧なオーラを纏いながら待っていた。


 約束通りに黒のワンピースに白いカーディガンを羽織って、まるでモデルのような立ち振る舞いに感動すら覚えた。

 やっぱり可愛い。いや、美しい!

 きっとヤンデレじゃなければ、もっとモテていただろう。


 そして彼女の本性を知らない一般人は、彼女を自分のものにしたいとウロウロと群がっていた。


「ねぇ、彼女。一人なら俺と一緒に遊ばない? 天国へヴェンに連れて行ってあげるぜェ?」


 ホストみたいなチャラチャラした男が、必死に悠衣を口説いていた。だが彼女はブツブツと呟くだけで、全く聞く耳を持たなかった。


「今日は希一くんとのデート、絶対に失敗はしない(ぶつぶつ……)今日はもっと仲良くなる為に絶対に鷲掴んで離さないで、吸い尽くして(ぶつぶつ……)」


 開き切った瞳孔、物騒な言葉。近付かないと分からない病み具合に、チャラ男もドン引きした。


「あの、すいません。どいてもらえませんか? 彼女、僕と待ち合わせしてるので」


 横から割り込むように入り込むと、チャラ男はイキリ直してメンチを切ってきた。


「はァァァァー⁉︎ 何を言ってるんだ? テメェみたいな奴が? フザゲンじゃねーぞ? あァン?」


 え、そんな知らない人に息られても。そんな言われても事実だし、困る。こんな至近距離に来られても困る。息が、臭い! タバコ臭い!


「まぁ、希一くん! まだ待ち合わせ時間じゃないのに来られたんですか? 嬉しい、希一くんも楽しみにしてくださったんですね♡」


 ぐいっとチャラ男を押し除けて、悠衣が話しかけてきた。ほんのり化粧した彼女からはシトラスの香りが漂ってきた。


「さぁ、行きましょう。今日は希一くんに自信と持ってもらう為に、色んなプランを考えてきたんです」


 チャラ男を押し退けて、希一達は街へと歩き出した。

 プライドを粉砕されたチャラ男は「待てよ!」と怒鳴っていたが、悠衣は冷たい軽蔑の目を向けた。


「———邪魔されると……? 私と希一くんのデートを邪魔されるつもりですか? アナタが、私達のデートを……邪魔するのですか?」


 一刻も早く一緒に過ごしたい。その圧にチャラ男も惨敗した。

 気の毒と思いつつ、組まれた腕に笑みが止まらない。


「希一くん、今から美容院に行きたいと思うんですが、よろしいですか?」

「美容院⁉︎」


 世の中のカップルはデートで美容院に行くの?

 いや、流石にないよな。やっぱり僕がダサいから? 隣を歩くのも恥ずかしいから美容院で手直しをさせようとしてるのか? ビルの最上階から一気にズドンと落とされた気分だ。ぬか喜びした自分が恥ずかしい。


「希一くん、正直に言わせてもらいます。確かに希一くんは素敵ですが、オシャレかと言われたら別問題です。僭越ながら、私も月に一度は美容院でトリートメントとフェイシャルメンテナンスを施してもらっています。素敵になりたいのなら、プロの力を借りるのが一番です」

「そ、そうなの?」

「そうです。ちなみに私は昨日も行ってまいりました。希一くんとのデート、最高の自分で行きたかったので」


 美意識高い悠衣さん! そう言われて、希一は何もしてこなかった自分が恥ずかしくなってきた。

 彼女の好きにあぐらを描いていたのも事実だ。釣り合わないからと口では言いつつ、何もしなかった自分が情けない。


「悠衣さん、僕を連れて行ってください! 僕も悠衣さんと同じフェイシャルケアを受けます!」


 その返答に彼女は満足そうに頷いた。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 そして一通りのカットと施術を受けた希一達は、先日訪れた失礼なセレクトショップへと足を運んでいた。運がいいのか悪いのか、前回来ていた客と店員も出勤しており、語りながら服を見ていた。


