第8話 誤解を解かなくては
無事に誤解が解けたのはいいのだが、それはあくまで悠衣だけ。希一は教室に戻るのが億劫で仕方なかった。
「きっとクラスの人達は、林田さんを選んだと勘違いしてるでしょうね。本当に腹ただしい……。例え誤解でも許し難いです」
「そうだね。出来ることなら、今すぐにでも解きたいです」
きっと最低男のレッテルが貼られているだろうと考えると、胃のあたりがキューっと痛くなる。
「希一さま……。アナタがそんなに気を病む必要はありません。全ては必要以上に騒いだ人達が悪いんでから」
うん、そうかもしれないけれど、その一端を担ったのは悠衣さん、アナタの涙だと思うんです———とは、流石に言えなかった。
「それにしてもモブの僕に大して騒ぎすぎだよね? 珍しく思うのは分かるけど、もう少しそっとしてて欲しいな」
「そう……ですか? 私は希一さまのことを自慢して自慢して、そして仲睦まじい様子を見せて差し上げたいですが」
やめて、そんなの公開処刑です!
そういうところが悠衣と価値観が違うと痛感する。
そもそも「希一さま」っていう呼び方もやめて欲しいと伝えたのに、一向に止める気配がない。
『どうしよう……もしかしたらこれは、感情だけでは上手くいかない価値観の違いって奴では?』
まだ正式にお付き合いを始めたわけでもないのに、もう別れの危機だろうか?
そもそも誰かと交際した経験がないから、どうなのかも分からない。どうしよう、不安しかない……!
「とりあえずクラスへ戻って誤解を解きましょう?」
「あ、ちょっと、悠衣さん!」
先走る悠衣を引き止めたのはいいもの、こんな中途半端な気持ちで伝えてもいいのだろうか? 希一は葛藤していた。だがクラスに戻る前に伝えた方がいい。
「あの、悠衣さん……正直、僕とアナタでは色々と不釣合いなところもあるし、考え方も違うと思います」
学園一のヤンデレ美少女と、片やその他大勢の
「───希一さま、そんな言葉を口にしても、私は引くつもりはありません」
固く瞑っていた瞼を開けると、そこには至近距離まで近づいていた悠衣の顔があった。思わず胸が高鳴った。やっぱり綺麗な顔なんだよな、この人は……。
「運命の人に出逢える可能性は、本当に低いと思うんです。私はこんなに素敵だと思える殿方に出逢えた奇跡を大事にしたいと思いますので、こればかりは希一さまが何と言おうと……」
「待って、違うんだ!」
続きがあるんだ。だからその先は僕に言わせて欲しい───。
「僕も、悠衣さんみたいな人に出逢えたのが本当に奇跡みたいで……。ずっと言えなかったけど、その……」
ちゃんと言葉にするのって、物凄く勇気がいる。
こんなことをサラっと宣言できる悠衣さんって、鋼のメンタルだとつくづく思い知った。
「悠衣さんがよければ、僕とお付き合いを───「はい、よろこんで!」」
早っ、一秒の躊躇もなかった!
食いるような勢いに、希一はビクビクと怯えて震えた。
「むしろ私たちって、お付き合いしていなかったのですか?」
「え!? して……たの?」
「私はてっきり……あんなに濃厚なキスも交したし、希一さまの柔肌に痕もつけさせて頂きましたので」
頬を赤く染めて汐らしく照れてみせるが、確かに彼女の言い分の方が正しい。あれだけのことをしておいて、僕はなんて無責任だったのだろう!
価値観の違いとか言ってる場合じゃない! 男なら……責任を取らないと! やるだけやっといて逃げ出すなんて、卑怯な男がすることだ。
「けれど、やっぱり男性から仰ってもらうのは、一際嬉しいものですね。希一さま、末永くよろしくお願いいたします」
「こ、こちらこそ。それで改めて相談なんですが」
今更感はあるが、やっぱり慣れないのでお願いしたい。
「希一さまは、やめてもらえませんか?」
悠衣はキョトンとしたまま「まぁ……」と声を漏らした。
「それでは……ダーリンで?」
「それはもっとハードル上がってるから! 普通に、希一くんか希一でお願いします!」
二択を出され、渋々と選択して口にした。
「それでは希一くんで」
ぐはッ、か、可愛い!
恥じらいながら口にされた名前に、希一は限界突破した。こんな可愛くて綺麗な人が自分の彼女だなんて、幸せすぎて死にそうだ。
この際、学園一のヤンデレでも、重たい系でも痛い系でも何でもいいや。絶対に幸せにしよう、そう心に固く違った希一であった。
そして、念願の彼女という称号を手にした悠衣は、勝ち誇った顔で教室へ戻った。希一の腕をガッシリと掴んで、我こそが選ばれし者と。
「え、え、え? ちょっと待って、どういうこと?」
第一声を上げたのはお馴染みの桃山だった。哀奈と一緒に出ていった希一が、今度は悠衣と戻ってくるなんて。これは……!
「お前、二股か!?」
「違っ、僕は二股なんて───」
だが説明する前に悠衣がズカズカと歩いて、そのまま桃山の頬を突っぱねた。そんなに強さはなかったもの、派手で痛々しい音が鳴り響いた。
「え、え?」
そして被害者である桃山は、突然の出来事に目を白黒させて、空いた口が塞がらない様子だった。
「なんて失礼なことを言うの? 希一くんの優しさにも気付かずに、勝手なことを言わないでください」
「で、でもだって……」
「人前でお断りをすると可哀想と、林田さんを連れ出して話して差しあげたんです。そしてその後、正式に私に交際を申し込んでくれて……! こんなに誠実な人に二股だなんてふしだらな!」
も、もう、いいです……。
希一はひっそりと、目立たないように交際を続けたかったのに。やはり悠衣相手では叶わないのだろうか?
「ゆ、悠衣さん、そこまで言わなくても。そもそも勘違いさせるような行動をした僕にも非はあるし」
「まぁ……、やはり希一くんはお優しい。素敵です」
何を言っても美化変換されてしまう。埒が明かないと放っておくことにした。
「桃山くん、悠衣さんが叩いたりしてごめんね? 痛くない? 大丈夫?」
「あ、あぁ。そんなに強くなかったから大丈夫……」
「そっか、それなら良かった」
安心した時に見せた笑顔に、男の桃山ですら胸が高鳴った。なんて優しい。今までモブだと思っていたが、この笑みにトキメキを隠せない───!
「───桃山くん? さっきの無礼は私からも謝ります。でも、たとえ男でも希一くんに惚れる人は、何人たりとも許しませんからね……?」
いつの間にか背後に移動し、耳元で囁く悠衣に恐怖を感じた。
目がマジだ、恐っ! そもそも男に興味はないし、この恐怖を敵に回す度胸はない!
「っということで、私と希一くんは正式にお付き合いを始めましたので、皆様もよろしくお願いいたします」
学園一のヤンデレがやっと落ち着き出したのだ。これで平穏が訪れるのなら、祝福以外に選択はない。クラス中からパチパチパチと拍手が湧き起こった。
『なに、この異様な雰囲気は! いやだ、僕は普通がいいのに! こんな祝福とか、ありえないでしょ!?」
だが希一の希望とは裏腹に、悠衣の暴走は加速していくことになるのであった。
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