第11話 皮肉

怒号と悲鳴、呻きと嘆き

銃声と断末魔が幾重にも重なる

喧騒


絶え間なく

銃弾が飛び交い

花火の様な血の飛沫が舞い

破れた腹から溢れる臓物


そんな

修羅の中


俺は、と言えば

先程の場所と変わらず


灯の自宅を出た廊下

コンクリート製の

分厚い落下防止柵を背凭れに

全てが終わるのを静かに待つ


その心情は

状況とは相反して


【無】

そのものだった


結果だけを

端的に言えば


案の定と言うべきか

ヘリが先に飛来し


俺は、一も二もなく

パイロットに対して

【能力】を使った


直後、ヘリは

一瞬だけ安定性を失った様な

そんな動きを見せたが


その数秒後には

【お決まり】の

同士討ちが始まった


と言う訳だ


何度も

何度だって

【見た】


俺にとっては

日常風景だ


灯であれば

また別の結末もあったかもしれないが

俺には、これしかない



静かになるまで

どれくらいの時間が掛かるか

【未来視】の能力は

流石に持ち合わせていない


けれど、経験則から

大凡は予測できる


この規模なら、恐らく、

10分も掛からない


生憎だが、

時計は持ってない


だから多少、

正確性には欠けるが

数えながら待つ


これはルーティだから

お付き合い願おう



240、241…


まだ止まない


360、361…


意外ともってるな


480、481…


そろそろだな


550、551…


残弾ゼロ

全てを撃ち尽くしたヘリが

再び飛来し

埃漂い、視界を悪くしている粉塵の中

俺はゆっくりと立ち上がる


最早、

人由来の音は聞こえない

呻き声一つない


残ったのは

環境音


パラパラと

コンクリートが崩れる音


向き合うヘリと俺

パイロットに再び【能力】を使う


ヘルメット越しの為

瞳の変化は見えない


数秒後

ヘリはゆっくりとした動きで

機首を地面へ向けて

降下を始める


「お疲れ様…」



そう俺が呟いたのが先か

それとも、ほぼ同時であったか


激しい爆発音が

俺の耳に届く



【激しい爆発音】

と一言に纏めれば

それだけだが


実際は

細かく細分化されている



プロペラの一本が地に着き

砕け散り

残る二本のプロペラも次々に地を打ち

砕け散る


次に機体の先端が地に付き

金属は軋み、撓み、

耐えられず潰れゆく音


電子機器がショートし

飛び散った火花が

漏れた燃料に引火


火災は燃料ラインを走り

タンクの中で充満した

燃料が気化したガスにも引火し

瞬間、急速に燃焼し


一気に爆発的破壊と共に

機体は始めて

木っ端微塵にぶっ飛ぶ



轟音と振動


それらを感じながら

階下を見れば

灯の好きだった並木が

明々に燃えている


俺は呟く

「ごめん…、また

 壊してしまった……」


その瞬間だった

激しい衝撃が

俺の身体を後ろに飛ばす


何が起こったか

理解する間もなく


俺の世界は

真っ暗に染まった




まるで、

胃袋引っくり返るような

激しい嘔気で、

無理矢理に一気に意識を覚醒させられる


起き上がる間もなく

堪らず、そのままで

見慣れた黒い塊を吐き出す


とてもじゃないが抑えられない

横隔膜の痙攣

神経の反射で溢れた涙で

視界が滲む


意識は覚醒したが

思考は、まるで追い付いていない

その上、状況を確認しようにも

身体は疲れきったように動かない


コンクリートの床

痛みさえ覚える

独特の冷たい感情が頬にある


「…」


「………」


「コ、ンクリート…」


何?

何で?


確か、最後の記憶は

自宅の廊下でー



そこまで考えれば

認めたくない答えが

嫌でも頭に浮かぶ


一度は

驚きで引いた涙


引き摺る様に身体を起こして

辺りを見渡し


目を覆う

惨状を目の当たりにする



幾重にも折り重なり

また、力尽き

地に伏した


“元”人間達


夥しい量の血が壁に飛び散り

床に溢れた臓物の数々


この数の大人の男を

それも、恐らくは軍人をー


こんな事が出来る人間を

私は一人だけ知っている



彼女には、

いや、彼女達には


二度とこんな事はさせたくなかった


二度と、

死なせたくはなかった




「【私】は、また…

 詩織…、ごめんね……」


先程の反射的に溢れたものと

全くの別種の涙が、私の頬を伝った




〔ッ!、………ーおり!詩織!〕

『しおりん!』



[……あ、…は…?

 ちぃ、姉?…華、も?]