「いらっさいませェー、何かお探しですか?」


 店員に声をかけられた希一はビクッと身を縮めたが、声を掛けた方がまだ気付いていなかった。むしろコイツ……イケてる奴だなと勝手に敵対心を燃やしていた。


 整った眉に大きな二重の瞳、中性的だけれどもどこか雄の雰囲気も漂う男に、店員の淳哉じゅんやは目を離せなかった。


「希一くん、どうですか? いい服ありましたか?」


 聞き覚えのある声に、淳哉は反射的に身構えた。この女は、この前の威嚇女! 今日は制服ではなく私服で着ているが、やはりレベルが高い。綺麗だ、もし「足を舐めなさい、この駄犬」と言われたら喜んで舐める勢いの美しさだ。


 だが一つだけ残念だ。前回、ダサ男の彼氏を庇うように威嚇していたのに、今日は別の男と遊んでいるとは。やはり美人の特権なのだろうか。


「悠衣さん! うん、確かに気になるけど、僕が持ってる服には合わないかも」


 ———ん? この声は?

 この前のチンチクリン・ダサ男? まさか彼女の浮気を疑って尾行してるのか?

 リアルNTR現場、目撃か! ダメだ、自慢の彼女がイケメンとデートだなんて、自分なら立ち直れない! そんな悲惨な現場をあのチンチクリン・ダサ男に見せるわけにはいかない!


 だがいくら探しても見当たらない。どこだ、どこだチンチクリ(略)


「あの、先日はご迷惑かけてすいませんでした」


 チンチク(略)! 確かな声にハッと顔を上げたが、そこにいたのは女の子と一緒にデートをしていたイケメン。え? えぇ?


「ふふふっ、やっと希一くんの魅力に気付いて声も出ない様子ですね。ほら、ご覧なさい! 彼がアナタ達が笑った、あの青年よ? 希一くんは光る原石だったの! きっとアナタ達が同じように磨かれても、こうはならないわ!」


 イケメンとダサ男が同一人物……? 驚きもさながら、チンチク(略)が傷つく結果にならなくて良かったと安堵の方が勝った。良かった、本当に良かった!


「お姉さん! 俺はアンタが浮気したんじゃないかって心配しちゃったよ! 良かった、良かった!」

「なっ、何ですか! この予想外の反応は! 違うの、私達が求めてる反応はそんなんじゃなくて、悔しそうに歪めた顔なのに!」

「そんなに変わりましたか?」

「変わったってもんじゃないよ! 君、そんないいものを持ってるなら、見せないと勿体無いだろう?」


 悠衣をそっちのけに盛り上がる希一と淳哉。ギリギリと歯軋りを立てるが、二人とも全く気付いてくれなかった。


「服だってそんなに悪くないじゃないか。何だよ、もー。すっかり騙されたよ」

「別に騙すつもりはなかったんですけどね。彼女が色々と教えてくれて」

「いい彼女だな! この前見た時は怖いと思ったけど、ちゃんとお前のことを見てくれるいい彼女じゃん!」


 悠衣のことを褒められ、満更でもない笑みを浮かべた希一だったが、肝心の彼女の姿が見当たらなかった。どうしたんだろうと見渡すと、店の端でいじけるように座り込んでいた。


「今日は私とのデートだったのに……(ぶつぶつ)他の人とばかり話して……(ぶつぶつ)」

「悠衣さん、ごめん! つい、褒められて調子に乗っちゃって」


 しばらくぷくーっと頰を膨らませて怒っていたが、プシュっと指で突っつくとヘラァと笑って返してくれた。


「本当に嬉しかったんですね。いいですよ、希一くんが嬉しいのが一番なので」


 そんな彼女の笑顔に、またしても胸がキュッつ締め付けられた。

 本当に僕には勿体無いくらい素敵な彼女だ。


「今度またゆっくり遊びに来てよ、希一くん。待ってるからさ」


 仲良くなった淳哉と別れて、次のお店へと移動した。今度は希一が行きたいと選んだフレンチのお店だ。


「ここはパンケーキとオムライスが美味しいんだって。悠衣さんが好き?」

「大好きです。一緒に参りましょ」


 二人は手を繋いで歩き出した。


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