[二人が、居るって事は…

 ここ、は…]


〔あぁ……よかった…

 …詩織〕


[…あ…?あぁ…、

 そんな事より、この状ー]

[うわッ]

〈…………………〉


[お、おい…、望来

 息なり抱きつくな]

[って、あぁあぁ…

 鼻水付くだろ?

 そんな顔ぐしゃぐしゃにしてー]


〈………………………〉

[俺に〈拭け〉ってか?

 しょうがない奴だな…

 …、心配する事ないって

 知ってるだろ?]


『…………』

[………、華、

 何だよ?言いたい事でもあるのか?]


『べっつにー、

 ただ、一番心配してた

 私には、

 何も声掛けてくれないんだなー、って

 望来ちゃんに対しては、

 そんなに優しいのに…』


[……、何膨れてんだよ…]


『………………』

[………………]


[あー、もう!

 わかったから、

 悪かったよ…]


[華、ごめんな…

 ありがとう…]


『うん………』

[………]


[…まだ何かあんのか?]

『いいやー…ない、けど…』


[あぁ…、ッて、うわッ!]

『…………………』


[お、おい、お前まで抱きつー…]

『…………』


[何だよ…、らしくねぇな…]

『………よかった…』


[ったく…、今だけだからな…]

[………、ちぃ姉…?

 何だ、その腕は…

 まさか…、うわッ!]


[いて…な、

 まさか、ちぃ姉まで…]


〔心配したのよ…?〕

[…いつもの、事だろ…?]


[華と望来を見ても

 そう、思う?]


[……………]


〔無茶、しないで…〕


[…………、あぁ…

 わかったよ…]





[それで、状況は?]


〔ええ…、

 詩織が撃たれて…

 その衝撃で、

 私達が気を取られて

 【抑え】が緩んだ隙に

 戻ったわ…〕


『ごめんね…』


[いや、謝るな

 俺が油断したんだ…]


〔狙撃点は、

 恐らく2キロ程先

 街外れの丘陵地帯だと思うわ〕

『マンションが風上になってて、

 火薬の匂いしなかった…』


[2キロ…

 並みの腕じゃないな…]


〔ええ…〕


[間違いなく残留兵じゃない

 多分…]


〔children、ね〕


『………』


『ん?え?あー…

【children】ってのは

 もう説明したよね?

 投薬でー、ってやつ

 いつ不具合があるかわからない

 少年少女兵の部隊ね』


『強化出来たはいいけど

 いつ不具合が起こるかわからない

 不安定な…、可愛そうな子供達

 戦争が始まって、

 子供達に薬を提供してた

 製薬会社、工場は、殆どが爆撃されて

 薬は作れなくなったの』


『そして、

 停戦後に残ってた工場も

 灯が潰して回ったから

 これ以上、あんな薬は作れない』


『可愛そうだけど、

 薬を断たれた子供達は

 次々に不具合を起こした』


『まぁ、

 片っ端から灯が取り込んだから

 苦しみは、最小限だった…

 って思いたいけど』


『だけど…、国は諦めなかった』


『新たな薬が作れないなら…』


『…………』


[華、無理するな…]

[ここからは俺が]


〔詩織…〕


[ちぃ姉、任せてくれ]


[えー、コホン

 ヤバい薬を作れなくなった国は

 今度は直接身体を弄りだしたんだ]


[さぁ、頭を開いて

 中の余計な物を取り除いてみよう

 ってな感じだな]


[そして、奇しくも

 この試みは

 なんと成功してしまった…]


[脳を弄られた子供達は

 薬に頼らず

 人並み外れた能力を手にした]


[けれど、これには

 やはり思わぬ副作用があった]


[細胞分裂が…、

 恐ろしい程に早いんだ…]


[人間の細胞分裂は

 おそよ50回

 研究だと、身体の寿命は

 約55年って言われてる]


[けれど、この子供達は

 個体差はあるけど

 その50回を、

 約20歳までに終えるんだ]


[国が開発した

 抑制の薬を飲まなきゃ、な]


[もちろん、

 薬は国が独占している

 支給されなきゃ、まず手に入らない]


[つまり、だ

 新たな【children】達は

 国の命令を従順に聞かなきゃ

 20歳まで生きられないし

 そもそも、命令は命懸けの物のみだ]


[言ってしまえば

 使い捨て同然の兵って事だな…]



[惨い話、だよな?]


[あの子等は、ただ必死に

 生きていただけ…]


[え?そもそも

 何で、灯が狙われているか?

 だって?]


[お前…、

 話聞いてなかったのか…?]



[あ?わからない、か…

 はぁ…]


[なら今度は

 ハッキリ言うぞ?]


[灯を含めて、俺等が…]





[【反逆者】だからだ…]














  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る